第13話 魂の深層へ①
調査は予想以上に難航していた。
この場所に積み重なった霊気の層は複雑に絡み合い、まるで幾重にも重なった迷宮のようだった。
目に見えない軌跡、かすかな囁き、時折立ち昇る不規則な霊圧。
それらすべてが、ただの霊障ではない何かの存在を示していた。
零士は何度も立ち止まり、足元の地脈に意識を沈めては、過去の気配の断片を拾い上げる。
神経を研ぎ澄ませるその作業に、彼の顔には疲労が浮かんでいた。
「この感じ……何かが、意図的に記録を書き換えて、封じ込めている……」
彼の言葉に、昇也も警戒を強める。
周囲の空気は重く淀み、まるで深い水の底に沈んでいくような圧迫感が続いていた。
霊障の根源を辿るため、三人はとある廃墟となった場所へと足を踏み入れていた。
かつてここでは、複数の魂の消失と、原因不明の霊圧の爆発が記録されている。
建物の骨組みは崩れ、空気そのものが淀み、歩を進めるたびに霊気が重たく絡みつく。
零士は地中に微かに残る霊気の断片を慎重に読み取っていく。
指先から展開された術式が、過去の残響を浮かび上がらせた。
そこには、何かが強引に捻じ曲げられ、封じ込められた痕跡が刻まれていた。
「霊気が不自然に沈んでる。何かが、強引に封じたような痕がある……」
昇也は周囲に目を光らせながら、わずかに呼吸を抑えた。
「ってことは、ここの何かが……本体って可能性もあるのか?」
葵はその場の気配に耳を澄ませる。
「ここ、誰かの声が……微かに……」
零士は目を細め、奥の空間に視線を向ける。
「わからない。ただ、この奥に中心がある。行くぞ」
***
中枢へ踏み込んだその瞬間、空気が鈍く震え、音が吸い込まれるように沈黙した。
光の届かない闇の奥から、じわじわと輪郭を持ち始めたのは、巨大な霊影だった。
その表面には無数の記号が浮かんでは消え、まるで情報そのものが形を取っているかのような異様な姿だった。
気配のうねりは、ネザリウスのものと似ていたが、より古く、底知れない何かを抱えていた。
昇也の背筋に冷たいものが走る。
「来る……!」
彼は即座に鎌を構え、霊力を展開させた。
零士は言葉を発することなく指を滑らせ、術式を足元に描く。
空間が軋む中で、葵もまた剣を構えようと前へ一歩踏み出した。
その刹那。
頭の奥で、低く鈍い音が響いた。
それは内側から鳴った。
夢で見た仮面の声が、また囁いていた。
『選別は進行する。お前は、選ばれし魂を持つ器』
「……っ、だめ……!」
葵の身体ががくりと崩れ落ち、膝をついた瞬間に意識が遠のく。
「葵!」
零士が駆け寄ろうとするも、霊影が黒い触手のような影を伸ばし、進路を塞いだ。
昇也が即座にその影を薙ぎ払うように動いた。
触手を裂くように鎌を振るい、倒れ込んだ葵のもとへ一気に駆け寄る。
その腕で抱きとめた葵の身体は異様なほど冷たく、力がまるで入っていなかった。
「……葵……?」
呼びかけても、彼女の瞳は開かれず、応答もない。
その沈黙に、昇也の呼吸がわずかに乱れる。
「うそだろ……なんで……!」
焦りと動揺が混ざった声が漏れた。
葵の内側が、どこか遠くへ引きずられていく感覚。
それが直感的にわかった瞬間、昇也の全身に冷たい汗が流れた。
「何か、直接葵の魂に触れた! 魂が……完全に干渉されてる……!」
そのとき、零士は全身を駆け抜けるような直感に打たれた。
本命は、葵の魂だ。
ただの霊障ではない。
あの影は、意図的にこの空間での戦闘を引き起こし、彼女を深層へと閉じ込める時間を稼いでいたのだ。
「……図られたか……っ」
零士は悔しげに奥歯を噛みしめ、霊影の残滓を睨みつけた。
拳が震える。
だがその瞬間、ひとつの可能性が頭をよぎった。
(霊体の俺なら……もしかしたら、魂そのものに直接触れられるかもしれない)
葵がまだあの中にいるなら、霊としての自分だからこそ届く場所がある。
零士はその可能性に賭ける決意を固め、動き出した。
「昇也、葵の身体を守ってろ。時間を稼げ」
低く、確かな声でそう告げた零士は、すでに霊体を解きほぐし始めていた。
足元に展開された術式が静かに光を帯び、彼の意識は現世の殻を脱ぎ捨てていく。
その姿を見つめながら、昇也は拳を握り締めた。
(兄さんは……また、一人で行こうとしてる)
胸の奥に広がるのは、焦り、無力感、そして悔しさだった。
目の前で零士が決断を下し、行動していく中で、自分には何もできないという事実が突きつけられる。
だが、腕の中にいる葵の顔を見たとき、昇也ははっとした。
(違う。これが、今の俺にできることだ)
たとえ魂に触れられなくても、この現世の身体は自分が守らなければならない。
葵の命を、零士の決意を、絶対に失わせないために。
昇也は深く息を吸い、葵の体をしっかりと抱きしめた。
その眼差しには、一点の迷いもなかった。
今度こそ、あのときのようにはさせない。
「大丈夫だ、葵。俺が守り抜いてやるから……!」
霊気の波に身を委ねながら、零士は葵の魂へと深く、深く潜行していった。
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