第九十二章 西倉三号
六月十二日。
西倉三号。
それが今、安生が一番知りたい場所だった。
まず、旧倉へ向かった。
西倉はすでに半分ほど取り壊されていた。
かつて三号だった場所だけが、まだ残っている。
ただ、壁はもうなかった。
老梁がその横に立っている。
「ここだ」
「昔の三号は、ここ?」
「ああ」
「六月十一日」
「東倉七号から移した荷は」
「ここに置いたのか?」
「ああ」
「十二包?」
「数までは覚えてない」
「帳面には十二とある」
老梁は頷いた。
「なら、十二だろう」
⸻
安生はしゃがみ込んだ。
地面を見る。
箱を置いた跡は残っていない。
「この南貨は」
「直接、地面に置いてたのか?」
「木の台を使ってた」
「どんなもの?」
老梁は横に積まれていた古い木の台を指した。
「こういうやつだ」
「南貨は湿気を嫌うからな」
「だから、普通は下に台を入れる」
安生が尋ねる。
「六月十二日」
「荷を出した時」
「誰が担当していた?」
老梁はしばらく考えた。
「老高だ」
「それから、もう一人いた」
「誰?」
「覚えてない」
安生は追及しなかった。
ただ聞く。
「馬成はいた?」
「いなかった」
「梁成は?」
「いなかった」
「じゃあ」
「お前が見たのは老高と」
「もう一人?」
「ああ」
⸻
「何包出した?」
「二包だ」
「確かか?」
「確かだ」
「どうして?」
「俺も一緒に運んだからな」
「どこまで?」
「入口まで」
「それから?」
「老高が馬成に渡した」
安生は一瞬、言葉を失った。
「馬成だった?」
「間違いない」
「どうして分かる?」
「後で戻ってきて、札を返していったからだ」
「何と言ってた?」
「荷は届けた、と」
安生はすぐに聞いた。
「どの札?」
「臨牌だ」
「何番?」
「忘れた」
⸻
安生は、この部分を書き留めた。
六月十二日。
西倉三号から二包。
老高が担当。
馬成が受け取る。
馬成が王家へ運ぶ。
戻って臨牌を返す。
この流れが、
ようやく一つにつながり始めた。
⸻
だが、安生はすぐには帰らなかった。
「老梁」
「何だ?」
「その時」
「老高が言ってなかったか?」
「これは誰の荷だ、と」
老梁は首を振った。
「聞いてない」
「沈家という言葉は?」
「聞いてない」
「王家は?」
「それも聞いてない」
「じゃあ、何と言ってた?」
「ただ」
「持っていけ、と」
「どこへ?」
「王家へ」
安生が聞く。
「誰から言われた?」
「知らない」
⸻
家に戻ると、
安生はすべての証拠を並べた。
沈砚が隣に座る。
「二包は、かなりつながってきたな」
安生は頷いた。
「少なくとも」
「倉の記録と馬成の証言が互いに裏付け合っている」
「西倉三号から二包」
「馬成が二包を受け取る」
「王家へ運ぶ」
「王家が開ける」
「南布三反」
「米一石と相殺」
沈砚が言う。
「なら、確認できるな」
安生は首を振った。
「確認できるのは、この運搬経路だ」
「元の荷主までは確認できない」
「なぜ?」
「倉の記録には『南貨』としか書かれていない」
「沈家とは書かれていない」
「六月六日の十二包には」
「はっきり『荷主・沈記』と書いてある」
「まだ一つ足りない」
「何が?」
「六月十一日に換倉した時」
「荷主が書かれていたかどうかだ」
⸻
二人は再び吴平を訪ねた。
吴平は倉の帳面を開いた。
六月十日。
東倉七号――南貨十二。
六月十一日。
換位――西倉三号。
六月十二日。
出二。
安生は六月十一日の欄を指した。
「ここには、どうして荷主が書かれてない?」
吴平は首を振った。
「分からない」
「昔の倉の帳面は、いつもこうだった?」
「書く時もある」
「書かない時もある」
「どういう時に書く?」
「荷主が分からない時だ」
安生が顔を上げた。
「どういう意味?」
「倉の人間には、何の荷か分かっている」
「でも、それが誰の荷かまでは分からないことがある」
「長く預けてある荷なら」
「別に荷札があることもある」
「倉の帳面には、種類と数量だけを書く」
安生は頷いた。
「つまり」
「ここに沈家と書かれていないからといって」
「沈家の荷ではないとは言えない」
