第14話 影と鼓動①
霊影との戦いを終えて数日後、学園内には目に見えない歪みが広がり始めていた。
生徒たちの間で、体調不良や原因不明の感情の乱れ、幻聴や幻視といった異常が次々と報告されるようになった。
ある者は授業中に突然泣き出し、またある者は鏡に映る自分が動かなかったと訴えた。
図書室では、黙って読書していた生徒が突然叫び声を上げ、意識を失ったという。
その異常な現象は、静かに、だが確実に学園全体に広がっていた。
「……これ、ただの集団ヒステリーじゃ済まないぞ」
昇也は調査ノートを睨みながら、眉をひそめる。
自分が見落としている何かがある気がしてならなかった。
***
学園内の資料室の一角、普段は誰も寄りつかない古文書の棚に、零士は佇んでいた。
彼の視線は、埃をかぶった一冊の文献に注がれている。
題名は「副位層記録」。学園の設立以前に書かれたものだった。
(副位層の記録……こんな古い文献が、なぜこの学校に?)
霊体である彼は本を手に取ることができない。
だから零士は文献に霊力を込め、内部に刻まれた記録の断片を感覚で読み取っていく。
流れ込んできた内容は、こうだった。
副位層とは、現世と冥界の間に存在する別の空間だ。
本来は交わることのないその層が、何らかの要因によって地上と接触したとき、現実世界の人々に異常が起こる。
体調不良、幻覚、感情の乱れ。
それらはすべて、副位層との摩擦が引き起こす影響だという。
(これは……まさか……)
思わず意識を集中させる。
文献に記されていたのは、かつてネザリウスが理想と掲げていた魂の選別が行われた地と、よく似た現象の記録だった。
地名は失われていたが、記述された環境、症状、術式の痕が、現在の学園内で起きている異変と完全に一致していた。
そして、文献の余白には、ある印が記されていた。
ネザリウスを支持する一派が古来より用いていた印だった。
(やはり、これは偶然ではないな)
副位層との接触は意図的に引き起こされている。
零士の胸中に重苦しい予感が広がる。
この学園そのものが、あの選別の場として再現されようとしているのか。
そしてもしそうなら、昇也を人間界に送り込んだ真神家の本家にも、この計画と繋がった者がいる可能性がある。
もしかすると、この場こそがすべての始まりだったのかもしれない。
***
一方で、葵にも異変が訪れていた。
夜ごとに見る夢。
声にならない囁き。
自分の背後に誰かの視線を感じる感覚。
心の奥に、何か重く黒いものがまとわりついているようだった。
「……また、呼ばれてる……あの声が……」
ある夜、葵は昇也と零士の前でそう呟いた。
その目には、いつもの明るさとは違う、怯えと戸惑いがあった。
その表情を見た瞬間、昇也の胸に冷たいものが走った。
(葵がこんな顔をするなんて……)
彼は無意識に彼女の隣に近づき、そっと肩に手を添えた。
「……大丈夫。俺たちがついてるから」
その声は、どこか自分自身に言い聞かせるようでもあった。
(このままじゃ……葵が、またあの夢に囚われるかもしれない)
昇也の胸に、焦りと苛立ちが入り混じった感情が渦巻いていた。
(早く解決しなきゃ。でなきゃ、取り返しのつかないことになる)
三人は視線を交わし、次の座標への調査を急ぐことを決意した。
***
その翌朝、零士は記録の再検証に没頭していた。
術式の断片や地名の響きが、内側でゆっくりと意味を繋ぎ始めていた。
その瞳は鋭く、口元は固く結ばれていた。
彼にとってそれは、ただの調査ではない。
再び誰かを失うことを避けるための、戦いだった。
葵の魂が、再びあの仮面に囚われる前に。
だが、胸の奥に不穏なざわめきが残り続けていた。
仮面の囁きが、葵の夢だけでなく、自分の魂にも残響のように滲んでいる感覚があった。
昇也と葵は黙って見守っていた。
昇也は零士の背に、過去と同じ孤独の気配を感じていた。
葵は、これから何が起こるのか、言葉にできぬまま不安を抱えていた。
三人の間に、言葉では表せない緊張が流れていた。
昇也が小さく息を吐き、零士が瞼を閉じる。
もう、迷っている時間はない。
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