第24話 調和への道①
魂たちの支援を受けた二人の前で、ネザリウスの身体はさらなる変貌を遂げていた。
その肉体はもはや人間の形を保たず、黒い稲妻のようなエネルギーが渦を巻き、異形の巨体を構成していた。
取り込まれた無数の魂が悲鳴をあげ、その声がネザリウスの咆哮に重なって響き渡る。
「これが完璧な存在の姿だ」
その声は幾重にも反響し、空間を歪ませるほどの威圧を放った。
葵は唇を強く噛み締め、恐怖を飲み込むようにして前に進む。
「あなたは完璧なんかじゃない」
その声は震えていた。
それでも、目は逸らさない。
「他人の犠牲の上に成り立つ力なんて、ただの暴力よ!」
「黙れ、不完全な存在が!」
ネザリウスが振り上げた暗黒の腕は雷鳴のように唸り、振り下ろされる。
神殿の半分が砕け、黒い爆風が二人を飲み込もうとした。
「っく……!」
昇也は葵を抱き寄せ、跳ぶ。
辛うじて直撃を避けるが、衝撃の余波だけで骨が軋むようだった。
瓦礫が落ち、空気が重い。
血の味がする。
「くそ!このままじゃ、持たない……!」
昇也は荒い息をつき、手のひらから滲む血を見つめる。
死神としての力も、零士から受け継いだ記憶も、今は届いていなかった。
(こんなにも……差があるのか……)
そのとき、葵の手が彼の手を強く握った。
目を見開く昇也。
葵は真剣な表情で見つめていた。
「昇也、覚えてる?最初に私たちが心を繋いだ時のこと」
昇也は一瞬、思い出せずに目を伏せた。
だがすぐに、脳裏をよぎる。
「……観測者と戦った時か」
葵は頷く。
息を切らし、涙で濡れた頬を拭おうともせずに。
「単純な足し算じゃなかった。お互いの力が響き合って、想像以上のものが生まれた」
声が震えているのは、恐怖ではない。
願いがあまりにも大きいからだ。
「もう一度、やってみない?今度は、もっと深く。完全に、心を開いて」
昇也の呼吸が止まった。
(完全に心を開く。それは、零士の記憶も、自分の弱さも、全部さらけ出すということだ)
恐ろしかった。
彼女を傷つけたくないと思っていたのに、自分自身が傷そのもののように思えた。
でも。
葵の瞳は、すべてを受け止めようとしていた。
揺れても折れない、優しくて強い光だった。
昇也は拳を握った。
その手に血が滲む。
そして目を閉じる前に、葵の瞳を真っ直ぐ見た。
「……わかった。君を、信じる」
二人は手を取り合い、意識を閉じた。
心を開く。
奥底の闇も、痛みも、すべてをさらけ出して。
***
昇也は見た。
葵の心に流れる記憶を。
前世のキルハとしての記憶だけじゃない。
現世で家族を愛し、友を想い、笑い、泣いた日々。
そして自分を信じて寄り添ってくれた、優しい葵の想い。
葵もまた、昇也の心を感じていた。
零士の記憶に苛まれ、死神としての責務に怯え、それでも葵を守りたいと必死に願っていた心。
その不器用でまっすぐな優しさが、痛いほど伝わった。
葵の涙がこぼれる。
(ああ……これが、昇也)
傷だらけで、優しくて、どうしようもなく愛しい。
昇也も涙を流した。
(これが、葵だ)
弱さも、強さも、全部抱きしめたくなるほど、大切な存在。
二人の想いが深く重なった瞬間、昇也の青い炎と葵の紫の光が、螺旋を描いて融合した。
それは虹色にも、透明にも見える、調和を象徴する光だった。
「これは……」
葵の声が震える。
「調和の光だ……!」
前世でセインとキルハが、最後まで辿り着けなかった力。
今、二人の手で、完成したのだ。
「不可能だ……!」
ネザリウスが黒い触手を振るう。
そのたび、空間が裂け、虚無が生まれる。
だが、調和の光はすべてを呑み込み、優しく塗り替えていった。
「昇也」
「……ああ!」
葵の紫の瞳が強く輝き、昇也の瞳もまた金色に染まっていく。
葵は右手に魂の剣を構え、昇也は死神の鎌を逆手に握った。
二人は同時に踏み出した。
光を纏った彼らは、呼吸を合わせるようにネザリウスの放つ闇の中を突き進む。
ネザリウスが放つ暗黒波動は、剣と鎌の一閃で弾かれ、切り裂かれていく。
その軌跡には虹色の光が残り、暗黒を浄化していく痕跡が刻まれた。
「そんな……!私の力が通用しないだと?」
ネザリウスが絶叫した。
その声に、無数の魂の悲鳴が混じる。
「あなたの力は強い」
葵が叫ぶ。
「でも、それは奪った力。私たちのは、信じ合って生まれた力よ!」
「信頼と愛情から生まれた力に、憎しみや独占欲は勝てない!」
昇也の声が響く。
調和の光がネザリウスの暗黒を浄化していく。
黒い外殻が崩れ落ち、その中から無数の魂があふれ出した。
(ありがとう……)
(やっと……楽になれる……)
解放された魂たちが、感謝の言葉を残し、光の中へ消えていく。
「ありがとう……みんな。私たちを支えてくれて」
転生のサイクルへと還っていく彼らを、葵は泣くのをこらえながら見送った。
「やめろ……やめるんだ……!」
ネザリウスの声が揺れる。
初めて弱さが混じった声だった。
浄化されるたびに、その巨体は崩れていった。
「ネザリウス……」
昇也が低く呼ぶ。
その目には、憎しみではなく痛みがあった。
「まだ間に合うんだ」
葵の光が彼を包む。
「あなたも……解放されて」
「そんな……私は……私は完璧を……!」
最後の抵抗はか細く、やがて消えた。
ネザリウスの身体は崩壊し、黒い塵となり、光の中に溶けていった。
そこに残ったのは、ほんのわずかな、かつての彼の魂の核だった。
それは静かに、光へと昇っていった。
静寂が訪れた。
破壊された神殿に、柔らかな光が降り注ぐ。
葵は崩れるように座り込み、震える手で顔を覆った。
昇也がそっと隣に座る。
「葵」
「……ごめん、昇也」
「なんで謝るんだ」
「怖かったの。……全部、受け止めきれなかったらって」
「……俺もだよ」
二人は泣いた。
声を殺して、互いの肩に額を寄せて抱き合った。
すべてをさらけ出して、傷を見せ合って。
「ありがとう」
「一緒にいてくれて、ありがとう」
調和の光は、まだ二人を包んでいた。
それはもう戦いの力ではなく、二人を結ぶ、ただの優しい光だった。
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