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前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


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第8話 静寂の波紋と揺らぐ日常

『お前の力は、もう俺たちのものだ』


その一文を、昇也は何度も見返していた。


「……誰だよ、これ」


発信元不明の番号。

送り主の心当たりも、まったくない。


だが胸の奥に、ざわりとした予感があった。


葵には、何も言わなかった。

言えば、彼女の不安をさらに重くするだけだと思ったから。


スマホをポケットに押し込み、昇也は何でもないふりをして歩き出した。


***


翌朝、葵はいつも通りに制服を整え、通学路を歩いていた。

春の陽射しが降り注ぎ、校門前ではクラスメイトたちの何気ない会話が飛び交っている。

それは確かに、いつもの日常の風景だった。


けれど、その中に、ほんのわずかに自分だけが異物になったような違和感が混じっていた。


葵は校内のベンチに腰を下ろしながら、自分の指先をそっと見つめた。

昨日、紫に染まった光。あの感覚は夢じゃない。


「……私の、前世か……」


ふと、つぶやいた声に昇也が振り返った。


「ん? なんか言った?」


「ううん、ちょっと思っただけ」


昇也の様子が、どこか少しだけぎこちない気がして、葵は目を細めた。


「……昇也、なんかあった?」


「え? なんもないけど」


答えるまでの間が、ほんの一瞬だけ長かった。

葵はそれ以上踏み込まなかった。

でも、何かが隠されている感覚だけが、胸の奥に残った。


そこへ、霊気のような微細な風がふわりと流れ込む。


「……あぁ」


零士だった。

霊体のまま、窓辺に佇んでいた彼が、静かに外を見つめていた。


「異変が近づいている。昨夜の一件は、確実に何かを引き寄せた」


昇也は苦笑する。


「予想通り、平穏な朝は長く続かない、か」


「それでも、俺たちは備えるだけだ」


葵は二人の会話を聞きながら、胸の奥に新しい覚悟が芽生えていくのを感じていた。


***


その日の放課後。

帰り支度をしていた葵の耳に、廊下の先から何やらざわついた声が聞こえてきた。


「誰かが倒れてる!?」


「保健室、呼んで!」


駆け寄ると、上級生の男子が教室の外れに倒れていた。

表情は青ざめ、目は虚ろ。


「これ……!!」


葵の視界に、一瞬だけ黒いもやが見えた。


これまでの霊障は、廃工場やアパートといった人気のない場所で起きていた。

だが今回は『学校』。

普通に生活している誰かが、いきなり巻き込まれた。


(ここにいる人たちも、私と同じように……知らないうちに)


その事実が、葵の背筋に新しい種類の恐怖を走らせた。


「見える……また、だ」


誰よりも先に現れたのは昇也だった。

彼は一目で状況を察し、静かに葵を自分の背後にかばうように立った。


「葵、ここから先は俺たちの仕事だ」


次に零士の霊気が現れ、夕陽の中にふわりと浮かび上がる。


「急激な霊障だ。これまでより濃い。……ネザリウスの気配が、近づいている」


緊張が走る。

葵は震える手を無理やり押さえつけるように胸元で握った。


怖い。

心臓が潰れそうなほど、怖い。

でも——


「私も……やる」


思わず口をついて出たその言葉に、昇也と零士が同時に振り向いた。


「葵?」


「怖いよ。でも、もう見えるようになってしまった。……だったら、もう無関係じゃいられない」


それに、あの倒れた生徒は、何も知らないまま巻き込まれた。

自分が同じ立場だったら、誰かに助けてほしいと思うはずだ。


目を見開いた昇也は、一瞬言葉を失ったが、すぐに真剣な眼差しで頷いた。


「……わかった。一緒に来て」


零士も静かにその意思を汲み取るように視線を落とし、言った。


「無理はするな。ただ、君の覚悟は、もう力になっている」


その瞬間——

教室の隅、倒れた生徒の身体から黒いもやがうごめき、空間がねじれたように大きく歪んだ。


「来るぞ——!」


昇也が言霊を唱える。


「《纏え、境界の刃》」


彼の手元に光が走り、金色の眼が開き、大鎌が現れる。

零士はその場に立ち、冷静に波長を調整しながら言った。


「気配が濃い……これは残滓じゃない。直接的な干渉だ」


闇の中から現れたのは、漆黒の腕のようなもの。

空気が裂ける音と共に、それは昇也へと襲いかかった。

だが、昇也の一閃がその腕を弾き飛ばす。


「葵、離れないで!」


影は再びうねりを上げ、空間を侵食する。

その気配の奥に、かつて夢で何度も見た、あの禍(・)の気配があった。


『ネザリウス』


葵は両手を胸元に重ねた。


(どうか、守れる力が私にも……!)


