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はるまげ☆どーたー  作者: 葵・悠陽
グリモワール第2巻
26/33

天の猟犬は牙を研ぐ

千場県内には全部で39の警察署が存在する。


それぞれの警察署には管轄区が存在し、何か事件でも発生すれば

その場所を管轄する警察署が動くことになる。


千場西警察署


梅見川区、稲気区、美岸区西側を中心に担当する警察署で、

国道14号沿い、前述の三地区の境界となる交差点傍に建っている。


多くの警官や問題を抱えた市民が行き来する署内に

明らかに浮いた格好の男性が訪れる。


真っ黒な、だが清潔感に溢れた神父服。

胸元に輝く十字教の聖印。

柔和な笑顔を浮かべ、無精ひげひとつないいかにも善人と言った風貌。

署員や来訪者の目を引きながら、男性は受付を済ませると

署員の案内を受け、とある部署を訪れる。


「生活安全部」


生活安全相談や防犯活動といった身近な事から、風俗、少年、サイバー、

環境、経済などの犯罪捜査まで多種多様な捜査に対応している部署である。


神父風の男性が案内された先、応接室には一人のくたびれた雰囲気の

中年の警官が待っていた。


「ご無沙汰してますね、田村警部補」


「あんたが直接出向く様な案件って聞いたからな。

一体何が起きたってんだい?堀越神父」



                   ◆



「……新田洋一さん、近藤尚文さん、米山千鶴子さん、荒井佳代さん……って!

はぁっ!?に、新田神父が行方不明!?

あの梅見川教会のエース達が全滅、ですかい!?

………何が起きたってんだ?あの辺で」


堀越神父から渡された資料を見るなり天井を仰ぐと、

でかでかと壁に貼られた「禁煙」という張り紙を完全に無視して

ぷはぁ~、と濃い目の煙草の煙を吐き出す田村。

不安のあまり、無意識に煙草に手が伸びてしまったようで

慌てて灰皿代わりになるものを探す姿は滑稽でもある。


(この方も相変わらずですねぇ……)


と内心呆れながらも、提出した「捜索願」の資料を前に

堀越神父はため息をつきつつ返事を返す。

煙草の煙は不思議な事に神父の方へと近づく様子を見せない。


「……今の時点では何とも言えません。

残された資料を見る限り、そこまでの危険性があるような

案件ではなかったはずなんですが。

なんにせよ、手続きは必要ですからね。

行方不明という形で捜索願、よろしくお願いします」


「はいはい、っと。

相手が悪魔じゃあ、生存の線は薄いでしょうがこれも仕事ですからなぁ。

立件できるようなら逮捕状取りますかい?」


「いえいえ、下手に手を出されて犠牲者を出したくありませんから。

危険そうなら東京本部から応援を呼びますよ。

それに……」


「それに?」


「今回の標的はどうもこれまでの悪魔、淫魔どもとは様子が違うようでしてね。

クラフィ…新田神父の残した資料を見る限りでは救済しなければならない

人物の様なのですよ。

もちろん、可能だったらの話になりますが」


「救済、ねぇ……?」


田村は堀越神父の言葉に意外なものを感じる。


稲気十字教教会の神父であり天使である堀越神父とは、

彼が神父としてかの教会に着任して以来の付き合いだ。


無神論者であり、不良警察官だった(今もだが)若き日の田村が

何の間違いかこの年で警部補なぞやっているのも、彼が「天使担当官」として

堀越神父の担当になったからに他ならない。


「悪魔は滅殺!」「汚物は消毒!」を口癖に稲気区内に巣食う悪魔を炙り出し、

人知れず滅ぼして回っていた天界の刺客。

「悪魔に加担するような欲深な人間も同罪」と、

何度止めても加担した悪魔側の民間人にまで被害を出しまくった堀越神父の姿に

田村は(世の中には触れちゃいけねぇ闇があるんだなぁ)とある種の悟りを得る。


そんな過激な堀越神父の性格を知るだけに、

彼の口から「救済」などという言葉が出ると

どこか冗談に聞こえてしまうのだ。


「新田神父たちの監視記録によると、悪魔の保護をしている人物は

どうやら悪魔の子供に親としてしつけを施している様子でしてね。

生活態度も清貧そのもの、欲に駆られた爛れた生活ではなく

どちらかと言えば十字教徒の規範とすべき態度だったそうなのですよ。

それ故に、騙されているか操られているか……救済すべき人材と判断したようです。

そんな人物であるなら確かに救済は必要でしょう?

