第九章:終焉の焔──絶唱──
ラザールの空は、もはや夜でも昼でもなかった。
蒼龍サウザーが放つ消滅の吹雪が、世界の色彩を奪い、剥製のような白銀へと変えていく。
「……来たか。不純なる命の灯火よ」
虚空に浮かぶサウザーの瞳が、眼下に集った「ちっぽけな群れ」を射抜いた。
そこには、赤蓮の翼を広げた鳳に跨るマース、
祈りの光を杖に宿すアスティシア、
そして、ミュドルの遺志を黒い剣に纏わせたアークの姿があった。
「秩序とは、静止だ。お前たちの『生きたい』という足掻きこそが、この世界を歪ませる毒なのだ」
サウザーが大きく一吠えすると、空間そのものが凍りつき、マースたちの動きを封じようと迫る。
「黙れ、理の化身よ!」
マースが叫ぶ。神剣アステリオンが、かつてないほどの熱量で白熱した。
「歪んでいようと、不完全であろうと、この胸に宿る熱だけは本物だ! お前の静寂に、俺たちの命を消させはしない!」
「行くぞ、マース!」
アークが影を蹴り、宙を舞った。
「ミュドル……見てろよ。俺のありのままを、今ここに刻んでやる!」
アークの黒い剣が、サウザーの蒼い鱗に真っ向からぶつかり、火花を散らす。
だが、神の鱗は硬い。
弾き飛ばされるアークの背後から、レヴィアスの業火とシフィルスの烈風が重なり、巨大な炎の渦となってサウザーを包み込んだ。
「無駄だ」
サウザーが翼をひと振りする。それだけで、レヴィアスの火もシフィルスの風も虚無へと霧散した。
「……消えよ、不純なる命」
絶望的な消滅の波動が、地上にいるアスティシアとアークを襲おうとした、その瞬間。
「――俺の命を、持っていけ、マース!!」
アーク・バドルが、叫んだ。
彼は黒い剣を捨て、マースに向かって自らの身体を突き出した。
その全身から、残された闇の力が、黒い奔流となって噴き上がる。
だがそれは、敵意ではない。
自らの存在そのものを燃料とした、最後の一燃え。
「アーク、お前……ッ!」
マースが目を見開いた瞬間、アークの闇の身体が、爆発的な熱量を持って神剣アステリオンへと吸い込まれていった。
「ミュドル……! 俺の『ありのまま』は、こいつらと……明日を創ることだ!!」
アークの絶唱。
アークの闇が、アステリオンの紅蓮の炎と混ざり合い、化学反応を起こす。
黒が赤を飲み込み、赤が黒を焼き、やがてそれは――この世の物とは思えぬ、神聖なまでの「純白の焔」へと変貌した。
アステリオンが、アークの命を宿して、ドクン、ドクンと、狂おしいほどに鼓動する。
剣身からは、アークの最期の意志が、歌のように響いていた。
「……応ッ!! お前の命、確かに受け取った!!」
マースは鳳の背から飛び降りた。
重力に従い、アークと一体化した「白き流星」となってサウザーの脳天へと突き進む。
その手にあるアステリオンは、今やマースの怒り、アスティシアの祈り、そしてアークの全生命が上乗せされた、理外の業火。
「これが、俺たちの――命の叫びだァァ!!」
「……馬鹿な。闇が……光と融け、これほどの熱に……!?」
初めて、サウザーの瞳に驚愕、そして戦慄の色が走った。
完璧な秩序であった彼の蒼い瞳に、アークがもたらした「泥臭い、不完全な命の爆発」が、致命的なヒビを入れる。
マースの剣が、サウザーの眉間を貫いた。
それは破壊の衝撃ではない。
冷え切った神の理に、アークが自らの命と引き換えに生み出した、圧倒的な「体温」を注ぎ込むような、生命の伝播。
サウザーの身体が、内側から白く輝き始める。
蒼い鱗が剥がれ落ち、そこから温かな光が溢れ出した。
「……ふっ、くだらぬ……」
光に呑み込まれながら、サウザーは自嘲気味に、けれどどこか満足げに嗤った。
「……秩序を焼くか。ならば……その先に何があるか、見届けるがいい……不純なる、愛しき命よ……」
大爆発。
ラザールの空を覆っていた蒼い夜が、アークが遺した「白き焔」によって一気に焼き払われた。
静寂が訪れる。
丘の上に、マースとアスティシアが立っていた。
二人の鎧は砕け、力は使い果たしていたが、その瞳には新しく昇る太陽の光が反射していた。
けれど、そこにアークの姿はなかった。
マースの手には、神剣アステリオンが握られている。
その刀身は、戦いの後も、まだかすかに温かかった。
それはアークの体温であり、彼がこの世界に、確かに生きていたという最後の証だった。
「……アーク」
アスティシアが、アークが消えた虚空を見つめ、涙を流した。
「……あなたの光、アモルの隣で、今、とても温かく輝いているわ……」
マースは剣を鞘に納め、空を仰いだ。
アークはミュドルの言葉通り、ありのままに生き、そして自らの意志で、光の中へと散っていった。
彼の闇があったからこそ、この世界に新しい太陽が昇ったのだ。
「ああ。……行くぞ。アークが遺してくれた、この朝を、俺たちは生きる」




