あの日何があったのか その2
ほのか「早くパパと楽しくラブラブな生活に戻りたいんだけど?」
筆者 「も、物事には展開とか順序とかあるわけでして……」
実利 「……なんか間接的な児童虐待してるようで気分悪いんだけど」
筆者 「そ、そこは娘さんの躾けに問題があったんじゃ……?」
二人 「ほ~~~?」
目の前にたくさんの瘴気が溢れている。
甘くて、滑らかな舌触り。
腰が砕けてしまいそうなほどに蕩けるそれが、目の前にたっくさん。
「アハ♪
すごい!すごいすごいすごいっ!
ごっちそうだ~♪」
大喜びでわたしはそれらを啜る。
無我夢中で貪る。
まるで獣みたいに、喰らいつく。
そんなわたしをじっと見つめる視線にふと顔を上げると
悲しそうな眼をしたパパと目があった。
パパは何も言わない。
胸元から、瘴気を垂れ流したまま、黙って私を見つめているだけ。
そんなパパの様子に、わたしは何故か苛立ってしまう。
別に、パパは餌なんだからそうしてただ瘴気を吐き出してればいいんだ。
わたしは悪魔で、間違ったことなんてしてない。
パパにそんな目で見られる筋合いはない、ないったらない!
わたしは…わたしは、わたしは、わたしはっ!
「うぅ……うあ……あぁぁぁぁぁっ!!!」
胸の中にもやもやが広がって。
おなかが妙にキリキリムカムカする。
啜る瘴気の味が、味気なく感じてきて、顔が何故か熱くなる。
自分の体なのに、どうにも身体が言うことを聞かない。
募る苛立ち。
何?なんなの?わたしなんか変だよ!?
湧き上がるよくわからない感情と感覚に振り回されて、
荒ぶる感情のまま突き出した手のひら。
高まる魔力が炎を形どり解き放たれる………
ギィィ……バタンッ
ドサッ
何処かで聞き覚えのある音が聞こえたような気がしたその時
手の先から放たれた炎にパパが飲まれ、一瞬で焼け焦げ、塵になった。
抵抗もせず、逃げる事もなく、ただ焼かれていったパパの目は、
わたしを責めるでも怯えるでもなく、ただ悲しげなままだった。
その「目」が、灰になってなおこちらを見つめるのを感じる。
何が起きたのか、自分が何をしたのか、理解できなくて、信じられなくて、
これじゃ、これじゃあの女と、あの淫売と同…
「………パ、パパ?
うそ、だよね?
い、いやあああああああああ!!」
◆
「わあぁぁぁぁぁっ!!
ハァ、ハァ……ゆ、夢だったんだ…よかった……」
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたみたい。
そうだ、パパに家に置いていかれて、食べ物も部屋に漂う瘴気しかなくて
不貞腐れて布団の中に寝転がってたんだっけ。
身体をじっとりと嫌な汗が流れる。
すごく嫌な夢だった。
パパをわたしが殺しちゃう夢だなんて……ありえないっ!
フルフルと頭を振って、ぺちんと頬を叩く。
ガラッ
「ん?誰かいるのか?って、あぁ」
部屋の引き戸が開く音とパパの声に慌てて顔を向けると
いつもの通勤用の私服に身を包んだパパと目が合い
「パパっ!」「ほの…う、ぐっ…」
わたしを目にした瞬間、パパの目から光が消えた。
どこまでも虚ろな、何も移さない死んだ魚のような目。
昨日、天使の襲撃後の帰り道にパパがしていたあの嫌な目。
だけど、そんな目の事なんて今はどうでもよかった。
もっと気になるものを、もっと悍ましいものを、
パパの胸元……心臓の上辺りに見つけてしまったから。
それはパパの心臓に突き立つ黒くドロドロとした靄としか表現しようのないモノで。
その気味悪い靄が、パパが私と目があった瞬間にドクンと脈打ったのが
確かに見えたんだ。
黒い靄が蠢いた瞬間にパパの身体が震え、瞳から光が消えた。
………その黒い靄状モノの正体を……わたしは、知っている………。
ここに至ってパパの身に何が起きているのかを把握したわたしを
貶すように、嘲笑うかのように事は進んでいく。
生気を失ったパパの左目がうっすらと炎に包まれ、
眼前に小さな魔法陣がゆらりと浮かび上がる。
悪魔フェネクスとの「契約印」を示すそれがボゥと赤く瞬く。
そして……
「……あれ?また立ち眩みか。
なんか今日は多いなぁ、いいや、寝よう」
バチッとほんの微かな魔力の波動がパパの胸元ではじけると
まるで最初からわたしなど居なかったかのように、
パパは自然に私から自然を外して振舞い始めた。
「そん………な……、嘘、でしょ?」
信じたくない、否定したい現象。
でも、目の前で、自分の目で確認してしまった以上
これは否定しようもないただの事実。
パパの胸で蠢く黒いモノは「呪詛」
それも、心を侵し、穢し、壊すタイプの「言の葉の呪詛」だった。
術式の構成は炎の魔印をベースにしたフェネクス由来の呪詛式。
加えて左目の契約印の反応は「再生の加護」だった。
フェネクスの契約者の中でもわたしが気に入った人にだけ与える、
どんな傷もまるでなかったかのように再生させる祝福。
当然「代償」も必要な加護だけど……。
パパの胸元から溢れるようにぼとぼととこぼれる瘴気は
心が、精神が、呪詛によって増幅された罪の意識に苦悶している証左。
普通ならいくらパパが天使を殺した罪で『業』を深めたとしても
ここまで瘴気が溢れるはずがない。
「つまり、この状況って………
わたしがパパから瘴気を絞り出すために『呪詛』をかけた……?」
そうとしか、考えられなかった。
パパに打ち込まれた「呪詛」は人の心を簡単に破壊するレベルのもの。
それで罪の意識を増幅させて、壊した心をフェネクスの「再生の加護」で修復。
パパがわたしを無視するのは「呪詛」のトリガーが
わたしに関係する何かだからなんじゃないかなって思う。
だから無意識にわたしを避けたり意識しない行動をとってるんじゃないかな…?
