第17話 不協和の狭間で①
前夜の霊的な波動の高まりは、翌日も葵の心に残っていた。
放課後、彼女は再び零士に会い、確かめたい想いを胸に裏庭へと足を運ぶ。
夕暮れ時の学園の裏庭、小さな東屋の影に身を寄せ、葵と零士はそっと向き合っていた。
彼女の胸に去来したのは、かつて冥界で最後の戦いに臨む直前の光景。
キルハとセイン、ふたりが別れを選んだ瞬間だった。
キルハは、セインを想うあまりに突き放すように別れを告げた。
できることなら共に戦い、共に守り抜きたかった。
しかし、彼を失うかもしれないという恐れが勝り、キルハは迷い、最終的には自ら孤独の道を選んだ。
そのことを、今の葵ははっきりと理解していた。
「……あのときの彼は、迷っていた」
静かに、しかし確かな声音でそう告げた葵の眼差しは、今の自分を強く見据えていた。
「だけど私は、もう惑わされない。私は、あなたたちを守るためにすべてをかけられる」
そう言い切った葵は、まっすぐに零士を見つめる。
その視線は、揺るぎのない強さと温もりを湛えていた。
「どんな事があっても、一緒にいる」
零士はその言葉に、目を細めて微笑んだ。
どこか切なく、どこか嬉しそうに、葵の髪にそっと触れ、額を寄せた。
その仕草に、葵は一瞬ドキッとした。
だがそれ以上に、懐かしさから込み上げる想いと、以前よりも和らいだ零士の表情に、胸がじんわりと熱くなる。
直接触れられるその温もりが、どれほど貴重なものだったのか。
思い知らされるように、切なさも込み上げてくる。
零士はそんな彼女の想いを汲み取るように、優しく目を閉じた。
「……ありがとう。葵」
その瞬間、ふたりの魂がまた一歩、深く重なったように感じられた。
***
しかし、その光景を目にした昇也の胸には、得体の知れない焦燥が波のように押し寄せていた。
記憶がない。
過去の繋がりも思い出せない。
けれど、なぜか強く惹かれていく。
葵が零士に向ける眼差しに、過去と今が繋がっていく確信を感じるたびに、自分が置いていかれているような錯覚に囚われていた。
(俺には、何も思い出せない。けど……この気持ちは、なんなんだ)
葵が零士に向ける優しいまなざし。
零士が彼女を守ろうとする決意。
そのどれもが、昇也の胸の内で複雑に絡まり、苛立ちと哀しみが混じり合っていく。
「……兄さんは、確信してるんだな」
呟いた声は、誰にも届かなかった。
だがその胸には、確かに芽生えた感情があった。
それは嫉妬ではない。劣等感でもない。
彼女を想う気持ちだった。
昇也は、はじめて自覚する。
この世界で出会った彼女を、自分は本気で想っているのだと。
だがその想いが、兄と同じ方向にあること。
そして彼女の記憶が兄との絆を深く宿していることが、昇也の胸に重くのしかかっていた。
そのとき、彼の耳元に、どこからともなく囁くような声が届いた。
『……その想いが痛むのなら、壊してしまえばいい』
微かに聞こえたその声は、昇也の迷いや葛藤に寄り添うように、だが確かに心を揺さぶるように響いた。
その言葉に、昇也の意識がふっと揺らぐ。
視界の端が滲み、胸の奥に広がる重たい感情が、一気に心を蝕むようだった。
「……っ」
思わず拳を握りしめ、頭を振る。
自分を飲み込もうとする闇を、必死に振り払うように。
(違う、俺は……!)
昇也は小さく息を吐き、胸に残る想いを必死にかき集める。
自分が守りたいと願ったもの、葵の笑顔、零士との絆。
それらが彼の内に灯火のように揺れながら、かすかな光を取り戻していた。
だがその頃、昇也の背後では静かに何者かの影が動いていた。
葵の力を直接奪う作戦が失敗した今、敵は別の手を打ち始めていた。
死神の力を宿す昇也。
それが、次の標的だった。
かねてから少しずつ、昇也の力を侵食していたその存在は、ついに本格的に彼を狙い始めていた。
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