第三章:黒き宴、災いの胎動
闇の宮殿。
そこでは、神聖な秩序を嘲笑うかのような「宴」が続いていた。
天井のない玉座の間には、赤黒い雲が意思を持つ生き物のように渦巻き、悪神たちの下卑た笑い声が石壁に反響している。
「……聞こえるか」
最奥の玉座に深く腰掛けた男――サタンデュオスが低く呟いた。
その一言で、喧騒に満ちていた広間が瞬時に氷結したかのような静寂に包まれる。
サタンデュオスの瞳は、深淵よりも深い闇。
彼が指先をわずかに動かすと、黄金の杯に満たされた黒い酒が、生き物のように波打った。
「深淵の底が、震えている。……我が盟友、蒼き龍よ」
彼は空を仰いだ。
そこには、封印されたまま眠り続ける蒼龍サウザーの巨大な影が、雲の合間に透けて見えている。
「まだその封を解かずとも、我が呼び声は届いているはずだ。この宴に、おまえの“気配”を捧げよ」
その瞬間、宮殿全体を揺るがすような重低音が響いた。
悪神たちは一斉に平伏する。
誰もが、主の目覚めが近いことを本能で悟り、恐怖と悦楽に身を震わせていた。
その玉座の右傍ら、影の中に立つ青年がいた。
アーク・バドル。
サタンデュオスの息子でありながら、その瞳には父への忠誠ではなく、凍てつくような「拒絶」が宿っている。
「……お前の血が、我を継ぐに相応しいことを示してみせよ、アーク」
サタンデュオスの低い声が、直接アークの鼓膜を震わせる。
アークは杯に映る自分の顔を冷ややかに見つめていた。
そこに浮かぶ輪郭が、父の禍々しい影と重なるたび、胸の奥でどす黒い嫌悪がせり上がってくる。
「……父上の望むままに」
口ではそう答えながらも、アークの手は剣の柄を強く握りしめていた。
彼はまだ知らない。自分が何を憎み、何を救いたいのかを。
ただ、この閉塞した闇を切り裂きたいという衝動だけが、彼を突き動かしていた。
「……お前は焦るな。時が来れば、自分の道が見える」
背後からかけられた静かな声。
アークの戦友であり、この宮殿で唯一、彼が背中を預けられる男――ミュドルだった。
ミュドルの瞳には、冷徹な策士としての輝きと、親友を案じるわずかな憂いが同居している。
「その時まで、俺は誰の下に立てばいい。この狂った親父の下か?」
「……誰のでもない。お前自身の下だ、アーク」
二人の密やかなやり取りを、サタンデュオスは興味なさげに聞き流していた。
だが、そのわずかな「情」の交錯が、後に世界を二分する運命の裂け目となることを、この場にいる誰もがまだ知らない。
その時、地底から突き上げるような咆哮が再び響いた。
サタンデュオスの唇が、ゆっくりと、愉悦に歪む。
「――サウザー」
名を呼ぶと同時に、黒き炎が床を這い上がり、柱を包み込む。
「いま再び、双龍の時代を取り戻す。光を焼き、闇を新たな理とするのだ」
闇が大きく揺らぎ、世界は再び「災い」の胎動を始めた。
遠く、火の界でマースが放った一筋の煙が、この闇の空をかすかに刺激するように流れていく。
運命の歯車は、もはや止まることを許さなかった。




