言葉にできない気持ちを
明けましたおめでとうございます。
気が付けばもう半月たったんですねぇ、早い早い。
憎ったらしい天使の神父の後からパパが姿を現す。
ちょっとふらついていたけれど、ここ最近のどこか浮ついたような歩みとは違う
確かな、歩調。
一目見て、呪詛が解けたのだと理解できた。
パパとわたし、向けられた視線が交わり……
その目がわたしの事をちゃんと認識してくれるってわかった瞬間
溢れ出した気持ちを、どう表現したらいいかわかんない。
荒れ狂う感情の波に翻弄されたまま、
わたしはパパからの問いに答えることもできなくて
何を言えばいいかわからなくなっちゃって、
言葉にならない言葉を呻くように口にして……
それ以上、何も言う事が出来なかった。
わたしにとって、パパはただの餌。
否定は出来ない。
ずっと、そんな風に思っていたのは事実だもん。
パパを呪ってしまったのも事実。
餌だって思ってたのも事実。
天使が解呪してくれなかったら、パパを正気に戻せなかったのも事実。
誤魔化すのは簡単だよ?
「大好きなパパを餌なんて思うわけがない!」「呪ったなんて嘘よ!」って
泣きじゃくってそう懇願すれば、パパはきっと信じてくれる。
悪魔だもん、人間を騙すなんて普通だよね?
でも、できなかった。
言い訳の言葉が、出なかった。
憐れみを誘うお芝居が、できなかった。
パパを騙すことが、できなかった。
何でなのか正直わかんない。
天使に捕縛された状況で、絶体絶命のピンチで、
ほんとだったらどんな手を使ってでも助かりたい!
……今は、そういう状況のはずだよね。
だけど、駄目。
パパが無事な姿を見た瞬間、そしてその顔に困惑の色を見た途端。
おなかの奥がきゅっと苦しくなって、胸がもやもやして、
どうしようもないくらいに嬉しい反面
立ち直れそうにないくらいに気分が落ち込んじゃって、
わけわかんなくなっちゃって、言葉が出なくなっちゃった。
ずっと目を背けていたの。
分かっていたけど、認めたくなかったの。
だってわたしは悪魔だから。
悪魔が「罪悪感」を感じるなんて、認められるわけ無いじゃない!
だからなんだとおもう。
わたし、パパに質問に答える事が出来なかった。
自分が悪いことをしたんだ、って自覚があったから。
言い訳にしかならないんだって、分かっていたから。
パパに悪いことをした私が、許してもらえるなんて思えなかったから。
わたしパパが本気で怒ったところ見た事ないんだもん。
何時もパパは優しかったから、本気で怒ったパパがどんな風になるかなんて
全くわかんなくてすっごく不安になる。
謝っても許してくれなかったらどうしよう?
わたし、嫌われる?捨てられちゃう?どうなんだろう?
自分が悪いことをしたって認めるのが怖い。
パパに嫌われるかもしれないと思う事が怖い。
自分が罪悪感を感じているなんて信じられなくて怖い。
無様に天使に捕まった自分が情けない。
パパを助けられなかった自分が情けない。
パパを危険にさらしちゃった自分が情けない。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖くて仕方がないよ。
パパ、ねぇ、パパ?
ごめんなさいって言えたら許してくれる?
今まで見たいに笑って頭を撫でてくれる?
これからもほのかのパパでいてくれる?
パパの事、餌だって思っていても受け止めてくれる?
怖いよ、パパ。
不安だよ、パパ。
怖くて、不安で、自分が情けなくて、苦しいよ。
パパに「お前なんていらない」って言われたらどうしよう。
パパに、「所詮は悪魔か」って見捨てられたらどうしよう。
そんな思考が何度も何度も何度も何度も!
頭の中をぐるぐる回って、口が、身体が、動かない。
想像するだけで恐怖が沸き上がって身がすくむ。
こんなの知らない、こんなの信じられない!
わたしは悪魔だ、何とかここでパパを懐柔して
天使の手から逃れないと……そう思っているのに
パパに嫌われたくない、パパに悪いことをしたって思いが
わたしの身も心も雁字搦めに縛りあげる。
わたし、悪魔なのに……悪魔なのにっ!
何でこんな人間みたいな感情に振り回されてるの!?
何でこんなに怖くて苦しいの!?
わからない
分からない
判らない
解らない!
パパ、ねぇパパ。
わたし、自分が分からないよ……。
とりとめもない考えがぐるぐる回る。
ぐるぐる回って、また振出しに戻って、
貴重な時間をどんどん無駄にしていく。
こんな事じゃダメだってわかっているのに、
心も体も動かない。
パパ、パパ、わたしはどうすればいいの?
どうしたらいいの?
怖いよ、苦しいよ、辛いよ、パパ、パパっ!
◆
ほのかは、ずっと無言を貫いた。
質問に答えない。
説明もしてくれない。
俺はしばらくの間前後不覚に近い状況だったらしい。
記憶が曖昧だからそれは確かな事なんだとは思う。
だけどそこに至った事情、事実関係やら背景がさっぱりわからないから、
俺としては誰の何の言葉を信じればいいのか判断に悩む。
絶対確実なのは俺が結構な期間前後不覚な状態だったという事。
家の中が酷いことになっていたこと、天使に踏み込まれていることなどから
その辺は疑いようもないくらいに容易に推測が可能だ。
だが、「ほのかが俺を呪った」という事に関しては
ほのかの口からは明言がされていない。
あくまで天使神父の口からそういう状況でしたと説明されただけだ。
俺は聖人君子じゃない。
流石に呪われてましたなんて言われて「はいそうですか」と流せるほど
人間が出来てはいないし、こうしてだんまりを貫かれていると
親として信頼されてないのかねぇ?と若干イラッと来るものがある。
おまけに状況が状況だ。
今にも「悪魔は処刑だぁ!」という雰囲気の天使たちに囲まれて、
磔になっている自分の娘を救出するための隙を見出さないといけないのに
肝心のお姫様がむっちゃ非協力的。
命の危険が迫ってんのよ?分かってんの?空気読もうよ!?
