表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/11

第7話 呼応する魂と覚醒の兆し

 這い込んできたその靄は、瞬く間に人の形を保ち始めた。


「……っ!」


 零士が即座に結界を展開する。だが、その靄が放つ気配は、これまでのどの霊障とも違っていた。


 部屋の空気が一気に重くなる。

 陽光に照らされた静けさが、一瞬で緊迫した霊気に飲み込まれていく。


 窓の外、夕刻の影が揺れ、黒く濁ったもやのようなものがじわじわと建物を包み始めていた。


「これは……前より強い」


 零士が眉をひそめ、目を細めて外を見やる。

 昇也はすぐに立ち上がり、静かに深呼吸をひとつ。


 その瞳が金色に染まりだす。


「大丈夫、ここで止める」


 葵の前に立ったその背中は、先ほどまでの穏やかな雰囲気とは一変し、鋭く覚悟の光を帯びていた。


「葵、下がって」


 零士の声も低く、空間の気配を探るように淡く光を纏い始める。

 彼もまた、霊体としての感応力を強く発動させていた。


 葵はその場に立ち尽くしたまま、言葉を失っていた。

 さっきまで穏やかだった部屋が、まるで異界のように感じられる。


(でも、逃げたくない)


 そう思った瞬間だった。


 建物の外壁が軋むような音を立て、ついにひび割れた。

 そこから、黒い瘴気が溢れ出すように噴き出し、うねりながら部屋の中へと侵入してくる。

 その影はただの霧でも煙でもなく、まるで意思を持った生き物のように蠢いていた。


 一瞬、空間全体が冷気に包まれたかのように肌が粟立つ。

 その中心から、影の一部が槍のように鋭く突出し、葵を目がけて一直線に飛びかかってきた。


「っ、葵!!」


 昇也が即座に反応し、大鎌を構えて飛び出す。

 零士もすぐに側面から霊気をぶつけて牽制するが、影は勢いを弱めない。


 直後、葵の瞳が淡く紫に染まった。

 その瞳の奥に、誰も知らない記憶の波が一瞬だけ走る。

 まるで何かが、目を覚ましたかのように——


 そして、彼女の身体を中心に紫の光が突如として膨れ上がり、空間全体を押しのけるように奔った。


「……ッ!」


 その衝撃波のような光は、影を弾き飛ばし、部屋全体を一瞬で静けさに包み込んだ。

 眩い紫の光が空間を満たすと、影の輪郭は一気に崩れ始めた。

 黒い瘴気が軋み、断末魔のような音を立てて溶けていく。

 影は最後の抵抗もできぬまま、細かく砕け、霧散するように消失した。


 空間の圧が緩み、何かが去ったあとの静寂が、確かにその場を支配していた。


「なに、今の……?」


 葵が呟いたその声は、震えていた。

 だがその目は、どこか遠くを見つめていた。


 そのとき、昇也と零士は目を見開いたまま、言葉を失っていた。


 彼女の放ったその光、その気配。

 かつて冥界を守った英雄の力に、あまりにも酷似していた。


「キルハ……」


 零士が呟いた、その名前。

 崩れゆく冥界の空に響いた、かの者を呼ぶ魂の絶叫。


 その名が、零士の中でずっと消えずに燃え続けていた誰かの名前だということを、彼自身、今この瞬間にあらためて思い知っていた。


 昇也も喉元に言葉が詰まったまま、葵の背中を見つめ続ける。

 彼女は気づかぬうちに、記憶の扉をまたひとつ開いていた。


 覚醒の兆しが、静かに、そして確実に、幕を開けていた。


 ***


 静けさを取り戻した部屋の中、緊張の余韻がまだ微かに残っていた。


 葵はその場に立ったまま、己の体から放たれた光を見つめていた。

 自分の手や足、鼓動までもが、自分のものではないように感じていた。


「……私、何を……?」


 声は震えていたが、目は恐怖よりも困惑に揺れていた。


「大丈夫だ、葵。落ち着いて」


 昇也がすぐに駆け寄り、両肩をそっと掴んだ。

 彼の金色の瞳もまだ淡く光を残していたが、その目には強い決意があった。


「今のは……明らかに、私の中に眠っていた何かが反応した」


 零士がそっと近づき、やや距離を取った場所から言葉を投げる。


「間違いない。これは、前世の力の兆し……覚醒に近い反応だ」


「前世……」


 葵の視線が、揺れる瞳のまま零士へと向く。

 心の奥で、信じがたいはずの言葉が、妙にしっくりと馴染んでいることに気づいた。


 戸惑いながらも、夢で見続けてきたあの記憶、あの痛み、それらがすべて繋がる感覚があった。


