第九十三章 誰が「いい」と言ったのか
安生は何枚かの紙を机の上に並べた。
一枚は王家の帳面。
一枚は倉庫の記録。
一枚は沈川が残した手記。
そしてもう一枚は、さっき赵德全から聞いた言葉だった。
「沈家のほうには、もう話がついている」
安生が尋ねる。
「赵叔」
「あの時、どうして周長順に聞いたんだ?」
「沈家の荷なのか、と」
赵德全は少し考えた。
「南貨を誰かが運んでいるのを見たからだ」
「だから聞いた」
「周掌柜は何と答えた?」
「こう言った」
「荷主が知っていれば、それでいい、と」
安生は眉を寄せる。
「『荷主』と言った?」
「ああ」
「『沈家』とは言った?」
「前には言った」
「その後は?」
「言ってない」
安生は頷いた。
この言葉だけでは、まだ何も証明できない。
ただ一つ確認できるのは、
六月十二日の午後、
周長順が「荷主が知っていればいい」という言葉を、一つの説明として使ったことだった。
⸻
安生はさらに尋ねた。
「その時」
「周長順が言ってなかったか?」
「これを米と相殺していい、と」
赵德全は首を横に振った。
「聞いてない」
「王家という名前は?」
「聞いてない」
「老高はいた?」
「いた」
「馬成は?」
「たぶん、いた」
「梁成は?」
赵德全は少し考えた。
「見てない」
安生は書き留めた。
⸻
「じゃあ、周長順は沈川に会ったのか?」
赵德全は首を横に振った。
「分からない」
「沈川が倉に来たのを見たか?」
「見てない」
安生が聞く。
「六月十二日」
「二包の南貨が王家へ送られたことを」
「沈川が知っていたと証明できる人間は?」
赵德全は黙った。
「それは……」
「分からない」
安生は何も言わなかった。
そこが、
今、一番足りない部分だった。
⸻
午後。
安生は沈砚を訪ねた。
「六月十二日」
「お前の父さんは西倉へ行ったか?」
沈砚は首を横に振った。
「分からない」
「家の記録は?」
「残ってない」
「じゃあ、その日はどこにいた?」
「午前中は碼頭にいた」
「午後は?」
「父さんの手記には何も書いてない」
安生が聞く。
「何か思い出せないか?」
沈砚は長い間黙っていた。
「子供の頃、母さんから聞いたことがある」
「その日の午後」
「父さんは帰りがかなり遅かったらしい」
「でも、理由までは聞いてない」
「何時頃?」
「分からない」
「どこへ行ってたとも言ってなかった?」
「言ってない」
安生は頷いた。
「じゃあ、今は使えないな」
「ああ」
⸻
二人は再び安順河を訪ねた。
安順河は家の前で木材を干していた。
六月十二日という日付を聞くと、
しばらく黙った。
「また、どこまで調べた?」
安生は質問を説明した。
安順河はすぐには答えなかった。
逆に尋ねる。
「お前たちは、今何を知りたい?」
「沈川が知っていたかどうか」
「二包の南貨が王家へ送られたことを」
安順河は首を横に振った。
「俺は、あいつからそんな話は聞いてない」
「じゃあ」
「南貨がもう処理された、と言っていたことは?」
「それなら、あった」
安生は一瞬、顔を上げた。
「いつ?」
「十二日の午後だ」
「何と言ってた?」
「こう言ってた」
「荷がいくつか動かされた、と」
「誰が動かした?」
「分からない」
「『俺が動かせと言ったのか』とは?」
安順河は長い間考えた。
「それは言ってない」
「じゃあ、何と言った?」
「言ってた」
「『俺がやらせたんじゃない』と」
安生が顔を上げる。
「『あの三包を動かせとは言ってない』じゃないのか?」
「二つとも言ってたと思う」
「先に言ったのは?」
安順河は目を閉じた。
「先に」
「『荷がいくつか動かされた』と言った」
「その後で」
「『俺がやらせたんじゃない』と言った」
安生はすぐに尋ねた。
「南貨が動いたことは知っていた?」
「たぶん、知ってた」
「どこまで?」
「分からない」
⸻
安生は黙り込んだ。
以前聞いていた話とは、
少し違っていた。
これまでは、
みんなが一つの言葉を使っていた。
「俺はあの三包を動かせとは言ってない」
だが今、
安順河から、それより前の言葉が出てきた。
「荷がいくつか動かされた」
つまり、
沈川はその時点で、
少なくとも荷物が動いたこと自体には気づいていた。