自信はないけど、なんかそんな気がする。
「困ったよぅ……」
想像もしていなかった状況に、どうしたらいいかわかんない。
………そもそも、自分でかけた呪いなら自分で解けるはずだろうって思うよね?
確かに呪いを解除することは出来るよ?
その呪いの、「呪詛」の鍵になっている言葉や内容が分かっていれば。
でも、わたしにはこの「呪詛」がどんな内容なのか読み取れない。
まるでわたしじゃないわたしが勝手にわたしの魔力で呪いをかけたようにしか見えない。
そんな呪いだから力任せに術式を壊したらどんな影響があるか想像も出来ない。
格下の悪魔の呪いならともかく、同格の、自分自身の術式だから。
いくら「再生の加護」がパパにかかっているって言っても限度はあるもん…。
呪いを壊した余波でパパとの契約印が破損でもしたら、加護が消えちゃう!
安全に解除するなら天使の「浄化術」かもっと格上の悪魔に壊してもらうか?
「うううううっ!どっちも無理っ!無理に決まってるじゃないっ!」
あまりにもあんまりな現実。
ショックでお布団の上で呆然としていたわたしは、
パパがお布団に入ってきたことで我に返った。
なるべくパパを刺激したくなくて、そっと距離を取る。
今もなおぼとぼとと垂れ流されているパパの瘴気。
今朝はあんなにも貪るのが嬉しかったそれが、今はたまらなく疎ましく感じる。
くぅ、とおなかが空腹を訴える。
こんな時でも人間の身体は空気を読んでくれずに空腹を訴えるみたい。
「うぅ……そうだ、ごはんまだ食べてないんだったぁ……」
瘴気で空腹をごまかすのも限界。
パパが眠ったらお財布借りてコンビニにお買い物に行こうと思う。
とりあえずはそれまでお水でも飲んで空腹をごまかそう。
そう思ってキッチンに向かったわたしは、
冷蔵庫の前に無造作に放置されている見覚えのない買い物袋を見つける。
「あれ?これって……パパが買ってきたのかな?」
お昼に起きた時にはなかったそれの中身をごそごそと漁る。
「!!
……………うぅ………!
ぱぱぁ……ぱぱぁっ!」
袋の中には、沢山のデザートが詰まっていた。
ぷりんあらもーどにフルーツヨーグルト、ベリーソースたっぷりのフルーツケーキ、
色とりどりのゼリーに、白玉あんみつ、どらやき……
どれもこれも、パパとの生活の中でわたしがパパに「これ食べたいっ!」って
おねだりしたわたしのお気に入りのデザートばっかり。
袋の底の方にはおにぎり2個パックも入ってた。
わたしの好きなしーちきんとしゃけおにぎりのパック。
明らかに、どれもがわたしの為に用意された品だった。
呪いをかけられて、心を踏みにじられて、穢されて……
それでもなおパパはわたしにこうして想いを寄せてくれている……。
わたしを大事に想ってくれている。
わたしの事を想像するだけで心を砕かれるはずなのに、
意識してなのか無意識なのか、わたしへ正しく心を砕いてくれてる。
心が、ぐちゃぐちゃする。
もやもやする、気持ち悪い何かがわたしの中から湧き上がる。
去来する感情の名前が分からない。
パパ、パパ、パパ、パパ!
餌なのに。
わたしは悪魔で、パパは人間で、餌なのに!
わたしはパパになにもあげられていないのに!
パパから奪うばかりで、何も返してないのに!
分からない、分からないよ!?
何でこんなに胸が痛いの!?
何でこんなに苦しいの!?
何でこんなに涙が止まらないの!?
あんなに甘かった瘴気が、今はたまらなく身持ち悪い。
それでも貪ろうとするわたしが、たまらなく気持ち悪い。
胸がむかむかして、チリチリして、たまらなく気持ち悪い!