もちろんこちらでも再度調査はしますが……彼の遺志はできるだけ尊重したいのです」


「あの人、そういう面では慈悲深い方でしたからなぁ」


惜しい人物を失くした、と揃ってため息をつく。


クラフィエルこと新田神父も田村にとっては知らない顔ではない。

長年この周辺の治安維持(対悪魔)に努めていた人物で、

多少思い込みの激しいところがあるものの人に優しく自分に厳しい、

神の教えを人に説くだけの事はある好漢であった。

積極的に地域への福祉活動も行い、日曜礼拝は小さな教会ながらもよく賑わっていた。

地域の顔役の一人でもあったのだ。

何かにつけて神の教えを持ち出すのが欠点と言えば欠点だったが

それも長年の付き合いで地域の住民にはご愛嬌と受け入れられていた。


そんな人物が行方不明になった。


田村にとっても他人ごとではないがとある事情から彼が肩入れすることは許されていない。




…………それは、ただ「盟約」と呼ばれている。


天使や悪魔が実際に存在するこの社会で、表立ってその実在を明かさずにいる彼らが

法権力からも隠れていられているのか?


断じて否、である。


多くの天使や悪魔、もしくはそれに準ずる力ある者たちの存在は

時の権力者を含めた力ある者たちの間では広く知られている。

かつて社会が未成熟だった頃、権力者たちはそれぞれが互いの敵対勢力と手を結び

泥沼の戦争状態(もちろん裏社会的意味である)に陥っていた。

国家主席クラス、警察組織、役所単位、医療機関、財閥、暴力組織、etc

それぞれが一方の陣営に加担すれば、反発する勢力は敵対勢力と組む。

トップが変われば組む陣営も変わってしまう。

互いに報復の応酬が終わることなく続くそんな状況に、ある時「待った」がかかる。


『このままではいずれ我らの存在が表に出ることになる。

そうなれば裏の社会での抗争が表面化、神が定めた休戦協定が破られかねん』


あくまでハルマゲドンの再開は神が定めた審判の日でなくてはならない!