ただ、
誰が決めたのかを知らなかったのかもしれない。
あるいは、
その決定を認めていなかったのかもしれない。
⸻
沈砚が尋ねる。
「父さん、怒ってた?」
安順河は首を横に振った。
「いや」
「じゃあ、どんな感じだった?」
「疲れてた」
「言い終わった後は?」
「俺に、もう構うなと言った」
安生が聞く。
「どうして?」
安順河は安生を見る。
「こう言った」
「『まず帳面をはっきりさせろ』と」
安生は一瞬、言葉を失った。
「帳面、と?」
「ああ」
「他には?」
「ない」
⸻
家に戻ってから、
安生は六月十二日の記録をもう一度見直した。
新しい言葉が一つ加わった。
「まず帳面をはっきりさせろ」
この言葉は、
それまでの沈川の行動ともよく一致していた。
彼は、
「荷を取り戻せ」とは言わなかった。
「周長順を問い詰めろ」とも言わなかった。
まず帳面を調べろと言った。
少なくとも、
その時の沈川自身も、
状況の全体を把握していなかったように見える。
⸻
沈砚がふと口にした。
「じゃあ、父さんは本当に知らなかったのかもしれない」
「何を?」
「六月十二日」
「二包の荷が、なぜ王家へ送られたのか」
安生は頷いた。
「その可能性はある」
「もし知っていたなら」
「具体的な数量を知っていたはずだ」
「受け取る相手も」
「少なくとも、何石の米と相殺したかも」
「でも、今残っている記録には」
「父さんの名前がどこにもない」
安生は言った。
「そうだ」
「だが、それだけで知らなかったとも言えない」
「記録が完全ではないからな」
沈砚は頷いた。
⸻
午後。
安生はもう一度、王家へ向かった。
今度は荷のことではない。
帳面について聞く。
「六月十二日」
「三反の布を一石の米と記録したのは」
「誰が決めた?」
王福は少し驚いた。
「俺じゃない」
「じゃあ誰だ?」
「父さんだ」
「誰が父さんに言った?」
「荷を届けた人間だ」
「誰?」
「馬姓の男だ」
「馬成?」
「たぶんそうだ」
「何と言った?」
王福は考えた。
「こう言った」
「周掌柜の荷だ」
「一石と相殺する、と」
安生はすぐに聞いた。
「『周掌柜の荷』と言った?」
「ああ」
「沈家という名前は?」
「言ってない」
「沈記は?」
「言ってない」
「荷主という言葉は?」
「それもない」
安生はさらに尋ねる。
「それでも、父さんはなぜ信じた?」
「届けたのが碼頭の人間だったからだ」
「しかも荷は実際に届いていた」
「父さんは周長順とも昔から付き合いがあった」
「以前にも、こういう掛けがあったからな」
安生は頷いた。
これは重要な話だった。
王家の側から見れば、
届いたのは、
周長順が手配した人間が持ってきた荷だった。
そこには、
沈家からの許可もなければ、
沈家本人による確認もなかった。
⸻
安生は聞く。
「じゃあ、お父さんは」
「この荷は誰のものか、と聞かなかった?」
「聞いた」
「馬成は何と答えた?」
「分からない、と」
安生は止まった。
「それでも受け取った?」
「そうだ」
「なぜ?」
「父さんは言った」
「周掌柜が帳面を認めるなら、それでいい、と」
安生は何も言わなかった。
⸻
家に戻ると、
安生はその言葉を書いた。
王家は荷主を知らなかった。
馬成も荷主を知らなかった。
老高は馬成に荷主を説明していない。
倉庫の記録にも「南貨」としかない。
現時点で、
「沈家」という名前を明確に知っていた人間は、
むしろ別の線に集中している。
六月六日の入港記録。
そして、
周長順、陸成安、沈川の間で交わされた話。
⸻
沈砚が紙を見る。
「ということは」
「六月十二日に王家へ行った二包は」
「実際に荷を動かした側では」
「誰も、それが沈家の荷なのか確認していなかった?」
安生は頷いた。
「少なくとも、確認したという証拠は今のところない」
「じゃあ、なぜ後になってみんな」
「沈家が同意した、と言うようになった?」
安生は答えなかった。
紙に、いくつかの言葉を書き出した。
「話がある」
「話がついた」
「知っている」
「頷いた」
「同意した」
五つの言葉。
五つの段階。
⸻
沈砚はそれを見る。
「この言葉」
「同じ日に言われたとは限らない」
「ああ」
