第23話 二つの魂、一つの想い①
副位層の最深部は、黒い石の回廊が螺旋状に続く巨大な神殿だった。
空間を覆う不気味な静寂に、葵は無意識に息を呑む。
前世の記憶が警告していた。
ここは、ネザリウスが理想を掲げ、魂を選別していた場所だ。
玉座に座る影がゆっくりと立ち上がる。
全身を闇に包み、燃える赤い瞳だけが浮かんでいた。
「よく来たな、キルハ……我が理想の器よ」
低く響く声に、葵の心臓が痛む。
すべてを捨て、戦い、憎み、それでも理解しようとした記憶が胸を突く。
「ネザリウス……」
葵が進み出ようとするのを、昇也が彼女の腕を掴んで止めた。
互いに目を合わせ、わずかに頷く。
慎重に、しかし決して退かない気持ちを伝え合う。
「変わらないな、キルハ。前世でも私の理想を理解しようとしなかった」
「理想ですって?」
葵が睨む。
「多くの魂を犠牲にして作る世界を、私は認めない」
ネザリウスが嗤う。
「不完全な魂を淘汰し、選ばれた魂のみで完璧な世界を築く。それが秩序だ」
「不完全さこそが、人の生の美しさなのに……」
葵の声が震える。
「前世でも、今も、その考えは変わらないのね」
「そうだ。そしてお前がセインに囚われ、自分の弱さを肯定する甘さも変わらない」
葵は目を閉じ、一筋の涙を流す。
その瞬間、前世でセインを想うあまり自ら別れを選び、その選択が悲しみの連鎖を生んだことを、鮮明に思い出していた。
あの弱さが、多くの魂を苦しめた記憶が胸を突き刺す。
それでも、決意を宿した瞳で睨み返した。
「私はキルハだった。でも今は葵。私自身の意志で、あなたを止める」
昇也が鎌を構える。
「俺もだ。セインと零士の記憶はある。でも俺は昇也だ。今の俺の意志で戦う」
「面白い」
その瞬間、ネザリウスから強大な暗黒の力が放たれた。
それは単なる霊的な力ではなく、長年囚え続けた魂たちの生命力を吸い取り、歪んだ形で結集させた邪悪な力だった。
「その意志、どれほどのものか試させてもらおう」
暗黒の波動が襲いかかる。
昇也が死神の炎を纏った鎌で防ぐが、その力に吹き飛ばされ、葵の障壁に抱き止められる。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
二人が立ち上がり、視線を交わす。
恐怖も迷いも消えた目だった。
戦いの最中、昇也の中で零士の声が響いた。
(俺たちは別々の存在だ。でも、同じ想いを持っている)
「同じ想い?」
(キルハ……いや葵を守りたいという想いだ。それは俺の記憶でもあり、お前自身の感情でもある)
昇也は心の奥を見つめる。
零士と自分は今は別の存在だが、元は同じ魂を持つ者だった。
その深い繋がりを思い出し、前世と今を超えて葵を想う気持ちが自分のものだと確信する。
零士の記憶から来るキルハへの想いと、葵への自分の感情。
それは矛盾ではなく、重なり合っていた。
「俺は……俺たちは、葵を愛している」
昇也の告白が空間に響く。
葵は戦いの中でその言葉を受け止め、胸に熱いものが込み上げた。
前世でも今も、彼が自分を守ろうとしてくれる気持ちを感じ取り、零士と昇也という二つの魂が彼を形作っていることを、改めて理解する。
振り返った葵の瞳は涙で潤み、それでもしっかりと彼を見つめ、微笑む。
「私も……前世のあなたも、今のあなたたちも、どちらも愛してる。だからこそ、今を信じて共にありたい」
二人の力が共鳴する。
青い炎と紫の光が螺旋を描き、ネザリウスに迫った。
「馬鹿馬鹿しい」
ネザリウスが闇を振るう。
「愛など不完全な感情に縛られているから弱いのだ」
だが、二人の連携攻撃が彼を貫く。
闇の中に、わずかな傷跡が刻まれた。
初めて、彼の表情に動揺が浮かんだ。
「不可能だ……この程度の力で私に傷をつけるなど」
ネザリウスの左腕に、小さな傷ができていた。
微かなものだったが、確実にダメージを与えていた。
「愛は弱さじゃない!」
葵が叫ぶ。
「お互いを支え合う力よ!」
「不完全さこそが、人間の証だ!」
昇也が続ける。
「完璧な世界なんて、つまらない!」
ネザリウスの顔が歪む。
怒りと狂気が爆発し、副位層全体が震えた。
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