そう怒鳴りたい気分だがそういう訳にもいかないわけで、ね?
何とか深呼吸して気分をリセットしつつ、急ぎ現状を整理する。
ほのかはどうやら俺を「餌」扱いしていたようだ、というのは理解した。
「餌」、ねぇ?
別に悪魔として成長するためには人間の悪意を云々言っていたから、
そういう認識だったんだと言われて意外とは思わない。
ちょっぴりショックではあるけど。
でも親子関係になってまだそう日も経ってないし、
そもそもほのかは「家族ってどういうもんか分かんない」といってたし?
親としてより餌として認識されてたってのは
単に俺が親としてまだ未熟だってだけだよなぁ、と反省こそすれ怒る事じゃない気がする。
だから「餌扱い」は今後の課題だな。
そんな風に考えたところでズキリと胸が痛んだような気がしたけど後だ後。
(うーん、ほのかがなんか抱え込んでるのは分かるんだがなぁ?
具体的にそれが何なのか、分からんことには怒るに怒れんし
許すも許さないも判断突かない、よなぁ……?
とにかく、まずはこの状況を打破する突破口を……)
さて、困ったぞ?というこちらの心情など天使にしてみればどうでもいい事なのだろう。
俺とほのか、双方が黙り込んだことで一応の納得ができたと勝手に判断したらしい。
「餌、餌ですか!
やはり悪魔は存在そのものが邪悪!
日々を懸命に生きる人々の心の隙間に付け込み、
その魂を穢し、貶めては地獄へと引きずり落とす。
あぁ、何と汚らわしい生き物でしょうか!
………日崎さん、いい加減解ったでしょう?
貴方はそこの小悪魔に騙され、搾取されていたのです!」
「騙されてなんて」
「いいえ!騙されています!」
満面の笑みで、天使神父は俺の言葉を遮り、ほのかを断罪する。
なんかすっごく一人でいい空気吸ってそうな、超ハイテンション。
「いいですか?
悪魔というのは情に付け込み、知性の穴を突き、言葉の裏をかく存在です。
人を貶め傷つけることにのみ快楽を求め、嘲笑う唾棄すべきモノ!
いくら見目麗しく、貴方の望む言葉を吐き、庇護欲をそそろうとも、
微笑みの仮面の裏でその娘は貴方を嘲りながら舌を突き出しているのです。
日崎さん、貴方は覚悟を決めねばなりません」
「覚悟?」
「そう、覚悟です!
貴方自身の手で、己の罪と向き合い、その清算をする覚悟……
すなわち、その娘を自らの手で冥府へと送り返す覚悟です!」
諸手を天へ広げ、謳うように彼は宣う。
「仮に貴方の前でこの娘が従順であったとして、
社会に出てまで従順だとは限らないでしょう?
悪魔の契約に基づき貴方の前では良い娘でいるかもしれません。
だが、貴方の前でなければ良い娘でいる理由は消えるのです。
その時どれだけの被害を出すか、想像したことはありますか?
貴方の良かれとした事が、どれだけの悲劇を生むか考えた事はありますか?
我々は、多くの悲劇を見てきました。
ひと時の幸せと引き換えに、その後長きに渡る地獄の日々を強要され、
死してなお魂を弄ばれる愚かな者達の末路を!
だから、我々は求め、訴えるのです。
……日崎実利、悪魔にすら愛を注ぐ者よ、悪を断罪する覚悟を決めなさい。
己の手で、目の前の悪を滅ぼすのです!!」
その為の力を授けましょう、と天使神父はそう言って地面に両手を突き付ける。
アスファルトに二つの光の陣が描かれ、光り輝く二本の十字槍が現れる。
槍そのものが淡い光と凄まじい威圧感を放つ。
どう見ても悪魔を絶対殺します的な武器だ。
そんな神々しくも危なそうな槍の片方を、
にこやかな笑みで彼は俺に押し付けた。
「ちょ、俺は……」
「おや、まだ未練が断ち切れませんか?」
「この期に及んで往生際が悪いぜ?オッサン」
「さぁ!今こそ断罪の時間ですよ!」
勢いだけで状況を流そうとするんじゃねぇよ!
と内心叫びつつも言い出せない小市民。
反射的に槍を受け取ってしまい、その意外なまでの軽さにほんの少しの驚きを得る。
持ち手から流れ込んでくるなんか神聖っぽい何かが、ちょっと気持ち悪い。
槍そのものがほのかを「殺せ!殺せ!」と訴えているような感じがするのだ。
左目がチリっと疼く。
………あれ?
よく考えればもしかして、今俺って合法的に武器ゲットしたんじゃね?
これは……チャンスか!?
ほのか「期せずして武器をゲットしたパパ!
その威風堂々とした立ち姿は双葉山か千代の富士かっ!
パパの無双伝説が今っ!?」
実利「武器ゲットで何故力士!?せめて呂布とか前田慶次とか……」
ほのか「え?見た目の問題だよ?」
実利「さいですか……」




