天罰の遂行者
「放せっ!は~な~せってばっ!
この卑怯者っ!
正々堂々と勝負しなさいよっ!!
は~な~せ~~~~~!!」
早朝の線路沿い、駅も近いこの場所は本来なら人通りも多く
まだ6時前とはいえ通勤客で混雑するだとか。
だが、結界に包まれたこの空間は素晴らしい静謐に満ちている。
都会の騒がしさも活気があっていいけどよ、朝は静かなのが一番だ。
その静謐さを台無しにするかん高いガキの声。
電柱を支えに宙に水の鎖で磔にした悪魔の小娘がギャイギャイと喧しい。
ただでさえガキは五月蠅くてかなわないというのに。
この小娘は悪魔だ。
見た目はがきんちょだが。
喧しく五月蠅い上に見苦しいと来れば、救いようもねぇな、ハハ。
あんまりにも喧しいので空いた手で水の槍を生成し、くるりとひと回し。
「ったく、喧しいわ」ドスッ!
「あぐっ!」
「ワカニエルさん、まだ先輩が戻ってきていないんです。
つい勢いで滅ぼしちゃった、なんてことしないでくださいよ?」
軽く悪魔をぶん殴って黙らせてみれば、今度は同僚が喧しい。
悪魔をはさんで反対側からやはり水の鎖で悪魔を拘束している
この喧しい年若…くもねぇか?
まぁそこそこ年いった男はオクナエルという。
俺のダチ、ハルディエルの後輩で俺と同じ水の力天使。
地の力天使であるハル(ハルディエル)の事をやたらとリスペクトしていて
「先輩先輩」と犬っころのように懐いてるくせに、
俺にはむっちゃセメントな対応をする可愛くない男だ。
可愛くはないが天使としての力量は確かなので、
ハルの奴とつるんで悪魔狩りする際にはよく一緒になる。
え、俺は何者だ、ってか??
そういや自己紹介もしてなかったか。
俺はワカニエルってんだ。
ハルの奴とは東京本部で悪魔狩りヒャッハーしてた頃からのダチさ。
品行方正な神父様のアイツと違って俺はどっちかって言うと不真面目天使。
俗にいう「不良天使」って奴だな。
十字教の戒律にガッチガチな生真面目な連中と違って
信仰心は深くとも神の名を汚さぬ程度に世俗に溶け込む……
そういうスタンスで教会が踏み込みにくい場所の悪を狩るのが
俺達「不良」組の仕事さ。
ま、やってることは堕天使の連中と紙一重だし?
おかげで組織内でも天使仲間でも結構疎まれてんだけど。
そんな俺に「神への信仰心の為に己の名声を犠牲に崇高な働きをする」と
随分うがった評価をしてきたのがハルだ。
最初はいけすかねぇ奴だって避けてたんだけどよ、
何度か一緒に任務をこなすうちにあいつの内面が見えてくると
結構面白い奴だってことに気づいてなぁ。
神父だってーのに意外と人の話聞かねぇし、無茶苦茶キレるの早いし、
温和そう、真面目そうな外見の割に結構抜けたとこあるし。
天然入ってるのか妙に図太いところも悪くない。
千場の教会に赴任して、例のクラフィエルって大天使と交流持つようになってから
多少は丸くなったみたいだけどよ?
たまーに流れてくる悪魔討伐の内容を聞くに、苛烈さは変わってねぇ。
今回もこの小悪魔を捕獲した状態で俺らを待機させてるのは、
この後にちょっとした洗礼の儀式をするつもりだから、だろう。
魔は滅する。
恐怖と共に、確実に、神の威光を魂に刻み込む。
二度と被害者が悪に染まらないように。
くくっ……さて、この喧しい小悪魔の親、なんつったかな?
見事ハルの審問を越えられるかねぇ。
ダチの遺志とはいえ、あいつの審問は一般人にはきついぜ?
この先の展開を想像してニヤニヤしていると
室内から強烈な理力の高まりと激しい閃光があふれ出た。
「アレは先輩の浄化法術?」
「うぅっ……パパぁ……
放せ…!放せえええええっ!」
室内から溢れる理力反応にオッキーが目をキラキラさせて気をそらすと、
またもや小悪魔が騒ぎ出す。
「喧しいって言ってんだろうに」ドスッ!
「ゲフッ!
