第七章:蒼き静寂、秩序の断罪
闇の界の最深部。そこは「音」すらも凍りつく、絶対零度の虚無だった。
サタンデュオスが玉座で愉悦に浸り、アークが親友の灰を抱いて慟哭しているその裏側で、世界を分断する「亀裂」そのものが、ゆっくりと目蓋を開いた。
――サウザー。
かつて創造神ゼウスと共に世界を分かち、空の調和を司った蒼龍。
だが今、深淵の底で揺らめくその巨躯は、美しき調和の象徴ではなく、すべてを等しく無に帰す「冷徹な秩序」の化身と化していた。
その瞳が、闇の中で蒼く発光する。
「……不純な音が、響いている」
声ではない。それは大気の震え、あるいは理そのものが発する律動だった。
サウザーにとって、地上で繰り広げられる善神と悪神の争いも、アモルの自己犠牲も、アークの離反も、すべては「均整を乱すノイズ」に過ぎなかった。
サウザーはゆっくりと、数千年振りにその翼を広げた。
バサリ、と羽ばたきが起きた瞬間、闇の界の重力が狂い、黒曜石の宮殿がひび割れる。
「ゼウス……。お前が『無力』を選び、均衡を捨てたその時から、この世界は壊れた器となった」
サウザーの思考は、あまりに巨大で、あまりに孤独だった。
彼が求めているのは闇の勝利ではない。ましてや光の再興でもない。
「矛盾」を孕んだまま生き続ける生命そのものを一度すべて消し去り、再び完璧な、静止した秩序を築くこと。
「選ばれなかった者が、消えるべきだと……誰が決めた」
かつて彼自身が発したとされるその問いは、今や冷酷な断罪へと変わっていた。
「ならば、我が選ぼう。不純なる命を、等しく塵へと還すことを」
サウザーがひと鳴きすると、闇の空が鏡のようにひび割れ、そこから「蒼い雪」が降り始めた。
それは美しい雪ではなかった。
触れた者の魔力を吸い取り、存在そのものを希薄にする、存在の消滅を促す死の結晶。
闇の兵たちが、己の腕を見下ろす。
黒き輪郭が、その雪に触れた端から砂のようにほどけていく。
「なぜだ……我らは、不滅のはず……」
「我らは……正しかったはずだ……」
断末魔すら上げられず、彼らは確信に満ちたまま、虚無へと溶けて消えていく。
サウザーはその光景を、慈悲もなく、また憎しみもなく、ただ淡々と見下ろしていた。
「不純物は、排除すべきだ。神も、悪も、人も」
蒼き龍の全身から、絶対的な威圧感が噴き上がる。
それは、マースの「燃える火」やアスティシアの「祈りの光」とは根本的に異なる、抗いようのない「世界の意志」。
サウザーは、自分を呼び覚まそうとするサタンデュオスの浅ましい欲望すらも、冷ややかに切り捨てた。
彼はもはや、誰の「盟友」でもない。
「……来るがいい、火を継ぐ者よ」
サウザーの視線が、遥か遠く、火の界で飛翔するマース・クレイオスを捉えた。
「お前の火が、この絶対の静寂を焼き切れるというのなら――その時初めて、新たな理を認めてやろう」
サウザーが天へ向かって飛翔した。
その巨躯が雲を割った瞬間、ラザールの全土に「蒼い夜」が訪れた。
それは、世界の終焉を告げる、あまりにも静かで美しい夜だった。




