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はるまげ☆どーたー  作者: 葵・悠陽
グリモワール第2巻
28/33

願いの原点

「うぅ…パパ……見るな、見るなぁ……!」


(まったくもって諦めの悪い小悪魔ですね……)


自らの悪行を暴かれる事をこの期に及んで拒もうとする小悪魔(ほのか)の態度に

ハルディエルは苛立ちを隠せない。


温和そうな容姿や口調から一見そうとは見えないが、彼の気性はかなり荒い。

特に悪魔相手ならなおさら、である。

正直、ハルディエルとしては目障りな小悪魔など

さっさと始末してしまいたいところなのだが

扉を開けた時に目にしてしまった屋内の惨状に、

悪魔抹殺は後回しにせざるを得なかったのだ。


開け放たれた扉から外に漏れ出る夥しい量の瘴気。


(この瘴気、量といい濃度といい尋常ではありませんね。

これだけの瘴気の発生源に、日崎実利が?

………無事、なのでしょうか………?)


天使からしてみれば目にしただけで吐き気をもよおしそうな濃密な瘴気である。

「浄化」の聖光を改めて身に纏い、ハルディエルは慎重に室内へと踏み込んでいく。

彼の纏う聖なる光に触れるたびにジュッ!っと音を立て消し飛ぶ瘴気。

聖光と瘴気の境目ではジジジジジ…とせめぎあいが生じているのだが

せめぎ合いが生じるほどに大量に瘴気が生じている事そのものが

不快で苛立たしくて仕方がない。


(全く、一体何をどうすればここまで凶悪な量が?

ふむ、瘴気は奥の部屋からですか。

……?

妙ですね、生活感はありますが何か違和感があるような)


賃貸で1Kのマンションだ。

玄関を入ってすぐにキッチンがあり、その奥に居室、という間取り。

キッチンには小さな冷蔵庫、玄関を入って右には雑貨棚。

流しにはいくつかの洗い物が放置されている。

棚にストックされている多種多様は調味料は男が自炊している証左。

男の一人暮らしの割には妙に小奇麗に整理されているにもかかわらず

壁際にきちんと大きなゴミ袋まで設置してあるのに、

通路には乱雑に散らばるゴミのつまったコンビニ袋。

それらは何故か山積みで通路に放置されている。

ゴミ袋はまだ十分に空いているのに。


几帳面なのかがさつなのか。


今一つ「日崎実利」という人間の生活像が見えてこない事を奇妙に感じる。

その違和感は奥の部屋に立ち入った時点で氷解した。


瘴気が部屋の床から腰の高さくらいまでたゆたう室内を、聖光で一気に打ち払う。


「こ、これは酷い………!!」


彼の目に入ったのは部屋を埋め尽くす洗濯物の山とコンビニ袋入りのゴミの山。

ゴミ屋敷、否、ゴミ部屋化した室内で妙に立派な布団で苦しげに呻きながら眠る男。

半ば脱がされた寝間着、その胸に蠢く悪魔の悍ましき呪詛と溢れ出る瘴気。


ハルディエルは込み上げてくる吐き気と戦いながら、怒りを隠せなかった。


「な、なんと、なんという非道で穢れた行いを……!

仮にも『親』と呼ぶ存在に、このような悍ましい呪詛を打ち込み、

己は自堕落で淫猥な生活を満喫していた、とそういう事ですか………!!」


周囲のゴミ袋と共に散らばる「少女の着替え」と思しき服や下着類。

生活感の無い悪魔の幼女が男の金で自堕落に食事を満喫し、

その姿のままで成人男性を性的に弄び、身も心も穢し尽くした跡なのだと想像できた。

ちらりと見えるコンビニ袋の中身が主にスイーツ系のゴミであることから、

入り口、キッチンで感じた違和感の正体を彼は察っする。

あの小悪魔がこのゴミ部屋を作った犯人なのだ、と。

潔癖な天使という存在からしてみれば、この場は見るに堪えない悪魔の饗宴。


<日崎実利という男に取り入った挙句に呪詛を以て己の魔力供給源とし、

穢し、苦しめ、力をつけようとしていた小賢しく邪悪な悪魔>


ほのかという悪魔の存在は、ハルディエルにはそのように認識された。


「クラフィエルの言葉は正しかった。

この人間は、日崎実利はあの幼き姿に情をほだされ

養い親として引き取ることにしたのでしょう。

そして共に過ごすうちに、悪魔から疎まれ、このような仕打ちを。

……おそらく、クラフィエルの襲撃がきっかけで

あの悪魔はこのような手段に訴えたのでしょうね。

……もう少し、早く救いに現れるべきでした……」


ハルディエルの見立てでは、日崎実利にかけられた呪詛は

かなり質の悪いものであるのが見て取れた。

たとえ浄化法術で呪いを解いたとしても、正気を取り戻すか分からない。

それでも、このまま放置しておくわけにはいかないと

悪魔の少女(ほのか)に対する義憤を抑えながら即、解呪に取り掛かる。


「はあああああああああああああああっ!!!」


ばさり、とハルディエルの背に4枚の白く輝く羽根が現れ、拡がる。

横たわる実利の胸に向けられた手のひらに白い光が収束していく。

狭い室内で力の奔流が光を伴ってゆっくりと渦を巻き始めた。


聖なる輝きが、全てを白く染め上げていく。





                  ◆


「■■!」


誰かに呼ばれた気がした。


そっちに行くな、とそんなことを言われたような?