パ……パ……」
石突きで突いてもまだ父親を求める声を上げる小悪魔。
内臓が傷ついたのか、かはっと少量の血を吐き出す姿は憐れみをそそる。
傍から見れば完全に幼児虐待行為だが、こいつは悪魔だ。
見た目に騙されて解放しようもんなら、俺らにその牙を剥くだろうことは
容易に想像できる。
権利保護団体の連中は、書面上の見た目でしか判断しないからな。
街ひとつ灰に変えられる幼児なんて存在を知らんから仕方ないかもしれんが
悪魔ってのはそういう存在だ。
こうして平静装って拘束しているが、その実内心では冷や汗が止まんねぇ。
オッキーと二人がかりで対属性の理力で抑え込んでるってのに、
気を抜けば拘束を抜けられそうなくらいにはこいつの魔力は強い。
内包してる魔力量が、洒落になってねぇんだ。
オッキーは気づいてるか知らんけど、こいつはヤバい。
3対1で負けるとは思えないが、楽観は出来ねぇ。
男爵級?いや、侯爵級か?
なんにしても、ベテラン力天使3人相手に互角の魔力って時点で警戒は必須だ。
そういう意味ではハルが俺らを呼んだのは大正解だろう。
アイツ一人ではこいつは荷が重い。
ハルの実力は知っているけどよ?敵を甘く見ていい事なんて何一つねえからな。
本音を言えばハルを待たずにこの場でさっさと始末したい。
オッキーはこいつの危険さに気づいてないみたいだからなおさら、だ。
だが、この場の指揮権はハルにある。
勝手な事してアイツの機嫌を損ねるのも面倒だし、
何かしら意図があっての指示だろ?
うーん、ダチの意向には反したくねぇしなぁ………。
「うううっ!放せっ!放してよっ!
パパに何する気だっ!
お前らなんて殺してやるっ!
パパに何かするなら、灰も残さず殺してやるんだからっ!」
「だからうるせぇって言ってるだろうが」げしっ!
「ひゃうっ!」
……はぁ、ハルの奴さっさと出て来ねぇかなぁ。
小悪魔をチクチクいびりながら被害者の部屋の様子を窺っていると
しばらくしてにこやかな顔でハルが出てくる。
後ろに、悪魔の親らしき困惑した顔の男を連れて。
◆
「ワカニエル、オクナエル、お待たせしました。
さ、日崎さん、こちらへ。
彼等が今回あの悪魔を狩る手伝いに来てくれた同胞です」
天使神父が誇らしげな顔でチンピラ面の男とサラリーマン風の男を紹介する。
それぞれ輝く4枚羽に白のローブ、胸には十字教の聖印。
宙に浮いているその姿はどう見ても天使だ。
男たちはそれぞれ片手に透明な槍を携え、反対の手には透明な鎖を下げている。
鎖はアパートの側道を挟むように立っている電信柱に絡みつき、
道の真ん中に一人の少女を磔にしている。
小さな少女が早朝の線路脇の道に磔になっている姿は非常にシュールであるが
ここは既に天使の結界内、という事なのだろう。
道行く人の影はなく、ゴーストタウンのような静けさのみがある。
磔にされている少女は、既にボロボロだった。
「ほのかっ!」「パ、パパ!?」
身体のいたるところから血を流し、頬を腫らす姿の痛々しさ。
Tシャツには血が滲み、明らかに暴力を振るわれた跡があった。
「おいっ!どういうことだ!
悪魔だからってまだ子供なんだぞ!?」
痛々しいその姿が目に入った途端ほとんど反射で頭にカッっと血が上る。
後先考えず天使神父の肩に掴みかかろうとした瞬間だった。
「「おい、控えろ人間」」
眼前に突き付けられた二本の鋭利な刃。
ほのかを磔にしている天使たちが手にする槍が
まるで蛇のようにその鎌首を伸長させたのだ。
目の前で煌めく穂先の透明度。
(こ、これは水?
………っ!五行相克か!)
この威嚇でほのかがああも抵抗できずに抑え込まれている理由を理解する。
同時に自分のあまりの迂闊さに肝が冷える。
この絶望的状況で自分から相手を刺激してどうするよ!
「二人とも落ち着いてください。
日崎さんはまだ目覚めたばかりで混乱があるのです。
悪魔とはいえ、己が世話した娘がそのような姿では
頭に血が上るのも仕方がないでしょう。
何しろ、娘と思っていた相手に『呪詛』をかけられていた……
そんな事実を知って、いまだ受け止めきれずにいるのですから」
「!!」
「は?呪詛だぁ?」「なんという…」
こちらの内心の焦りなど露知らず天使神父の告げる言葉に仲間の二人は呆れと嫌悪を、
ほのかは一瞬目を見開いて視線を落とす。
下唇は強く強く噛みしめられ、何かを堪える様に顔は深く俯く。
その様子は明らかに何かを理解している上でのものだ。
それが何かは分からないが、そのしぐさに何か俺は感じるものがあった。
どこか懐かしいものを見るような感覚に若干の戸惑いを得るが
状況は戸惑いの正体を解き明かす時間までは与えてくれない。
さぁ、真実を!と言わんばかりの天使神父の目配せを受け、
俺はほのかの前にゆっくりと進み出る。
(この状況は、手の打ちようがないくらいに不味いよなぁ。
ほのかは完全に敵の手で拘束喰らってるし、
俺がこいつら蹴散らせるとは思えんし。
なんか勘違いされてるうちに隙を突きたいところだけど、
でも、それ以上に……)
それ以上に、はっきりさせないといけないことがある。
知らなければいけないことがある。
3人の天使たちが見つめる中で、俺はほのかに問いかける。
「なぁ、ほのか。
お前が俺に呪いをかけた、って聞いた。
どういうことだ?