ルールを重んじる者たちにとって、これ以上の抗争の泥沼化は

神の意に反するものでしかなかった。

そこで嫌々ながら「中立地帯」の設置が提案され、

「盟約」として行政や司法、警察、情報、医療などの組織に双方の協力者を置くことになる。


・各勢力は互いの協力者を害してはならない。

・協力者は敵対勢力の協力者に干渉してはならない。

・協力者を置く組織は一方に加担することを禁ずる。


こういったルールを設けることにより表ざたになりかけた彼らの存在は

再び社会の裏側に隠れることになる。

同時に彼らに加担する者たちはそれぞれの器量でいい思いをしたり、

その身を滅ぼすことになったりと、悲喜交交至る事となる。


千場西警察署にも田村の他に西沢、江藤、藤見といった「天使担当官」が各部署に勤務している。

署長は「理解したうえで中立」であり、もちろん「悪魔担当官」も同数存在している。

「悪魔担当官」の顔も名前も知っているが、個人的な付き合いはない。

お互い深入りしても碌な事にならないと理解しているが故だ。

他の担当官がどう思っているかは知らない。

ただでさえ互いの縄張り意識が強い警察だ。

部署を越えた「担当官繋がり」などというものをひけらかそうものなら

部署内で孤立してしまう。

「担当官」で最年長の田村でさえ定年までまだ長いのだ。

忘年会にも呼んでもらえないような扱いは御免こうむりたい。


「なんかしら進展があればまた連絡をください。

相手がどんな輩かは知りませんが……大事にならなきゃいいんですがね」


「偉大なる神の名において悪は必ず断罪しますとも。

なるべく大きな騒ぎにはならないようにこちらも配慮はしますので。

では諸々の手続き、お願いします」


「了解です」


必要書類がそろっていることを確認し、二人は席を立つ。


互いにすべきことは山積みなのだ。





                    ◆


堀越神父こと堀越一輝ほりこし かずき

天使名はハルディエル


千場市稲気区にある十字教・旧派聖典公主会の神父にして

位階5位、中位天使ヴァーチャー(力天使)である。


天界の序列において処女受胎による受肉の栄誉を受けるのは第三位ソロネ(座天使)まで。

それより位階の低い天使は信仰心の高い人間に儀式降霊、同化することで肉体を得る。

もちろん相性の良い肉体と同化する訳だが人として生きる上での業の影響は

無垢なる胎児から成長する天使よりも格段に大きい。

それは天使としての力量が上位と中位の間でそれだけ隔絶しているという意味でもある。

中位天使たちは人間社会で言うならば中間管理職的立場でもあり、

下界に降りた天使たちの実質的なまとめ役、正しい意味での天界の先兵と言える。


穢れなき上位天使に代わり、地にはびこる邪悪を狩る天界の猟犬


それが彼等中位天使なのだ。




クラフィエルこと新田神父から堀越神父が最後に連絡を受けたのは

6月3日の夕方の事だ。


「今晩例の件の対処にあたります」という簡潔なメールは毎度の事。


クラフィエル達梅見川教会の殲滅使徒たちは皆実戦経験豊富なベテラン天使たちであり

報告一つとっても着手から後始末が終了するまできちんとこなしてからレポート化してくれる。

余程のことが無ければ途中経過の報告などしてくることはないし、指示を請われる事もない。

そんな手間をハルディエルの方でも望んではいないので

クラフィエル達の様な自分たちで完結できる配下の存在は感謝こそすれ忌避するものではない。

クラフィエル達も成果という形でこれまでその期待に応え続けてきたわけだ。


実際問題『悪魔狩り』は悪魔を討伐すればそれで終わりというものではない。


その悪魔が社会にどのような痕跡を残しているのか、残してきたのか、

その影響の調査や、状況次第では後処理に非常に手間がかかる。


対淫魔の場合は犠牲になった民間人の救出やケア(心身への影響、病院への搬送等)

