悪魔と天使の対立事情
「うぅ~~~、もうしないから許してよぅ」
しょぼ~~~~~ん、といった感じで正座させられうなだれているのは
悪魔にして我が娘で自称俺の嫁、ほのか。
一緒にお風呂に入りたいと駄々をこねた挙句、
こちらの隙を突いてエロいことをしようと襲ってきたので
現在お説教タイムである。
流石に湯冷めしてしまわないように身体は綺麗に拭き、
防寒ポンチョを着せているが。
下着は現在捜索中。
銀の綺麗な髪はタオルで巻いて乾燥中である。
くっ、ドライヤーも買わないと…。
「………そんなに不安か?
俺とエッチな関係でも結んで束縛しないと気が済まないくらいに」
「う」
自分はお嫁さんだと主張して、目を覚ましてから隙あらば俺を襲おうとする。
そこから推測できるのはやはり「不安感」しかない。
自分が捨てられる、要らないと言われる、そういう状況に置かれるのが怖い。
だから捨てられない理由を作ろうとする、違うだろうか?
「言いづらいなら言わなくてもいいけど、俺もお前の親だ。
実感はないけど、な?
過程はともかくお前を引き取り、育てると決めた。
それを途中で投げ出すつもりはないよ。
……それだけは、理解してほしい」
不安なのなら、そんな心配はいらないのだと、
そんな思いを込めて伝えた言葉。
だが。
「……ら、ないの」
「ん?」
「わたし、親とか兄弟とかそういうの……
どういうものなのかが、わかんないの。
フェネクスって不死鳥、死なずの霊鳥、ただ一羽の完全な存在だから」
「!!」
ほのかがポツリと漏らした言葉。
それは、ほのかが「家族」「血縁」「親子」といった関係性を
「理解」出来ない、分からないのだという告白で
「だから、『お嫁さん』ならいいかな、って。
わたしでも聞き覚えあるお互いの繋がり方で、
好きな人同士でずっと一緒にいるよって約束なんでしょ?
だけど…パパ、わたしじゃ『お嫁さん』になれないっていうから
どうしていいかわかんなくて……エッチな関係になれば、
パパはわたしを『使って』くれるかなって、そう思って……」
内心を吐露するほのかの目は、死んだように暗く、澱んでいて。
これまでの明るさが嘘のように、どこか病んだものだった。
どう接していいか分からない。
親と子の関係って何だろう?
どう伝えれば伝わるんだ?
他人と何が違う?
血の繋がり?それって何か意味があるの?
分からない、分からない。
分からない、分からない、分からない、分からない、分からない。
一言では説明ができない、分かっているようで答えに詰まる「答え」
俺は自分が知らぬとはいえ無為に少女を傷つけていた事実にようやく気付いた。
ほのかは悪魔だ。
神獣であり、精霊であり、人とは違う、異なる生体、思考で生きる生き物。
本来ならば共に生きるはずのない生物。
本来なら互いにまず擦り合わせるべきだったのだ。
互いの思考のずれ、感性の差、認識の違いを。
それを怠って、自慢げに現在の社会をひけらかす様に見せつけ、
少女の内心の不安にまで意識を向けられなかった。
激しい罪悪感が胸を抉る。
「……すまん、無神経、だったな俺。
分かったようなつもりになって、恥かしいわ。
ほのかがそんな不安に駆られているって、気付けなかった」
即座に俺は土下座し、頭を下げた。
ほのかは、そんな俺を上から抱きしめる様に包み込み
「………ふふっ………いいの、いいんだよ、パパ。
わたしもパパに、きちんと不安だって言わなかったから、ね。
でもね、パパ、ふふ…お嫁さんになりたいってのは、本当よ?
