第22話 副位層への挑戦②
観測者たちを退けた二人は、副位層のさらに奥へと進んでいった。
重力の歪みにも少しずつ慣れ、足取りもスムーズになる。
昇也は葵を振り返る。
「大丈夫か?」
「うん、でも油断はできない」
葵も頷いて真剣な目を返す。
そんなやりとりに小さな安堵が生まれたのも束の間、異様な光景が二人を圧倒した。
「あれは……」
空間に浮かぶ、巨大な結晶の檻。
その中には無数の光る球体が閉じ込められていた。
一つ一つが微かに人の形を保ち、苦しそうに揺れ動いている。
中には、小さな子どもの魂もあった。
「もしかして……奴らに囚われた魂たち……?」
葵の声が震えた。
昇也は拳を握りしめた。
その中には、自分がかつて浄化しようとした魂も混じっていた。
「あれは……あの時の……!」
あの夜、小さな祠の前で少年の魂を送ろうとした時の記憶が蘇った。
霊障で光が裂け、魂が暗い渦に引き込まれたあの瞬間。
自分が救えなかった魂が、ここに囚われていた。
「どうして……こんなことを……」
「これが『選別』の現実……」
葵が苦い表情を浮かべた。
ネザリウスは、不完全だと判断した魂を転生のサイクルから外し、ここへ閉じ込め続けていた。
さらに、その魂を副位層を開くためのエネルギーとして利用していた。
昇也は愕然とし、檻に近づいた瞬間、魂たちが一斉に声なき叫びを心に響かせる。
(助けて……)
(痛い……)
(家族に会いたい……)
その痛みを受け取った葵が膝をつく。
「葵!」
昇也が駆け寄る。
「大丈夫……でも、この子たち……みんな救ってあげたい」
葵の瞳に涙が溢れた。
転生を奪われた自分の境遇が重なり、魂たちの苦しみが我がことのように刺さる。
「一人も置いていかない」
葵が「全員を救おう」と言いかけたところで、昇也がそっと肩に手を置いて止めた。
「でも、葵……死神の力を持っていても全部は無理だ」
その言葉に、葵は苦しげに唇を噛む。
「俺たちが無理をして倒れたら誰も救えない。だけど、できる範囲だけはやろう」
昇也の言葉には、どこか零士の面影があった。
(今の言い方……少し、零士みたいだ)
心でそう呟きながら、葵は涙を浮かべつつ頷いた。
二人は最も弱っている魂から順番に救う決意を固めた。
葵が震える手で結晶に亀裂を走らせると、昇也がその隙間に青い炎を注ぎ込む。
その中には、昇也がかつて救えなかったあの少年の魂もいた。
(あの時は苦しい想いをさせてごめん)
心の中でそう呟きながら、炎を注ぐ。
炎は魂を傷つけずに、檻の呪縛だけを焼き切った。
解放された魂が光となって昇っていく。
(ありがとう……)
かすかな声を残して昇る光を、葵は涙ぐみながら見送った。
その中には、あの時の少年の魂もいた。
昇っていくその光は、どこか微笑んでいるように見えた。
昇也は静かに目を閉じ、そっと「ありがとう」と囁いた。
胸の奥で、長く背負ってきた罪悪感から少し解放される感覚があった。
十体、二十体、三十体。作業は果てしなく続いた。
葵は何度も体を震わせ、昇也も集中を保ち続けた。
それでも二人は手を止めなかった。
そして最後の魂を送り出した時、檻全体が音を立てて崩壊し、無数の光の粒が周囲を舞った。
「やった……」
葵が安堵の息を漏らす。
昇也も短く頷いたが、その表情は険しいままだった。
「これは一つの檻だけだ。他にもある」
周囲を見回すと、遠くに同じ構造物が無数に浮かんでいた。
葵が唇を噛む。
「全部救うのは……」
「時間がかかりすぎる。それに、俺たちの最終目標はネザリウスを止めることだ」
葵は目を伏せたが、すぐに涙を拭って顔を上げた。
「わかった。必ずこの子たちも全部救う。約束だよ」
「ああ、約束する」
二人は手を差し出し合い、強く握り合った。
救われた魂の光が、道標のように行く先を照らしていた。
遠くから、重く湿った気配が迫る。
ネザリウスが待つ最深部は、もうすぐそこだった。
「昇也」
葵が息を整えながら声をかける。
「何?」
「さっきの連携……すごく息が合ってたね」
昇也は目を細めて少し笑った。
「ああ、俺もそう思う」
葵は少し照れたように微笑む。
「前世の記憶もあるけど、今の私たちだからできたことよね」
昇也は葵の横顔を静かに見つめた。
確かに彼女はキルハの記憶を持っている。
けれど、今ここにいるのは紛れもなく葵だ。
自分もまた、零士の記憶を抱えながら今を生きる昇也だった。
「そうだな。俺たちは俺たちだ」
その言葉に、葵も真っ直ぐ目を合わせて「うん」と頷いた。
二人の間にあった過去の因縁や痛みを超えて、新たに紡がれる絆。
その絆こそが、最後の戦いで必要となる力の源になることを、まだ二人は知らなかった。
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