などの調査や手配だけでも数日かかることもあり、

実際の討伐そのものよりも後始末の方が圧倒的に手間がかかる事が多い。


几帳面で生真面目なクラフィエルはこれらの処置を

きちんと全て終了させたうえで報告を上げてくるので

ハルディエルは上がってきた報告書を確認し、そのまま東京本部へと提出するだけで済む。

どちらかと言えば武断派、悪く言えば大雑把な気質のハルディエルからすれば

クラフィエルは年齢差も相まって3位階差があっても頭の上がらない存在であるのだ。


そんなクラフィエルからの連絡が、6月7日になっても一向にない。


携帯電話も教会への電話も繋がらない。

嫌な予感がしたハルディエルが梅見川教会に向かい合鍵で中に入ると

教会内の執務室に4人分の手荷物が残されたままなのを発見する。


「………嫌な予感が的中した、という事ですか」


襲撃からすでに4日。

同胞たちの手荷物がそのままであるという事は誰も帰還できなかったという事。

ハルディエルは帰る主のいない部屋で、一人唇を噛みしめた。


クラフィエル達が失敗した以上ハルディエルものんびりしてはいられない。

執務室に残されたターゲットの資料を回収し、梅見川教会の管理資料庫から

クラフィエル達4人の個人情報資料も回収する。

天使達は自分たちが悪魔に返り討ちに合う事も想定して

捜索願を出すための資料を用意しておくのがルールだ。

布教活動中に行方不明、という形で受理されるのだが実際に捜索が行われることはない。

戦闘行為が発生したならそれは結界内での事であろうし、

ただの人間に結界内の探索などという真似ができるはずもないのだから。


6月8日朝早くに警察にアポイントを取ったハルディエルは

「担当者」の田村に捜索願を出すと、その足でクラフィエル達の襲撃現場へと向かった。


「梅見川隧道ですか。

確かに襲撃には最適の場所ですね。

夜間なら人通りもろくにないでしょうし、何より結界に捉えるに都合がいい。

さて………結界の楔は、と……これですね?」


周囲に人の目がない事を確かめ、クラフィエルの展開した結界跡に干渉を行う。

何もないはずの空間に波紋の様な波が広がると、彼の姿は溶けるように消えていった。


結界跡の内側に飲まれたのだ。


「!!」


結界跡に侵入したハルディエルが目にしたのは微かに漂う瘴気と、

コンクリートの壁面やアスファルトに残る超高熱の跡だった。


「この熱量……仮に淫魔が使った魔術だとしてあり得るのでしょうか?

……いえ、無理ですね。

素直に炎を扱う上位悪魔の存在を疑った方がいい。

ですが、炎系統を得意とする悪魔となるとかなりの数に上りますね」


有名どころのソロモン72柱の魔神以外にも上位悪魔は数知れず存在する。

そして破壊と暴力、怒りの象徴とされる『炎』を扱う悪魔もこれまた数知れず。

絞り込むには情報が足りない。

だが、ハルディエルとしては相手が「高熱の炎を扱う」事が分かっただけでも収穫だ。

なにしろ、クラフィエルが「敵」と遭遇する段階ではそれすら不明だったのだから。


抱えた茶封筒の中から一枚の写真を取り出す。

そこに移るのは無邪気に笑う銀髪の少女の姿。


その愛らしい姿を憎々し気にハルディエルは睨みつける。


「クラフィエル、貴方達の無念は必ず私が晴らしましょう。

貴方達は相手の手の内を少なからず晒してみせてくれた。

敵の得手さえわかるならそれを封じる術もあります。

……日崎ほのか、と言いましたか?

我が同胞を害し、罪なき民間人に寄生する愚かな悪魔よ。

天罰の時は近いと知れ」






稲気教会に戻ったハルディエルは十字教団東京本部へと電話を入れる。


かつて彼と共に悪魔を狩りまくった盟友達に連絡を入れたのだ。

同じ力天使ヴァーチャーにして、水の理力の扱いに長けた者に。






数日が過ぎる。


「よく来てくれたね、兄弟、歓迎しますよ」


その日稲気教会の扉を叩いたのは奇妙な二人組。

ほとんど吸い殻になった煙草をくわえるやさぐれた雰囲気の中年と

社会人なり立てですといったくらいの年齢の男性。

二人ともカジュアルな服装に身を包んでいるが首から下げている立派な十字教の聖印が

二人が宗教関係者であることをほのめかしている。


「気にすんなハル、同胞のピンチを無視するほどクズじゃねえつもりだぜ?」


「そうですとも先輩。

困った時はお互い様、邪悪な悪魔を狩るのに手間を惜しんでなんていられないですよ。

……それとワカニエルさん、ハルディエル先輩の名前を略すなんて失礼ですよ?」


「はァッ!?なんでハルがパイセンで俺はサン付けなんだよ!?

オッキー、てめぇ年長者へのケーイってもんが足りねぇんじゃねえか!?」


「ぼくの名前はオクナエルですっ!

勝手にオッキーなんて訳さないでくださいっ!」


ワイワイと騒がしい二人を苦笑いを浮かべながらハルディエルは宥める。


「相変わらず元気なようで安心しました。

積もる話もありますが……まずは一度腰を落ち着けましょうか」


「……そうだな、詳しい話を聞かせてくれや

ハルマゲドンを前に、厄介そうな悪魔を生かしておくわけにゃいかんしな」

「……油断できない相手、だそうですね?気を引き締めないといけませんね」





天の猟犬は獲物を決して見逃しはしない。


次なる刺客の牙は、すでに実利達のすぐそばまで迫っていたのだった。






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