第十伝: うごめく希望
<ヴァルメール都立士官学校>
見知った顔がこの教室に入ってきたことに、フェイトは唖然とした表情を浮かべる。横に並んでいる他の5人も、同じように驚いた様子を隠せていないようだ。それもそのはず、この特務科1組は壇上に立つフィルが一人一人の下を訪れ、学校への推薦を行ったのだから。
「あはは……。その様子だと、みんな僕がこの学校の教師だと気付かなかったみたいだね。僕も正体を隠すのが上手くなったって事かな」
「まさかカミエール殿が私たちの担任とはな……」
「わ、私は気付いてたしっ! 最初会った時からなんだか怪しいな~って……」
「分かり切った嘘は惨めだぞリゼット」
「嘘じゃないもん! 」
そんな会話を繰り広げている二人を横目に、フィルは後ろの大きな装置を起動させる。瞬く間に深緑色の長方形が彼の背後に浮かび、指でその長方形に触れると、彼はそのまま文字を描き出した。
「とりあえず……ようこそ、特務科へ。君たちは知っての通り、僕の推薦を受けてここに来た。何故自分達が選ばれたか……もう知っているかもしれないけど教えよう」
フィルは履いていたスラックスのポケットから導話媒体を取り出し、自身の守護精霊を呼び出す。地帝レクシェル。金の刺繍が入ったサーコートを身に纏い、長い白髪と顎髭が彼の荘厳さを更に惹き立てており、一目見ただけで手練れの騎士と分かる。だが彼が普通の人間と異なるのは、両脚の太ももから実体化をしていない点だった。
「君たちが彼の姿が見えるだろう。彼は僕の守護精霊であるレクシェル。地帝と謳われ、プロメセティア創国史に名を連ねる大精霊のうちの一人だ」
「やっぱ、いつ見てもびっくりするねぇ……」
イクセルが具現化したレクシェルの姿を見ながらぼんやりと言葉を口にする。既に彼はフェイトと出会った頃から守護精霊が見えていたのだろう、きっとディルグリウスの姿も見知っているはずだ。イクセルと知り合った頃から彼は飄々としていたが、このような人智を超えた存在を目にしても平然としてられるのはイクセルの長所なのかもしれない。
「そして、ここからが本題だ。何故僕たちが君たちを推薦したか……それは君たちが彼の姿を目にする事が出来るからだ。通常の人間では導話媒体を通してでしか彼らを目にする事は出来ない。しかし、君たちはこの装置を介する事なく精霊たちと話し、意思疎通を図ることが出来る。それは、紛れもなく君たちが選ばれた人間である事――――契約者であることを意味している」
「……契約者……」
初めてディルグリウスと出会った時、彼が契約者という言葉を口にした事を思い出す。フェイトは大精霊・炎帝ディルグリウスと契約を交わし、その力を使役する事を選んだ。自分の掌を見つめ、その中心に微かに橙色の炎が宿る光景が見える。
「いずれ、君たちは自分が契約する大精霊と出会う事だろう。それがいつになろうとも……僕は君たちと共にそれを見届けよう。さて、堅苦しい話はなしにしてそろそろ本題に入ろうか」
「……今のが本題じゃなかったワケね……」
寝そべりながら気だるそうにそう言い放つシエル。彼女も契約者の素質がある人間なのだろう、話を聞いてるだけでも彼女にとっては真剣な態度この場にいるのかもしれない。
「君たちの実力を図るために今日から2週間後、模擬戦で実力テストを行う」
「じ、実力テスト……」
「対戦表はここに示している通りだ。一番最初の対戦は……フェイト、レイフォス。君たち二人のテストを行いたい」
「え、ええっ⁉ 」
「……ほう」
あまりに突然すぎるフィルからの指定に、フェイトは戸惑いを隠せなかった。隣に座るレイフォスに視線を向けると、僅かに目配せをしながら再びフィルへ顔を向けている。あまり感情を露わにしないのだろう、一番最初にテストを行うと言われてもレイフォスは動じた様子を見せていない。彼の隣に座るリゼットの方が表情豊かに驚いている。驚きすぎて顎が外れている様だが。
「今日はホームルームも兼ねて君たちに顔合わせしてもらうためここに呼んだ。明日から本格的な授業と訓練に入ってもらう。親睦を深めるためご飯に行ってもいいし、自分で修行しても良い。今日一日は好きに過ごしてくれ。以上だ」
それだけ告げると、フィルは笑顔を浮かべながら教室を後にする。その後を追うように即座にシエルは欠伸をしながらそそくさと教室を後にし、残る5人は苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「ま、とりあえず帰るか。レイフォス君、リゼットちゃん、これから僕たちお昼行くけど、君たちもどう? 同じクラスなんだし、仲良くやろうよ」