その瞬間、足元に紫の光がふわりと舞い上がった。


***


紫の光が舞い上がった瞬間、教室の空気が震えた。

影の波動が一瞬だけひるむ。

だが、それは次の瞬間、怒りのような波長を帯び、再び襲いかかってきた。


「くるよ、葵!」


昇也が叫ぶと同時に、影の触手がうねるように広がる。


「防ぐ!」


昇也の鎌が宙を裂き、霊気の膜を展開させた。

触手の先端がそれをすり抜けようとした、そのとき、零士の霊気が割り込むように前方に浮かび上がった。


「気流を抑える……波動を合わせるぞ昇也!」


「了解!」


二人の呼吸が重なると、金と青の霊気が交差し、影の動きを一瞬だけ止めた。


「今だ、斬れ!」


昇也が跳び上がり、鎌を大きく振るう。


「——《輪廻ノ鎖・断》!!」


金色の光が弧を描き、影の中心を断ち切った。

影が悲鳴のような歪んだ音を立て、霧散していく。


しばらくして——


「……消えた?」


葵が静かに呟いた。

昇也は汗を拭いながらうなずく。


「なんとか、な」


零士が葵のほうに視線を向ける。


「葵……今、確かにお前の魂が反応していた。あれは、覚醒の前兆だ」


葵は胸に手を当て、脈打つような感覚を感じていた。


「感じた……怖かったけど、どこか懐かしくて……温かくて……」


昇也は彼女のそばに寄り、そっと声をかけた。


「……ありがとう。お前がそばにいたから、俺たち、負けなかった」


葵は目を見開き、そして、小さく笑った。


「私も、助けられてた」


零士もわずかに目を伏せ、微笑んだ。


「それで十分だ。葵、お前の力は、まだ眠っている……だが、確かに目覚めかけている」


三人は束の間の静けさの中で、互いの存在を確かめるように視線を交わしていた。


だが、その余韻の中。

空気の底に、別の気(・)配(・)が微かに残っていた。


「……まだだ」


零士の言葉に、二人が振り返る。


「今のは、本体ではない。あれは、"探り"だ」


「じゃあ……」


「次は、来るぞ。本(・)体(・)が」


教室の奥、黒く焦げた床に、わずかな"印"が残っていた。

それはまるで、冥界の深奥から伸びてきた指先のようだった。


***


戦いの余韻が教室を包む中、葵は床に残った"印"を見つめていた。


(来る……あれが)


「次が本番なんだよね……」


言葉を発した自分の声が、わずかに震えていた。

だけど、逃げたくない気持ちがそれを上回っていた。


「昇也……大丈夫?」


葵がそっと問いかける。

彼の張りつめた横顔が、ふと崩れそうになった。


「……ああ。本当は、ずっと後悔してたんだ」


「後悔?」


「兄さんの最期を、俺は見られなかった。何も知らないまま、ここまで来た」


零士は教室の端に立ち、昇也を静かに見守っていた。


「だから、絶対に誰も失いたくない。もう何も見過ごさない」


それは自らに課す『誓い』だった。

葵はその言葉に、しっかりと頷いた。


「私も……私自身を信じてみたい」


零士は静かに歩み寄り、二人を見つめる。


「葵。昇也。覚悟は、痛みの先に芽吹くものだ。お前たちの中に、その光が見えている」


教室の窓の外、夕暮れが静かに差し込んでいた。

だが、影は確実に近づいている。


「準備を始めよう。戦いは、もう始まっている」


闇に揺らぐ静寂の中。

その奥で、かつての因縁が目を覚まそうとしていた。


教室の隅、黒く焦げた床に、わずかな印が残っていた。

それはまるで、冥界の深奥から伸びてきた『指先』のようだった。

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