パパは誰にも……えぇ、誰にもあげない、渡さない」
この時、ほのかがどんな顔をしてそう言ったのか。
もしも、その恍惚とした淫靡な笑みを目にしていたなら
俺はこの先の未来で、別の未来を選択していたかもしれない。
所詮は戯言だが。
◆
「フェネクスってね、500年ごとに自分を灰にして
卵に還元して産まれなおす霊鳥なのよ。
不死身だからどんな方法でも殺せない、繁殖の必要もない。
だから親も兄妹もいないし、公爵なんて言ってるけど一族は私だけ」
昨日のトマトソースをパイナップルゼリーと混ぜ、
サラダパスタに仕上げた朝食を食べつつほのかは『フェネクス』について語る。
遥か太古の昔から、炎は人の文明と共に在り続けた。
破壊と再生、命の象徴として崇められ、神聖視され続けた炎は
様々な神や精霊、霊獣を生み出す概念の祖となる。
悪魔フェネクス
霊鳥である炎の不死鳥フェニックス、鳳凰が
十字教概念下で悪魔として危険視され認知されたもの。
炎を喰らい、時を渡り、如何なるものにも捕らえられず、永遠不滅。
完成した個、究極の一つの形、輪廻の輪から外れしモノ。
それがフェネクスである。
「死なないって言っても痛みはあるし
全身吹き飛べば復活まで時間もかかる。
それに封印されちゃったりは普通にするから
完全無敵ってわけでもないの。
再生能力もあるけど、傷を治せば体力は消耗するし
魔力を使い果たせばそれだけ力も削られる。
人様が思うほど無敵ってわけでもないのよね」
ん、美味し♪とパスタを食べながら淡々と明かされるフェネクスの能力。
「それでもオセはハルマゲドンに向けてほのかの力が欲しかった、
だから封印したほのかを配下として加えようとした?」
「おそらくは?
前のハルマゲドンの時、わたし結構暴れたからその時の印象があるのかも」
「暴れたって…」
「えっと、どの辺だったっけ…、そうそう、昔紅海と繋がってた死海、
あの辺焼き払って干上がらせたのわたしだし」
漫画「世界史」付属の世界地図の一点を指さし自慢げに笑うほのか。
人類の歴史がまた一ページ!
「最初のハルマゲドンは、急に横やりが入って休戦になったんだよ。
で、2000年後にもう一度って話でさ」
「横やりって、他の神話の神様とか?」
「ううん?なんかね、人間だったみたいだよ。
直接神と魔王に交渉仕掛けて、休戦期間設定してみせたって。
誰なのかとかは知らない。
髭のおっさんだとかなんとか誰か言ってた気がするけど」
「髭のおっさん……」
まさか、十字教の「聖人」だろうか?
「とにかく、わたしは暴れるだけ暴れてすっきりしたし
正直第2回戦とか言われても面倒だからパスしたいんだ」
「そりゃあ面倒だろうねぇ、って、………ん?パス?」
いきなり聞こえた不穏な発言に耳を疑う。
え、いまほのかは「パス」って言ったのか?
不参加の「パス」??棄権しますってこと?
「え、ほのかはハルマゲドンに参戦しないのか?」
「やだよめんどくさい。
わたしはそんな事よりも、パパのお嫁さんがしたい!」
「そんな事より、って……」
「パパがハルマゲドンに参戦したいって言うなら別にいいけど
………やりたいの?ハルマゲドン」
その言葉の意味することは、端的に言うならば「殺し合いがしたいのか?」
………絶対にお断り、である。
参加不参加選べるならば、そんな物騒な催しには絶対参加する気はない。
オセの奴、その辺もあえてぼかしやがったな…くそう。
脳裏に浮かぶあの男のにやけ顔にパンチを入れる。
「でもそうなると、天使の側としてはどうなんだろう?
不参加を表明したら平和的に対応してくれるかねぇ?」
「う~ん、あいつら悪魔絶対殺すマンばっかりだから、無理だと思う」
そのネタどこで覚えたよ?