「同じ人が言ったとも限らない」
「ああ」
「後になって、誰かがそう理解しただけかもしれない」
「ああ」
安生は言った。
「だから今、一番重要なのは」
「どの言葉が本当なのかを決めることじゃない」
「最初に『沈家が同意した』という形の言葉が出たのは」
「誰の口からだったのかを見つけることだ」
沈砚は黙った。
⸻
翌日。
二人は陸成安を訪ねた。
話を聞き終えると、
陸成安は長い間黙っていた。
「俺が初めて『沈家が同意した』と聞いたのは」
「いつだった?」
「六月十二日より後だ」
安生はすぐに聞く。
「誰から?」
「周長順だ」
「原文は?」
「こう言った」
「『沈家のほうは、もう頷いた』」
安生が尋ねる。
「『頷いた』と聞いた?」
「ああ」
「『同意した』では?」
「ない」
「じゃあ、どうして後になってみんな」
「『同意した』と言うようになった?」
陸成安は苦笑した。
「話しているうちに」
「みんな、そういう言い方をするようになった」
安生が聞く。
「その時、お前は信じた?」
陸成安は答えなかった。
しばらくして、
「分からない」
と言った。
「なぜ?」
「俺は沈川本人を見ていない」
「沈家の人間にも会っていない」
「だから」
「周長順から聞いたことを、そのまま受け取るしかなかった」
⸻
安生が聞く。
「その後、沈川には聞いた?」
「聞いた」
「何と言った?」
「こう言った」
「『俺は、先に処理しろと言っただけだ』」
安生は一瞬、動きを止めた。
「六月十二日のことか?」
「ああ」
「何度聞いた?」
「一度だ」
「他には?」
「こうも言った」
「『米と相殺するために持っていけとは言ってない』」
安生は何も言わなかった。
ようやく。
二つの線が、本当にぶつかった。
一方では、
周長順が言う。
沈家はもう頷いた。
もう一方では、
沈川が言う。
俺は先に処理しろと言っただけだ。
米と相殺するために持っていけとは言っていない。
その二つの言葉の間に、
この事件の核心があった。
⸻
陸成安は安生を見る。
「だが、俺はその時、深く追及しなかった」
「なぜ?」
「翌日」
「河で事故が起きた」
「沈川が死んだ」
「その後、全部が混乱した」
安生が尋ねる。
「つまり今でも分からない?」
「沈川の言う『先に処理しろ』が」
「どこまでを許した言葉だったのか」
陸成安は頷いた。
「分からない」
「じゃあ、周長順はわざと嘘をついたと思う?」
陸成安は首を横に振った。
「分からない」
「本当に意味を取り違えたのかもしれない」
「『先に処理しろ』を、自分に都合のいいところまで広げて理解したのかもしれない」
「あるいは……」
そこで言葉を止める。
「あるいは、本人も分かっていたのかもしれない」
「でも、俺には証拠がない」
安生は頷いた。
それ以上は聞かなかった。
⸻
帰り道。
沈砚はずっと黙っていた。
安生が聞く。
「今、どう思う?」
沈砚は長い間考えてから答えた。
「分からない」
「前は」
「誰が嘘をついたのか分かれば」
「それで終わると思ってた」
「でも今は」
「そんなに単純じゃないのかもしれない」
安生は頷いた。
「一人が一つの言葉を言う」
「別の人間が、自分の理解で動く」
「さらに別の人間が、その出来事を誰かに伝える」
「最後には」
「全員が、一つの確定した答えとして覚えてしまう」
沈砚が安生を見る。
「つまり」
「本当に状況を変えたのは」
「一つの嘘だったとは限らない」
「一つの言葉が、何度も大きくなっていったことかもしれない」
安生は答えなかった。
ただ、紙の上に並んだ五つの言葉を、
すべて丸で囲んだ。
「話がある」
「話がついた」
「知っている」
「頷いた」
「同意した」
そして、その下に書いた。
「現時点で追える最も古い表現――『話がある』」
「沈川が『同意した』と言った証拠は、今のところない」
「周長順が無許可だと知りながら、故意に許可があるように偽ったという証拠もない」
書き終えると、
安生は筆を置いた。
この事件は初めて、
推測だけでは先へ進めない場所まで来た。
次に探すべきなのは、
六月十二日の午前。
周長順と沈川の間で、
実際にどんな話が交わされたのか。
そして、
その場に誰がいたのか。