「あっ、私行く! レイちゃんは? 」
「レイちゃん言うな。誘ってくれてありがたいが、俺は別にやることがあるのでな。また今度にしてくれ」
「そうかい。また今度にしようや。これからよろしくな、レイフォス君」
あぁ、とだけレイフォスは告げて4人よりも先に教室を後にする。そんな彼を見つめる事だけしかできなかったフェイトは、がっくりと肩を落とした。
「ふ、フェイト君? どした? 」
「いや……なんだか自信無くしちゃってよ~……。俺、勝てんのかなぁ……」
「大丈夫だ。それに最初から勝負を諦めるのは良くないぞフェイト」
「うーん、紫音がそう言うなら頑張ってみるけどさ……」
気落ちするフェイトの肩を先ほど知り合ったばかりのリゼットが叩く。
「大丈夫だよ! フェイト君、だっけ? 私も訓練付き合うし、一緒にがんばろ! 」
「リゼット……お前、いい奴だなぁ……」
「しょーがねえ、泣きわめくフェイト君の為にも僕も一肌脱ぎますか」
「泣きわめいてねえっての! お前は一言多いんだよ! 」
「お? そんな事言っていいのかー? イクセル様直伝のテク教えてやんねえぞー? 」
「なんか失敗しそうだしやだ」
「んなこと言える立場かっつーの! 」
フェイトとイクセルの会話を見るなりリゼットと紫音は笑みを浮かべ、教室を出る。既に他の生徒も同じように校舎から帰路へとついているようで、多くの生徒が外に列をなしていた。
「しかし二人は随分と仲が良いんだな。以前から知り合っていたのか? 」
「あっそーそー! 私とレイちゃんみたいだよネ! 」
「つってもなあ……別に腐れ縁みたいなもんだよ。いつの間にか仲良くなってたよな」
「フェイト君が友達になりたいって言って聞かなかったからねぇ。それよりもリゼットちゃんとレイフォス君の方が気になるよ。君みたいな可愛い子と幼馴染なんて許せん……! 」
「あ、あはは……嬉しいやら複雑やら」
そんな言葉を交わしながら4人は校舎を後にし、繁華街を出ようとしたその時。彼らの横をある女性が通り過ぎる。鍔の部分に美しい翡翠色の装飾が散りばめられた細剣を腰に差し、背中まで伸びた銀髪を靡かせていた。ロングブーツの靴音を軽快に鳴らしながら深緑色のコートの裾を揺らす彼女の姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。フェイトの視線に気づいたのか、その女性はフェイトたちに振り向いた。
「特務科の子たちかな? 」
「あ、は、はい! 貴方は……? 」
「うーん……そうだねぇ……。君たちの上官になる人、でいいかな? 」
微笑みながらそう答える彼女の姿に感化されたのか、フェイトが胸の前に拳を当てて背筋を伸ばす。フレイピオス政府軍式の敬礼だ。そんな彼に感化されたのか、イクセルや紫音たちも一斉に敬礼をし始める。
「あはは、まだそんな畏まらなくていいから。入学おめでとう。明日から頑張ってね、それじゃ」
それだけ言い残して彼女はフェイトたちとは反対の方向へ再び歩みを進め、やがて校舎の中に消えていった。その後ろ姿をぼーっと見つめていたフェイトの肩を、紫音が叩く。
「……フェイト? どうしたんだ? 」
「あ、あぁいや、なんでもない」
「はは~ん、さてはあの人に見とれてたな? 全くフェイト君もお盛んなんだからぁ」
「ち、違うって! あの人、どっかで見たことあるなって思ってさ」
「そりゃみんなだって見覚えあるよ。だってあの人、シルヴァーナさんだもん。八英雄の」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ヴァルメール都立士官学校・理事長室>
一方その頃。
シュリオン校舎とは別の建物である職員棟にその女性――シルヴァーナ・ボラット・リヒトシュテインは階段を上り始め、やがて理事長室と書かれた部屋の前に立つ。扉をノックし、入室の許可を得ると彼女は扉をゆっくりと開けた。
「特務行動隊大隊長、シルヴァーナ・ボラット・リヒトシュテイン。大統領の拝命により帰国致しました」
「お嬢様! お久しゅうございます。また随分と凛々しくなられましたね」
「ありがとうございます、ギル。それで、お兄様は? 」
「ゼルギウス様は執務の為一度官邸に戻られております。ささ、どうぞこちらへ」
部屋に入るなり大きな机から立ち上がった燕尾服の老人がシルヴィを迎える。彼の名はギルベルト・ファビオ・ハンニバル。まだリヒトシュテイン家がフレイピオスの王政を執っていた頃からシルヴィに仕えている執事である。現在彼はゼルギウス大統領を支える官房長官として政務に関わっており、ヴァルメール都立士官学校が設立された際は学校の理事長にも任命されていた。