人間の身体でいることが、どうしようもなく苦しくて仕方ない!!
パパが帰ってきたらね、こう言うつもりだったの。
「わたしを置いていくなんてパパさいってー!」って。
きっとパパは申し訳なさそうな顔をして、こう言ったはず。
「ごめんよ?寝坊して時間ぎりぎりだったから…。
でもほら、お詫びに美味しいもの買ってきたから、これで機嫌直してくれよ」
わたしはそんなパパをちょっと冷めた目で見つめながら、
「ふーん?
パパはわたしが食べ物に釣られるような安い女だって、
そんな風に思ってたんだ~?」
意地悪くそう言いながらも、それでもきっとわたしはパパを許しちゃうんだ。
パパはきっと心から悪かったって思ってて、
美味しいものと一緒に美味しい瘴気を罪悪感と一緒に吐き出してくれるはずで…
期待していた「今」の幻想と、粉々に砕けてしまった「今」を目の前にして。
「やだ……やだよぅ……!
こんなの、わたし望んでないよぅ……!」
抑えきれない涙が、勝手に零れて頬を濡らす。
人間になってから、わたしは泣いてばっかりだ…………。
◆
それから数日の間、、たくさんの出来事があった。
パパにまた置いていかれて、歩いてマイキに向かったこと。
その途中で雨に打たれて、車に轢かれそうになって、
「ぜんいのだいさんしゃ」のせいでおまわりさんから逃げることになって。
マイキが思ったよりも遠くて子供の身体だと本当につらくて。
次の日はじめて風邪というものをひいて死ぬような思いをして。
やっぱりパパはわたしを認識してくれなかったけど、
それでも風邪薬の存在をちらつかせてくれたおかげで何とかなって。
おふろもごはんもおせんたくも自分でやらないと駄目な事に気が付いて。
人間の子供というのがどれだけ弱い存在なのか、
この半月ほどで理解していたつもりだったけど……
その認識がどれほど甘かったか、自分がどれだけパパの存在に支えられていたのか、
正に骨身に叩き込まれるような日々。
特に風邪をひいてお家に一人ぼっちになった時は、
身体は動かないし頭は痛いし熱いし苦しいし、
「わたし、意味も分からないまま死んじゃうのかなぁ?」って
本気で死を覚悟したもん。
熱が出ると魔力もろくに練れないんだね?
再生も回復もしないからパパへの呪いの反動なのかな?って
怖くて怖くて、ずっとお布団で泣いてた。
「パパなんてただの餌」なんて、本当にどの口が言ったの?ってくらい
わたしは一人では何もできず、何も分からず、無力感に打ちのめされた。
パパから垂れ流される瘴気のおかげで魔力は格段に強くなったように思う。
でも、正直言って今では以前の様に甘くも美味しくも感じない。
……パパの作ってくれるご飯が食べたいよぅ。
上がった魔力で呪いを壊すのも考えたんだけど、
わたしの魔力の増幅と共に呪いも強化されているのが分かって断念。
ほんと、この呪いをかけた時のわたしって何考えてたの!?
自分の事ながら、本気で信じられない、信じたくない。
生活の苦労も、パパの瘴気のおかげで増幅した魔力を駆使すれば
ここまで苦労しなかったかもとは思うの。
だけど、召喚からすぐに天使に目をつけられたってことを考えると
へたに魔法なんて使ったら他の天使の注意をひいちゃうかもしれないし
目立って噂にでもなったら困る。
怖いのは天使だけじゃなくて、「ぜんいのだいしゃんしゃ」の通報もだし。
今のパパとの関係を変に勘繰られたらきっと面倒事しか起きない気がする。
そうこうしているうちにあっという間に1週間が過ぎ、
そこでようやくわたしは最悪の事態に気づく。
自分の事で手一杯で、すっかり忘れてたとても大切な事。
それは………
「……そうだ、パパ、一か月に一回わたしの『よーいくけん』の維持に
お役所の人と面接しないといけないって言ってたじゃない…!」
本来ならわたしが通わなければいけない学校の先生となんとかの施設?の人と、
パパは面接しないとわたしを育てられなくなっちゃうんだって言ってた。
パパと離れ離れにされる……?
そんなの嫌に決まってるっ!
「何とかしなきゃ……なんとか、何とかしないと…」
ギリギリッっと奥歯を噛み締めながら何とか妙案を捻り出そうと知恵を絞る。
でも、そんな簡単にいいアイディアなんて浮かぶわけがない。
刹那的な欲望と無思慮の招いた自業自得。
自身を過信したある意味で必然の結末。
客観的に見ている人が居るならそう言って笑われるよね、きっと……。
「今」という現実はただひたすらに無力感だけをわたしに突き付けて、
別離までの限りある時間は、無情に、無慈悲に過ぎていく。
重い話は筆が進まない、というか何度も修正してて投稿が進まない…ごめんなさい。




