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前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


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第14話 影と鼓動②

 文献の調査を終えた三人は、一時的に昇也の仮住まいへと戻っていた。


 葵は眠っていたが、目覚めたあとも表情に影があり、魂に残る疲労が完全には癒えていないようだった。

 目覚めても仮面の気配が遠くに貼りついているようで、どこか虚ろな目をしていた。


 昇也は台所で温かい飲み物を用意しながら、静かに零士の方へ視線を向ける。

 彼は窓辺に立ち、霊体のまま空を見つめていた。


(また、何も言わずに抱え込もうとしてるんだな)


 昇也はその背に、苛立ちと焦りを覚えていた。


「……兄さん。次も、また一人で行くつもりか?」


 低い声に、零士の肩がわずかに揺れた。


「必要な調査がある。次の座標が本当にネザリウスの標的だとしたら、早急に動かなくてはならない。さもなければ、また誰かが……」


「また誰かが犠牲になる前に、か?」


 昇也の声が低く、確かな熱を帯びていた。


「それは正しい。でも、それを兄さん一人でやるのは違う」


 零士が言葉に詰まりかけた瞬間、昇也は一歩踏み出した。


「全部一人で背負うなよ!誰にも何も言わずに、また一人で消えるつもりか?」


 声が鋭くなった。

 葵が目を覚まし、ソファから体を起こそうとしたが、昇也が手を軽く上げて制した。


「俺だって、力になりたいんだ。兄さんの代わりに全部救ってやるとは言わない。だけど……!」


 昇也の拳が震える。

 胸の奥にずっとあった無力感が、怒りに変わって湧き上がっていた。


「全部自分のせいだって思って、誰にも頼らない。前世も、葵のことも、過去も全部背負って……それじゃ、どこにもいけねぇよ」


 零士はゆっくりと振り返った。

 その瞳に、わずかに揺らぎがあった。

 昇也の言葉が、鋭くも痛みをともなって胸に突き刺さった。


「……あのとき、お前を守れなかった。お前の未来も、葵の魂も。全部、俺のせいだ」


「違う!」


 昇也は強く言い返した。


「確かに兄さんは背負った。でもそれ、兄さん一人で背負い続けるもんじゃないだろ……!」


 昇也の声がわずかに震えた。

 堪えていたものが、喉元までせり上がってくる。

 自分の無力さ、何もできなかった過去、そしてまた誰かを失ってしまうのではないかという恐怖。


「……っ、くそ……」


 目元が熱くなるのを感じながら、彼は必死に涙をこらえていた。


 沈黙が流れた。

 その空気を切り裂くように、葵が静かに立ち上がる。

 そして、音もなく零士に近づくと、その胸元へそっと手を添えた。

 霊体である彼に触れることは叶わない。

 だが、その仕草には強い想いが宿っていた。


「……ひとりで抱え込まないで」


 切なげな瞳で見上げながら、葵はそっと言葉を紡いだ。


「私は、今ここにいる。それは、昇也がいて、零士がいてくれたから……」


 彼女の言葉に、ふたりとも顔を向けた。

 葵は両手を胸の上で重ねながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「前世も、因縁も、傷も、全部ある。でも……それでも、私は今を、あなたと共にありたいこの瞬間を、大事にしたい」


 一瞬、言葉が途切れた。

 葵はふたりを見つめながら、小さく息を吸い込んで言葉を継いだ。


「そして、私はあなたたちを守りたい。今、ここにいるあなたたちを。過去でも未来でもなく、いま一緒にいる、この時間を」


 零士の霊体が淡く揺れた。

 その言葉は、彼の中で凍っていた生きたいという願いを、そっと溶かしていくようだった。


 捨てることに慣れすぎていた。

 役目、誇り、名前さえも。そして、いつしか自分自身すらも。

 希望も、愛情も、自分には許されないものだと、そう思っていた。

 だが今、あの言葉が、視線が、温度が、忘れていたはずの何かを、静かに目覚めさせる。


 零士の表情は、霊体の揺らぎに隠れて読み取れない。

 けれど葵は、その沈黙の中に確かに揺れている何かを感じていた。

 そっと、彼の胸元へ置いた手に、自分の手を重ねるようにして彼が添える。

 霊体に触れることなどできないはずなのに、彼女の温度が、確かに零士の中に伝わってきた。


 心が震えた。


 それは驚きでも混乱でもなく、静かな喜びだった。

 ようやく、彼は彼女自身を見ていた。

 魂でも因果でもなく、ひとりの人間としての葵を。


 そして、自分はただそのそばにいたいと思う、何物でもないただの男だった。


 ***


 その日の午後、三人は旧校舎の地下へ向かった。


 立ち入り禁止の張り紙を越え、ひんやりとしたコンクリートの階段をゆっくりと下りていく。

 空気は重く、湿気とともに濃い霊気の圧が肌にまとわりついてくるようだった。


「……感じるか?」


 零士が小さく問いかけると、昇也と葵が同時に頷いた。


 階下の廊下には、人の通った痕跡がまだ残っていた。

 うっすらと浮かぶ足跡。

 埃の中に描かれた、歪んだ円を伴う曲線。


(これは、術式の残滓?)


 零士が目を細め、感覚を研ぎ澄ませる。

 奥の扉の前に差し掛かったとき、葵がぴたりと足を止めた。


「……来てる」


 その囁きと同時に、空間が一瞬だけ波打つように歪んだ。

 風もないはずなのに、葵の髪がふわりと揺れる。


「気配が濃くなってる」


 昇也が前へ出て、守るように手を広げた。

 零士も即座に構えを取るが、襲撃は来なかった。

 ただ、廊下の奥に置かれた古びた鏡に、仮面の輪郭が一瞬だけ浮かんだ。


「……あれは」


 葵が息を呑む。

 零士は警戒しながら、ゆっくりと鏡の前へ進み出た。


「……見てるな。俺たちの反応を……試してる」


 鏡に映る仮面の影は、愉快げにこちらを見下ろすかのように歪んだ笑みを浮かべ、すっと掻き消えた。

 重い沈黙が流れる。


「やっぱりこの場所……だったのかもな」


 昇也がぽつりと呟く。


「副位層と繋がる門の座標だ」


 零士の声には確信めいた静けさがあった。

 ここは、すべての霊障の根源。

 ネザリウスが最初に干渉の痕跡を残した場所。

 この学園で起きている異変も、魂の選別も、すべてはここから静かに始まっていたのだ。


 そして、鏡の奥から、かすかに声が漏れた。


「……つぎは……」


 その声は、誰のものともつかず、意味も不明瞭だった。

 だが三人は、本能的に理解していた。


 これは、予告だ。


 三人は緊張の中で視線を交わし、さらなる決戦の気配に息を潜めた。


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