………お前の口から真実を知りたい」
「……………」
ほのかは応えない。
「黙ってたら、分からない。
怒らないから、教えてくれないか?
目が覚めたらいきなりこんな状況で、正直困ってんだよ。
何か誤解があるなら解かなきゃいけないし、
もし本当なら理由が知りたい」
「……………」
なるべく優しく声をかけるが、ほのかはだんまりだ。
そんなほのかの様子にチンピラっぽい天使はニヤニヤしてるし
天使神父とリーマン天使は侮蔑のこもった表情。
イラッと来るが我慢。
ここで喧嘩売ってもゲームオーバーフラグが加速するだけだ。
それにしても、ほのかは何故だんまりを決め込む?
呪いをかけたというのが事実だからか?
それで俺が怒ると思ってるとか?
それとも天使のいる前で恥をかかされて怒ってる?
どれもほのかならばありそうな可能性だ。
ありそうではあるのだけど、この状況ではそんな悠長な検証はしてられない。
天使たちは殺意満々、俺が納得すれば即ほのかの処刑に移るだろう。
何かしらの手を思いつくまでの時間が欲しい。
……もっとも、時間があっても思いつくなんて保証はないんだけど。
正直言ってほのかが俺に呪いをかけたという話は信じられない。
ほのかは馬鹿じゃない。
抜けてるところはあるけれど賢い娘だと思う。
親の贔屓目という訳じゃなく、俺にはもったいない娘だよなぁ、って
いつも思ってたんだから間違いない。
普段からこの世界でどう生きていけばいいのかを貪欲に学び、
自分の不足を理解しては悩んでいたほのかだ。
呪いだか何だか知らないが、俺を前後不覚な状態にしても
不利益しか生じないことくらいは頭でわかるはずなのだ。
ほのかが呪ったなどという話より、俺が殺してしまった天使が
最後の力で恨み呪いましたというほうがよっぽど納得がいく。
だけど、記憶にうっすら残るあのほのかのにやけた笑顔。
背筋が凍るような、邪悪そのものといった悪魔の笑み。
それが、俺のほのかへの信頼のしこりとなっている。
あれは一体何なのか?
あれが、ほのかの本性だというのか?
ほのかは、娘は、本当に俺を……
(ほのか、お前にとって俺は本当に「餌」でしかないのか?
親子関係なんてまやかしで、懐いたふりをしていただけなのか?)
悪魔と人間。
ただ契約に基づいた関係だと言えばそれまでだろう。
だけど、ほのかはターニャ・霧島なる淫魔から「生まれた」という。
俺の子としてこの世に生を受けたんだと、そういうことになっている。
どこまでが真実で、どこからが嘘なのか。
俺には分からない。
分からないけれど、ほのかは求めていた家族、望んでいた家庭、
その大切な構成要素の一つなのだ。
天使の言葉一つでその大事な存在との関係性に
罅なんて入れられてはたまらない。
だから、はっきりと言って欲しかった。
はっきりさせて欲しかった。
何が真実なのか、自分の寄る辺はどこにあるのか、
たとえ納得しがたい答えでも、本人の口から答えが欲しかった。
「…………」
「なんで、答えてくれないんだよ」
「…………」
「俺が、信用できないか?」
「…………」
「天使に乗せられて、お前を責めてるように見えるのか?」
「オイオイ(笑)」「貴様っ!!」「二人とも待ちなさい!」
「…………」
方や笑いながら、方や怒りをあらわに殺意を俺に向ける天使を天使神父が止める。
「何があったのか、話す事すらしてくれないのか?」
「…………」
「…………そう、か」
「…………」
うつむいたまま、あくまで貫かれる無言。
磔にされているので、俯いても表情は見える、見えてしまう。
何かを恐れるような、怯えるような、堪えるような、不貞腐れるような、
様々な感情が入り混じったような表情は……
言葉にせずとも、真実を雄弁に物語っていた。
「本当に、お前にとって俺は…………
ただの、『餌』だったって、わけ、か」
ほのか「…………」
実利「ほのか、あとがきまで無言にならなくてもいいと思うぞ?」
ほのか「……だって、この展開だとパパに嫌われる未来しか思い浮かばないんだもん」
実利「それ以前に、普通に死亡フラグしかないと思うんだがなぁ、この状況」
ほのか「パパを殺して私も死ぬぅっ!」
実利「無理心中っ!?」




