9.披露目の会で
ロサ属の有力者や他国の賓客を招いてのお披露目は城の大広間で大々的に行われた。アケイシャは過去何度かの「やり直し」の時に劣らぬ美しいドレスをまとい、ハチミツのような金の髪を華やかに結い上げられている。髪にはもちろんヒリアーエの象徴である銀色の一重のバラを繊細に表現した髪飾り。一族に伝わるパリュールもつけて、見るからに身分の高い女性らしい装いだ。
しかし、最初に賓客への挨拶をしてからはもうヒリアーエがアケイシャを顧みることはなく、疲れをおぼえたアケイシャはバルコニーからそっと庭園に降りた。
もちろん一人になることはできず、騎士服のアリディフォリアが付いてきている。
「ああ、すごいひとね。ロサ属がどれだけ周りに影響力があるのかつくづくとわかるわ」
アケイシャが呟くと、アリディフォリアが飲み物を差し出しながら
「しばしお休みなされませ。もうすぐ、奥方のお国からもお祝いのお客様が来られるとか」
「ええ、到着が遅れているというのは口実かと思ったのだけれど、ほんとに来るのね……」
わたくしを最も効果的なやり方で厄介払いしたミモサ王家。いい買い物をしたと思っているだろうヒリアーエ以下ロサ属の面々。どちらが罪深いのかはわたくしにもわからない。
でも、何度も巻き戻って「やり直し」をさせられるからには、短気を起こしてヒリアーエを斃すだけではだめなのでしょう。
「アリディフォリアはなぜロサ属に仕えているの? あなたもれっきとしたテノーデラ一族の長だと聞いたわ」
「奥方にはきちんと説明するものがありませんでしたか。
私たちテノーデラは言わば傭兵です。ロサのみならず、他国に雇われているものも多いのですよ。自国の民では警護にも戦力としても足りないときにいろいろな条件で私達の力を売りつけます。
ロサ属は美しいし繁殖力も高い、幾らかの攻撃も可能なトゲを備えてはいらっしゃる。しかし、ナメクジやコガネムシなどの魔物が入り込めばひとたまりもないでしょう。そこで傭兵を雇っているのです」
アリディフォリアは本当に強いものね。そばにいてくれたら頼もしいけれど、わたくしの計画にとっては厄介なことこの上ないわ。
庭園の隅、光が当たらない位置にナメクジが数匹控えている。数日にわたってこっそりとアケイシャの樹液を与えておいたナメクジだ。披露目の会まで日にちがなく、ほとんど常に警護の兵が護っているため自分の命令を聞くかどうかどうかの実験まではできなかった。
しかしこれほどひとびとが集まっている今なら。ナメクジの魔物が大勢の賓客のいる中へ入り込んだなら大騒ぎにはなるだろうが、アケイシャの命令を聞いて動くかどうかはわかるだろう。狙いがヒリアーエそのひとだということまではバレずに。
「ねえ、アリディフォリア。せっかくのパーティなのにヒリアーエ様はわたくしと踊ってくださる暇はなさそうよ。あなた、代わりにわたくしの相手をしてちょうだいな」
大広間ではすでに音楽が奏でられ、多くのカップルがダンスを楽しんでいる。夫婦などの公的なパートナーと必ず踊るなどという習慣のないロサ属は、できるだけ多くのひととダンスをしたり会話をするのが良しとされている。身分の上下もこのときばかりはあまり煩く言われず、それだけに周囲が眉をひそめるようなカップルができてしまうのも良くあることだった。
アリディフォリアとアケイシャはきらびやかなひとびとの間でも非常に目を引く一対となり、実に華やかに踊ることができた。アケイシャはわずかに、わずかにターンの力加減やステップの長さを加減しながら、巧妙にヒリアーエのいる辺りから遠ざかるように踊った。普通ダンスは男性がリードするものなのだから、アリディフォリアに気づかせないようにやらなければならない。
3___2___1!
ガシャァァァァァン!!
激しい音が響き、室内の灯りがあちこちで消える。
「な、どうしたの!? 何が?」
アケイシャは震えながらアリディフォリアに縋り付いた。首尾よくナメクジたちが賓客を襲えるように、できるだけ長く有能なアリディフォリアを引き止めなければならない。
「ア、アリディフォリア……」
アリディフォリアは青い顔で震えるアケイシャを素早く部屋の隅に避難させると、「危険ですからそこから動かないでください」と言い置いて素早くその場を離れ、悲鳴や物が壊れる音のする方へ駆けていった。