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8.ナメクジの謎

 おかしい。何かがおかしい。

 あの時も、ナメクジはわたくしに噛み付いた途端にべたりと平べったくなってそれ以上攻撃して来なかった気がする。

 他のものには何度も攻撃していただろうに、なぜわたくしはひどい怪我をさせられなかったの? あっちへ行けと言ったらナメクジが引き下がったようにさえ見えた。

 そんなことってある? ナメクジが、わたくしの言うことには従うなどと。

 襲ってきたナメクジはアリディフォリアが倒したので確かめることはできないが。

 もし、もしもまた襲われることがあったら……


「いえ、襲われたくはないのだけれど」ふと我に返ったアケイシャは少し冷静になって頭を振った。

 二度もナメクジに襲われたというのでアケイシャは侍女に取り囲まれ、薬師が何度も様子を見にくるわ気鎮めの薬を飲まされるわで部屋から出してもらえない。


「奥方様、シノウィルソニー様がお見えですがいかが致しましょう」侍女がほとほと困り果てた顔で取り次いでくる。

 何考えてるのあの義弟はバカなの!? アケイシャは地の底から響くような声で「お断りしてちょうだい、気分が悪いの」と言ってふわふわの上掛けの中にずるずると沈んだ。

 

 “前回まで”と違うところも多々あるが、どうやら同じ流れになる出来事も多いようだ。他国の有力者を招いての披露目の会は、今度も行われるらしい。

 ドレスメーカーや宝石商が次々と訪れてドレスやアクセサリーを作らされる流れは今度もおなじで、ヒリアーエが「いくらでも金を掛けて構わん、奥方が見栄えのするように整えろ」と冷たく命じるのもいつものことだった。

 こうも何度も「お飾りの奥方」扱いをされては、周囲の態度も知れようというもの。さらに今回は義弟シノウィルソニーが何かとしゃしゃり出て来ては勿体ぶって「姉上はどんなお衣裳でもお美しい」だの「兄上の隣に立つにこれほど素晴らしい花はおりますまい」だの大仰に言い立てると来ている。

 そして今回は、こともあろうに城の敷地の中に別館がいくつかあり、側室が住まっていると、侍女がご注進に来る。侍女たちの中にはアケイシャを貶めるような態度のものもいるが、ヒリアーエとシノウィルソニーの兄弟がそれぞれにあまりと言えばあまりな態度のためか、同情的なものも多かった。おかげで私室への不躾な訪問だの見当違いな贈り物だのを押し留めてくれたのだから、何が奏功するかわからないと思ったものだ。


「アケイシャ殿」


 警護の兵士を引き連れて庭を歩くアケイシャに、黒髪の剣士アリディフォリアが声をかけた。細身だがしなやかな動きでアケイシャの前に立つと、珍しく表情を緩める。


「散歩ですか? 何度もナメクジに襲われたというのに、懲りない奥方様ですね、あなたという方は」

「だって、城の中にばかりいては息が詰まりそうなんですもの」

「では仕方ない、私もお供を致しましょう。警護が一人増えれば幾分かは安心ですよ」

「ええ、もちろんよ、アリディフォリアが一緒に来てくれるなら、何が襲ってきても怖いものなどないわ」


 アケイシャは嬉しそうに微笑んで見せたが、内心は(なんてすてきなの! アリディフォリアが一緒に歩いてくれるだなんて! でもこの方が居ては、肝心のナメクジがわたくしのいうことを聞くかどうか、試すことができないわ。ナメクジがチラとでも見えたらまたアリディフォリアが寸刻みにしてしまう……あんまり見たくないわ……)千々に乱れていたのだった。


 アリディフォリアの方ではアケイシャの行動にやや不自然なものを感じ取り、出来るだけ監視しておこうという心づもりだ。元々ロサ属に対するナメクジやコガネムシなどの襲撃はあったが、彼女が嫁いで来てからどうもその頻度が増えている気がするのだ。ミモサ国とは不仲というほどでもないが、婚姻を以て仲を深める必要があるくらいには腹を探り合う間柄である。アケイシャが何らかの方法でバケモノたちを煽って襲わせているということはないのか。彼女自身も襲われたとはいうものの、大きな怪我なく遣り過している。さらに、何度も襲われたというのに城の外に出ようとするのは、これまで淑やかに控えめに振る舞うロサの淑女ばかりと付き合ってきたアリディフォリアには、どうにも解せない行いなのだった。

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