「わたしとしては天使に恨みも含むところもないけど、襲われたら殺さないと
何度もしつこく襲ってくるんだよ、徒党を組んで」
「なにそれウザい」
「うん、すごくうざいの」
心底いやそうな顔で天使について語るほのか。
過去にしつこく追い回されたりしたんだろう、絶対。
「んじゃあ、街中とかで見つかったら襲って来るってことか?」
「わかんない。
勝ち目があると思ったら襲ってくるかもしれないけど
今の時代連中がどういうルールで仕掛けてくるのかが分かんないから
何とも言えないよ」
「オセの奴も、あまり人目につかないように云々言ってたからなぁ。
秘密裏に始末するとかありそうだなぁ」
天使たちの事情なんて考えてみても分からないわけで。
二人でうんうん唸りながらパスタをいただく。
「まぁ、何にせよ襲われたらやり返すしかないわなぁ」
そう呟く俺を驚いた眼でほのかが見つめ、こぼす。
「意外…パパ、『穏便に済ませろよ』っていうのかなって思ってた」
「相手に殺意が無いならそう言うところだけど、殺す気な訳だろ?
『Take my tip-don’t shoot it at people, unless you get to be a better shot
(撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ)』と言う素敵な名言があってだな。
相手が殺る気なら殺り返すのは問題ないと思うぞ」
「何そのカッコいい名言」
「元ネタよりも意訳の方がカッコイイ系セリフの最たるものだな!」
とりあえず
・ハルマゲドンには基本関わらない方向で。
・天使に襲われたらやり返しましょう。
この二つは確定事項で採決されることに。
「天使の迎撃はいいとして、悪魔の力ってどうやって強化するんだ?
やっぱり修行?成長で勝手に強くなる系?」
何となく気になっていたことを聞いてみる。
悪魔の子供を育成、と言われてまず頭に浮かんだのは育成ゲーム。
だけど子供はゲームのキャラでも何でもないわけで。
さっきのように感性の差もあるわけだから
何か手違いで天使にやられましたじゃほのかの親として申し訳が立たない。
「うーん、力の精度は修業して慣れてかないといけないかも。
反復練習あるのみだよね。
でもあんまり派手なのは目立つしなー。
何処かで暴れられればいいんだけどね。
後、力の総量を増すには『業』の吸収が必要かな」
「『業』?」
「うん、人の悪徳とか罪悪感とか、そういう負の想念」
「『7つの大罪』みたいな悪徳系?」
有名な7大罪とかがそうなのかなと聞いてみたところ
「ううん、7大罪に分類されてるのって
為政者側にとっての不都合な想念だから、
全部が全部人道上問題ある悪徳じゃないのよ。
『暴食』『色欲』『強欲』『憤怒』『怠惰』『傲慢』『嫉妬』
でよかったっけ?
これらで実際に『業』として人間の魂を歪めるのは
『色欲』『強欲』『怠惰』『傲慢』『嫉妬』辺りと、
それに加えて『虚偽』『諦観』なんかも該当するかなぁ?」
「その、『業』ってのは吸われるとどうなるんだ?」
「その場の空気が良くなる?」
「なんだそりゃ??」
曰く、『業』を直接吸引するわけではなく『業』から漏れ出す
瘴気の様なものを吸収するのだそうな。
悪人の放つオーラ、みたいなのは要はこの『業』が放つ瘴気らしい。
この瘴気というやつは場所に溜まる性質があるようで
誰もが時々出くわす事もある「なんか嫌な場所」「いやな雰囲気」などは
瘴気が溜まり、澱んだ場所…スポットと呼ばれる場所になるのだとほのかは語る。
「悪い人だと魂そのものが『業』に侵食されるから、
その人から常に瘴気が垂れ流しになるのよ。
もちろん浄化されれば消えちゃうし、垂れ流される量も
状況よりきりだったりするけど」
なるほどねぇ。
「ねぇねぇ、パパも2、3人サクッと殺ってみない?」
ニコニコ笑いながらそんな物騒なことを提案する娘にチョップを入れる。
「あいたっ!」
「ば~~~か、親に人殺しを推奨する奴があるか」
さらっとそんな発言が出るのだからおっかないね、まったく。