「夢で見ていたあの光景……あれは、ただの幻想なんかじゃなかったんだ……」


 零士は静かに頷く。


「葵。さっきの光……おそらく偶発的なものではない。魂の深層が、外からの刺激に呼応して、一時的に力を顕在化させたんだ」


「えっ……」


 葵は、部屋の隅にある鏡に映った自分を見た。

 確かに一瞬、瞳が紫色に染まった感覚があった。


「でも……私、何もしてない。ただ、守られただけで……」


「違うよ」


 昇也がそっと言った。


「君は、自分の意思で逃げなかった。それが、力の応答を引き出したんだ」


 その言葉に、葵の心に少しだけ希望が灯った。


「ねえ、零士。もし本当に私が……その前世の記憶と力を持っているのだとしたら、今後もまた同じようなことが起こるの?」


「可能性はある。けれど、今度は一人じゃない」


 そう告げた零士の言葉に、昇也も軽く頷いた。


「これからは、俺たちが一緒にいる」


 葵はその言葉を胸の奥で何度も繰り返した。


「そうだ。あの記憶は、君の魂に刻まれていた過去。君は、かつてあの敵と戦った者のひとり……いや、先頭に立っていた者だ」


 葵は一歩、昇也の影に寄った。


「これが……私の中にある()()……」


 昇也は言った。


「でも、どんな力があっても、葵は葵だ」


 その言葉に、葵はようやく息を吐いた。


 彼女は、ただ守られる存在ではない。

 共に戦う力を、すでに持っている。


 ***


 紫の光が消え、空間に再び静けさが戻ってから数時間後——。


 葵は昇也と零士の家の一室でひと息ついていた。


「……なんか、周りの空気が違う気がする。色とか、匂いとか……前よりずっと、濃い」


 葵がそう呟くと、零士が視線を向ける。


「視えてきたんだな。霊脈の流れや残留思念。それは、君の魂が"共鳴"を始めた証だ」


「でも……視えるってことは、もっと危ないものも感じちゃうってことだよね?」


「うん、最初はしんどいかも」


 昇也が茶を差し出しながら微笑んだ。


「でも安心して。こう見えて俺、現場経験長いから」


 冗談めかして言う彼に、葵は思わず微笑む。

 そんなひとときの安堵が過ぎた頃、零士がふと立ち上がった。


「……気の流れが変わってきている」


 彼は静かに窓を開け、遠くを見つめる。


「今の葵の覚醒は、まだ完全ではないが、それに反応するものが動き出している」


「ネザリウス……?」


 零士は頷いた。


「ヤツの残滓は、霊脈の深層に沈んでいた。だが、共鳴を感じ取った可能性がある」


 昇也が顔をしかめる。


「じゃあ、これからどんどん……」


 零士は深く息をついた。


「その可能性はある。だが、焦る必要はない。俺たちは、動く時に備えるだけだ」


 ***


 その日の帰り道。

 まだ夕暮れが残る坂道を、昇也と葵が並んで歩いていた。


「……さっきは、怖かった?」


 ぽつりと昇也が尋ねた。


 葵は立ち止まり、少しだけ考え込んだ。


「……うん、怖かったよ。でも……なんか、懐かしいような気持ちもあった。あの瞬間、何かを思い出せる気がして……少しだけ、嬉しかった」


 どちらも、これまで出会った誰とも違う。

 そんな感情が、ふわりと胸に芽生えていた。


「そっか……」


 昇也は苦笑しながら視線を空に向けた。


「葵って、やっぱすごいよ。俺だったら、あんな状況で怖くて動けないかも」


「そうかな……?」


「そんな……前向きに立ち向かおうとする葵のことが、俺……」


 言いかけたところで、昇也はハッと気づき、慌てて口元を手で隠した。


「ん? なぁに?」


 葵が不思議そうに首を傾げる。

 昇也は視線を逸らし、顔を赤らめながら口を閉じた。


 言えなかった。

 言えるわけがなかった。

 まだ、これは言ってはいけない気がして。


「……なんでもない」


「えー、気になるんだけど」


「気にしないで」


 葵が口を尖らせる。

 その表情に、昇也の胸がまた締めつけられた。


(俺は……この子のことが)


 その言葉の続きを、昇也はまだ飲み込んだ。

 でも、いつかは——


 そのとき、昇也のスマホが鳴った。

 発信元は、登録されていない番号だった。

 画面に、一言だけ表示されていた。


『お前の力は、もう俺たちのものだ』


 昇也の足が、ぴたりと止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