「ギルも随分をお髭が伸びましたね。ダンディになっちゃいました」
「ほほ、お嬢様にそう言っていただけるとは至極恐悦です。任務はどうでしたか? 」
「既にトランテスタ周辺の転移門の調査は終わりました。まだ活動を開始する様子はないですが、引き続き警戒を強めておく指示をリヒトクライス騎士団に出しておきましたよ」
「それは心強い。そういえば、トランテスタと言えばレ―ヴィンさんとヴィクトールさんにはお会いになられたのですか? 」
その二人の名を出した瞬間、向かい合わせになる形でソファに腰掛けていたシルヴィは傍に置いていた鞄から導話媒体を取り出す。端末内に保存していた射影記録を呼び起こすと、画面いっぱいにレ―ヴィンとヴィクトールが並び、彼女の腕に赤ん坊が抱かれている画像が映し出された。
「おお、ようやくご出産なされたのですな。いやはや、まさかお二人がここまでの関係になるとは……」
「赤ちゃんすっごく可愛かったんですよ! もうほっぺなんかふわふわで……」
「ほっほっほ、お嬢様がお生まれになった時のことを思い出しますよ。まだお二人は休暇中ですか? 」
「はい。レーヴの方は今にも騎士団の仕事をしたいと言っていましたが、さすがにまだ復帰は無理そうです。ヴィクトールさんも傍にいると言っていましたし、二人の力を借りるのは出来ません」
左様で、とギルベルトは椅子から立ち上がって部屋の窓の傍に移動する。彼の視線の先には校舎を後にする生徒たちが映っており、楽しげな表情を浮かべていた。
「それでギル、私がここに呼ばれた理由って? 」
「フィルさんから契約者が全員揃ったというお話は既にお耳にしているでしょう。今日私も入学式でお見掛けしましたが、なかなか見どころのある子たちが多い。それに……大樹の大戦の犠牲者であるフェイト君も含まれておりました」
「……えぇ。私も最初彼の名前を聞いたときは驚きました。出来れば彼には平穏に暮らしていてほしかったのですが……残酷ですね、運命って」
「そこで、お嬢様にお願いがあります。貴方にあの特務科の講師をしていただきたい」
「わ、私がですか? 任務がある時はそっち優先になりますけど……」
「無論、それで問題はありません。私はあの子たちの講師を全員……八英雄から選びたいと考えております」
八英雄、という単語を耳にした瞬間シルヴィはわずかに眉を顰める。それほど深刻な事態であることは彼女も重々承知はしていたが、それでもギルベルトが八英雄という人物を選ぶ理由を見つけられなかった。
「それは……行方不明の椛さんや平重郎さんも呼びつける、という事でしょうか? 」
「二人は既に見つけています。問題は……貴方もよくご存知のあの方です」
「――雷蔵さん、ですね」
シルヴィの言葉にギルベルトはゆっくりとうなずく。近衛雷蔵。八英雄の一人で、神断と証される極東の剣豪だ。人魔戦争直後にシルヴィとゼルギウスが彼を見つけて保護した以降、雷蔵は正式に特務行動隊の遊撃調査課に配属されることとなったが、「自分の行方は君たちだけの秘密にしてほしい」という希望から行方を再びくらましていた。世界の危機が水面下で近づいている中、彼の居場所はシルヴィとゼルギウス以外知らない状態である。
「はい。何かお嬢様がご存知ではないかと思いまして、今回お呼びしたわけです」
「…………知らないと言えば、それは嘘になります。ついさっきも雷蔵さんとお話したばっかりですから。でもお願いです、ギル。時が来たら必ず教えますから、今は待ってもらえませんか? 」
彼女はソファから立ち上がり、ギルの手を握りながらそう口にした。そんな彼女の様子に感化されたのか、ギルベルトは苦笑を浮かべながら溜息を吐く。
「お嬢様がそこまでおっしゃるのなら、何か策があるのでしょう。分かりました。少々計画を変更しましょう」
「ギル! ありがとうございます、ギル大好き! 」
「ほっほっほ、こんなジジイにそう言ってくれるとは有難い限りですな」
抱き着いてきたシルヴィを優しく引き剥がし、ギルベルトは彼女の両肩に手を置いた。
「特務科の生徒たちは明日から本格的な訓練に入ります。何かありましたら此方から連絡いたしますので、その時はお願いしますね」
「はいっ! 任せて下さい、私だってちゃんと先生できるんですからね! 」
「ほほ、頼もしい限りです」
では、とシルヴィは鞄を再び手に取り肩に提げるとそのまま理事長室を後にする。部屋を出たところで背伸びをすると、シルヴィは出口へ向かう事にした。
「さぁーて! 今回も頑張りますかー! 」




