10.そして、それから
アリディフォリアが広間の中央に駆けつけたときには、すでにヒリアーエと何人かのロサ属のひとびとが倒れていた。ヒリアーエは深手を負っており、もう息がないことは明らか。警護の兵を指揮して急ぎナメクジを仕留めたが、果たして1匹だけなのか他にも何匹も隠れて蠢いているものかわからない。手分けして怪我人を控え室に運ばせ、賓客をそれぞれの部屋に引きとらせて警備を手厚くした。
「ヒリアーエ殿が……奥方はどうされるのだろう」
アリディフォリアは長老のバンクシアエとルゴサの供をしてアケイシャの部屋を訪れた。アケイシャは夜会のドレスのまま真っ青な顔で髪を振り乱し、侍女が制止するのも振り切って一同に飛びついてきた。
「旦那様は、ヒリアーエ様は!? なぜわたくしを旦那様のところへ連れて行ってくれないの!?」
(わからない……心から心配し、不安になっているように見える。しかし……演じているとも思える)
「奥方様、ご無事でございますか。ヒリアーエ様は、残念ながら……」
バンクシアエが言葉を濁す。ルゴサはしっかりと両手でアケイシャの肩を支え、「残念だけれどヒリアーエ様は亡くなられました。ナメクジが、会場に入り込んでいたんです」と言った。
アケイシャはその場に崩れ落ち、気を失ってしまった。
ロサ属は誰かが亡くなっても葬儀をしない。綺麗に整えた土に漉き込み、いつか再びこの世に戻って来ることを信じるのみだ。
ヒリアーエを土に還し、しばらく経って落ち着いてみると、長老方はアケイシャの処遇について頭を抱えた。アケイシャは正式に娶られた長老の奥方であり、他国への披露目をしたとはいえ、期待された新たなロサ属を産みだしてはいない。
「アケイシャ様をこのままお一人身にしておくのもどうかと思いますわ」いかにも気の毒そうにルゴサが言う。「せっかくロサ属に加わるお気持ちで嫁いで来てくださったのです。アケイシャ様がよろしいのならこの地に留まっていただきたいですわ。根を引き抜いて再び長い旅をなさるのはお命に関わりますよ」
引き止めるようでいて、命を落とす覚悟があるならば母国に帰るがいいと言われているようにも聞こえる。確かにやっと根付いたばかりで再び旅をするのは、ほとんど死にに行くようなものだ。そしてアケイシャは死ぬつもりもなければ他人の言うなりになる気もなかった。
「どう……かね、今すぐではないが……他のロサとの縁を、考えてはみないかね」
グラウカ長老がぐにゃぐにゃした薄紅い髭を引っ張りながらおずおずと言い出した。「た、たとえば、そのぅ……シノウィルソニーなどはどうかな。アケイシャ殿をずいぶんと慕っておるようではないか」
アケイシャの表情が抜け落ちた。何でまたよりにもよってシノウィルソニー?
「いいえ、いいえ! わたくしはヒリアーエ様の妻でしたのよ。シノウィルソニー様がいかに……優れていらっしゃるとしても、ヒリアーエ様の弟ならばわたくしの弟も同然ですわ。その妻になど……考えられません」
まさかあのバカの嫁になれと言い出すとは思わなかったわ……しかも何なの、他の長老方も「それが良い」「ちょうどいい」みたいな顔をしてるなんて。
赦せない。
長老方が退室した後に一人残ったシノウィルソニーが振り返り、「アケイシャ様、もし……お気持ちが変わるならば、私はあなた様を娶ることに否やはありません」とわざわざ言い置いて出ていった。
アケイシャは深く、深くため息をついた。
「ねえ、アリディフォリア。あなたがわたくしを娶ってくれるのだったらね」
「何ということをおっしゃるのか、私は卵生ですよ。種族が違い過ぎます」
アリディフォリアに気にするのはそこで良いのかと突っ込みそうになりながらアケイシャは疲れの滲んだ笑顔を見せた。
「でも、でもね、あなたがずっと共にいてくれるのなら……わたくし、こんなお城になんか住まないで、荒野の真ん中に根を下ろしてあなたの好きそうな小さい羽虫を引き寄せながら、じっと真っ直ぐに立って美しく葉や花を拡げていたいわ」
アリディフォリアは黙ってアケイシャの金の髪を一房持ち上げ、そっと梳いた。
この後も魔物ナメクジやコガネムシによる襲撃は続いた。まるで何ものかがロサ属を執拗に狙い、ひとりずつひとりずつ滅するために襲い続けているかのようだった。
あまりに被害が多いために、新しく長老になったシノウィルソニーが《鳥》を人界に遣わし、《召喚士》と《魔道士》となる青年を連れてくることになるのはもう少し後の事。
***** と、いうわけで拙作「ナメクジ戦記」に続くのでした *****
稚拙な小咄でしたが、お読みくださった皆様、ありがとうございました。