そっちってどっちだ?


そもそも、ここはどこで、俺は誰だ?


俺って誰だっけ?


そもそも何で歩いてるんだ?


どうやって歩いてるんだ?


訳が分からん。


訳が分からなくても、なんとなく前へ進まないといけない気がする。


何で進まにゃいけないんだっけ?


どうでもいいか、ととりあえず進むことにする。


「そう、そうやってお前はいつも全て他人事だ」


なんだろう?


どこからか、声がする。


首を傾げ、先へ進もうと歩みを進めれば今度ははっきりと


「いつだって好き勝手しやがって」


激しい怒りのこもった声が投げかけられた。


「お前の為に、どれだけ我慢させられたと思ってる」


それは、強烈な憎しみのこもった声だった。


「お前のおかげで、俺の人生は滅茶苦茶だ」


声は、背後から聞こえるようだ。


何時の間にやら、身体らしきものがある事に気づく。


だが、自分の身体のはずなのに鉛のように重く、振り向けない。


ヒタ、ヒタ、と何かがゆっくりと近づく音がする。


怨嗟と憎悪と哀惜と諦念と後悔と憤怒と嫌忌とに満ちた声。


「なぁ、何でお前みたいのが俺の子供なんだよ」


すぐ真後ろで、声がした。


一瞬だけ身体が自由を取り戻す。


振り返った瞬間、視界に銀の光が奔る。


銀光は俺をほんの僅かに掠めて抜ける。


目の前に立っていたのは、白髪交じりのやせ衰えた老人だった。


その手には、出刃包丁が握られていて。

赤いものが、僅かに滴っていた。

つぅ、と刃を滴る、血。


俺は、この男を知っている。


「おや、じ……?」


日崎富士彦


出刃包丁を振るったのは、俺の父親だった。


「う、が……あ、あ、ああああああああああああああ!?」


右の二の腕が、熱い。

熱が滴る感触が、斬られたという事実を如実に示す。


「親父!な、なんでっ!」


ひたひたと包丁片手に迫る父の姿に動揺する足がもつれ転倒してしまう。

必死で手足をばたつかせ、距離を取ろうとするが身体が上手く動かない。

身体が、竦んで………


「無様だな、実利。

そんな無様を晒して、生きてて恥ずかしくないのか?

親に寄生して、人の好意を踏みにじって、そのくせ立派な社会人面?

何でお前みたいなのが生きてるんだよ。

何で真面目に生きてた俺が幸せになれなくて、

お前みたいなゴミに足を引っ張られなきゃならない?」


「あ……ぐっ………」


そう、だ。

これは、この場面は、この言葉は、覚えがある。


……あの時だ。


……俺が、親父に勘当された日。

俺が、帰る場所を失くした日。

二十歳を境に仕送りを止められて、文句を言いに実家に帰った時だ。


親父から逃げるように都内の大学に進学して一人暮らしになって、

親から逃げることそのものが目的だったせいで

勉学や就活に励む意志なんてまるでなくて

やっと息苦しい生活から脱せられた開放感にすっかり舞い上がって

女に溺れ、遊び惚け、酒や賭け事を覚えはまり込んだ最低の日々。

今も自分が最低な人間だって自覚はあるけど、当時は今以上にダメ人間で。


そんなある日、突如仕送りが止まったことに文句言いに帰ったら、

包丁持った親父に追い立てられて、言われたんだった。


「大学4年分の支払いはしてやった。

もう、親としての義理は果たしたんだから二度と関わらないでくれ。

金輪際、お前を自分の子供だとは思わん。

好きに生きて、好きに死ねばいい」


義理は果たした、そう言われた。

自分の子供じゃない、他人だと切り捨てられた。

愛されていない、って自覚はあった。

あったけど、信じたくはないだろう?

家族って繋がりに、それなりに期待していた部分はあったんだよ。

命に価値は感じられなくとも、せめて家族って繋がりには、ってさ。


でも、結果はこの通り。


愛情も絆も無い、ただの義理。

ただの義理で育ててやった、好きに生きて、死ねばいい、

そう言われた。

言い切られた。


思えば、この事がきっかけだったんだよな。

結婚願望が強くなったのって。


親父に憎まれ、疎まれている事実を認めたくなかったんだ。

弟が、豊が死ぬ前、家族がまだ壊れずに、

みんな笑顔だった日々が俺の中でまだ鮮明に残っていて。

命なんて無価値だって思っていても、

あの日々が嘘だったなんて思いたくなくて。

たとえ思い出補正に満ちた、美化された記憶だったとしても

あの日の「家族」の在り方をもう一度自分で手にできたなら……


それは今の親父に対する明確な否定になる。

あの日の自分たちをも無かったことにした父を否定したかった。

父が出来なかったことを自分がやって見せたならば、

価値のない「自分」という命にも少しは価値を見出せるんじゃあるまいか?

