第19話 歪む夢と魂の座標②
夜。
零士は静かに、眠る葵の枕元に立っていた。
その表情には、言葉にできない想いがにじんでいた。
(あのときに、全部伝えなければならなかった。だけど……)
胸に残るのは後悔だった。
自分の迷いが、彼女を危険にさらすかもしれない。
その恐怖が、今さらながら零士の胸を締めつけていた。
「……すまない、葵。こんな形でしか言えなくて」
そっと手を伸ばし、眠る彼女の髪をふわりと撫でる。
「お前のそばにいられて……本当に、幸せだった」
迷いのないキスを、そっと額に落とす。
その瞬間、葵の瞳が薄く揺れた。
「ありがとう」
夢の中、彼女の意識の奥へと語りかけるように。
「俺は、間もなく消える。だけど……お前の中には、きっと残れる」
葵の瞳に、涙がにじむ。
零士はそれを見つめ、手を伸ばした。
でも霊体の指先は、涙に触れられない。
それでも、触れようとしたその瞬間、ふわりと光が揺れて、涙は静かに消えていった。
まるで想いだけが、そっと届いたかのように。
「大丈夫だ。俺はずっと、葵のそばにいる」
その微笑みは、儚くて、でも温かい祈りのようだった。
けれど、その静かな夜は、すぐに終わりを迎える。
***
冥界の片隅、かつて封じられていた場所の奥。
誰にも許されない者たちが、密かに集まる場所があった。
暗い空間に、歪んだ結晶の板が浮かび上がる。
無数の魂の形が、苦しそうに揺れ動いていた。
「……最後の印、完了」
静かだった空間に、不気味な気配が広がっていく。
「封印が揺れている。もうすぐ、門が開く」
「冥界と現世が繋がる、その瞬間がな……」
かすれた声とともに、影のような者たちが笑った。
「あの忌まわしい盾、死神の力は、もう崩れ始めている」
「ネザリウス様の目覚めは近い。あとは、鍵の魂を奪うだけだ」
空間の中心に、暗い渦が生まれる。
封印されていた闇の意識が、少しずつ輪郭を持ち始めていた。
(キルハの魂……あの女……)
意識は、印をつけられた場所の中心へと向かっていく。
(鍵を手に入れ、すべてを飲み込む……)
その鍵とは、紫月葵。
彼女の存在そのものだった。
「……魂の印は、すべて刻まれた。観測者たちにも、確実に伝わっている」
「時が来れば、逃れることはできない」
「では、始めよう。我らが主の復活の儀を」
最後の言葉とともに、結晶の板が赤黒く輝き、悲鳴のような音を立てた。
「盾は砕け、鍵は揺らぎ、魂は我らの手に落ちる。この星に、再び絶望の門を開くのだ」
静けさが崩れ、夜が裂けていく。
刻まれた魂たちの運命もまた、逃れられない流れへと引きずり込まれようとしていた。
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