こんな俺でも人並みの生活を自分も得られるのだと、

人並みの幸福を得られるのだと

多少なりとも自信を持てるのではあるまいか?


そんな反骨心がきっかけだったんだ。


もっとも、俺の様な最低の人間がそもそも家庭を持てるだなんて

普通に絶望的な高さのハードルだったりするのだが、それはそれとして。


だからこそ、「家族」を持つことは俺にとっての「欲」であり、「願い」となった。


自分はあんなことを子供に言う親になりたくはない。

子供に愛情を注げない親でありたくない。

家族と寄り添える人間でありたい。

自分の父親(あんなやつ)の様にはなりたくはない!


そう強く思う事で自分を少しでもあの父親よりましな人間になれればって

そんな風に思ったんだ……。


ズキリ、と胸が痛む。


親父に刺された傷じゃない。


胸の奥、バラバラに砕けたガラスのピースが一つづつ繋がっていくように


欠けていた油絵の一部が描き正されていくように


何かが、形を成していくのが分かる。


心の中を、激しい炎が渦巻いていく。


それは、世界を焼き尽くす天壌の劫火であり、


永劫の孤独の冷気を薙ぎ払う暖かな暖炉の灯火。


「ほ、の………か………」


脳裏に浮かびあがるのは、銀髪の美しい少女の姿。


パパのお嫁さんになるんだ!などと嬉恥かしいことを言ってくれる


ちょっとおませな小悪魔少女で、俺の大事な大事な一人娘。


ははっ……なんで今まで、忘れ、てたん、だ……?


ザクッ!


「がはっ!!」


ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!


父が、倒れた俺にのしかかり出刃包丁を振るう。


ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!


返り血を浴びてその身をどす黒く染めながら、心底嬉し気に

何度も何度も繰り返し突き立てられる刃から、父の憎悪の念が流れ込んでくる。


死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!

ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!

死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!

ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!

死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!

ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!ザクッ!


延々と繰り返される責め苦。

とうに死んでいるだろう自身が何故こんなにも苦痛を味わっているのか?

不自然さを感じながらも抵抗は出来ず、抗う術もなく。


終わることの無い苦痛に魂がきしむ。


助けはない。

助けてくれる奴なんて居るわけがない。

魂を余すとこなく切り刻み、擦り潰そうとする怨嗟の刃。

諦めろ、このまま終わってしまえ、そんな強烈な思念に押しつぶされる。


……だけど、だけど!


思い出しちまったんだ!!帰らないといけないんだ!!


「ぐっ、ほ……の、か………」


こんなところで死ねない!!

ほのかが、待ってるんだ。

家族が、待ってるんだよ、だから


「人殺しの貴様に、家族だと!?ふざけるなよ!!」


「ひと、ごろ・・・し?」


父が投げかけた言葉が、灼けた杭と化して俺の身体を打ち貫き、縫い留める。


「があああああっ!」


「貴様は人殺しの人でなしだろうがっ!

忘れたのか?

お前の弟を我が身可愛さに見殺しにし、母親を狂気に堕とし、

父親の人生を台無しにした挙句、天の御使いを宿した

無垢なる一般人にまで手にかけた!!」


それ、は………


「人間のクズが、人の道を外れた貴様が、人の親?

馬鹿を言うなよ罪人、貴様に親の資格なんてないわ!」


冷静に考えるなら父が「天使殺し」の一件を知るわけもなく

自分が置かれている異常な状況に気づいてもよかったはずだった。

だが、胸の奥深くで蠢く「何か」がそれを許さない。


脳裏に浮かぶほのかの姿が、ノイズに飲まれて消えていく。

ほのかへと抱いた想いが、全て罪の意識へと転化していく。


『親失格』


その思いが、ほのかへの激しい罪悪感となって俺から現状に抗う力を奪い去っていく。


「この人殺しが!罪人が!

貴様が人の親になることなど、金輪際あり得んわ!

自分の事しか考えられない偽善者のく……せ………」


狂ったように包丁を振り下ろす父の罵声は

突如視界を覆いつくした白い輝きに掻き消され、散っていった。








ほのか「筆者!今回パパ起きなかったじゃん!ほのかを嘘つきにした!」

筆者「えー?起きるなんて確約はしてない気が」

ほのか「殴るけどいいよね?答えは聞いてない!」

筆者「それリュ〇タロっ……!がはっ」

実利「まぁ、次回こそ目が覚めそうだけど収拾付くのか?」

ほのか「ねー?」

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