「逆に」
「沈家の荷だとも言えない」
吴平は頷いた。
「そういうことだ」
⸻
安生が尋ねる。
「じゃあ、六月六日の十二包は」
「どうして沈記と書かれている?」
吴平が答えた。
「その時は入港記録があったからだ」
「船のほうに荷主が書かれていた」
「だから倉の帳面にも写した」
安生は少し考えた。
「つまり」
「六月六日の記録は」
「入港時の情報」
「六月十日の記録は」
「倉での情報」
「そういうことか?」
「ああ」
「なら、二つをそのまま同じものとは扱えない?」
「扱えない」
安生は頷いた。
この点は、
必ず記録しておかなければならない。
⸻
夜。
安生は王家を訪ねた。
六月十二日のことを、もう一度確認する。
「お父さんが包みを開けた時」
「荷に印はあった?」
王福はしばらく考えた。
「あった」
安生はすぐに聞いた。
「何だった?」
「布包みの外側に」
「小さな印があった」
「何の字?」
「『沈』だ」
安生が顔を上げる。
「確かか?」
「覚えている」
「『沈』の字?」
「ああ」
「お父さんは」
「これが沈家の荷だと言っていた?」
王福は首を横に振った。
「こう言ってた」
「『沈家の物らしい』と」
安生が聞く。
「『沈家の物だ』とは?」
「言ってない」
「『らしい』だけ?」
「ああ」
安生は黙った。
ほんの小さな違いだった。
だが、
重要な違いだった。
⸻
「その印は」
「その後も残っていた?」
「分からない」
「お父さんが保管してた?」
「いや」
「布は?」
「使った」
「あの三反の布は」
「その後どうなった?」
王福が答える。
「二反は売った」
「残り一反は」
「分からない」
安生は頷いた。
それ以上は聞かなかった。
少なくとも今、
新しい手掛かりが一つ出てきた。
「沈」という印。
だが、それでも荷が必ず沈家のものだったとは証明できない。
考えられるのは、
沈家の荷だった可能性。
誰かが似た印を使っていた可能性。
あるいは、古い包みに残っていた印だった可能性。
現物か、別の記録が必要だった。
⸻
帰り道。
沈砚はずっと黙っていた。
安生が尋ねる。
「どうした?」
「考えてた」
「もし、あの三反の布が」
「本当に父さんのものだったとしたら」
「父さんはどうして後になって」
「『あの三包を動かせとは言ってない』と言ったんだろう」
安生はすぐには答えなかった。
「二つ考えられる」
「二つ?」
「一つ目」
「お前の父さんが言った『三包』は」
「馬成が王家へ運んだ二包とは別のものだった」
「二つ目」
「本当に知らなかった」
「誰かが、その南貨の一部を王家へ運んだことを」
沈砚は頷いた。
「もう一つある」
「何だ?」
「父さんの言う『動かせとは言ってない』が」
「後から梁成が持っていった三包を指していた可能性だ」
「つまり、南貨全部の話ではない」
「だから」
「『動かせとは言ってない』という言葉も」
「どこまでを指しているのかが重要になる」
沈砚は黙った。
「なら、調べ続けるしかない」
⸻
翌日。
安生は馬成を訪ねた。
「六月十二日」
「お前が受け取った二包」
「外に印はあった?」
馬成は考えた。
「あった」
「何の字?」
「たぶん、沈」
「確かか?」
「確かじゃない」
「なぜ?」
「布包みがかなり古かった」
「印を一つ見ただけだ」
「沈だったかもしれない」
「見間違えたかもしれない」
安生が聞く。
「中が南布だと分かったのは?」
「王家で開けた後だ」
「それまでは南貨だと知っていた?」
「知ってた」
「沈家の荷だとは?」
「知らない」
「老高は何か言った?」
「何も」
⸻
安生はさらに聞いた。
「老高から荷を受け取った時」
「どこから来た荷だと言われた?」
「言われてない」
「何と言われた?」
「王家へ持っていけ」
「米と相殺する」
「それだけ?」
「それだけだ」
安生は頷いた。
やはり、
馬成から確認できるのは実行された過程だけだ。
決定がどこから出たのかまでは分からない。
⸻
安生は最後に尋ねた。
「札を返しに戻った時」
「老高はどこにいた?」
「西倉だ」
「何と言った?」
「届けたか、と聞いた」
「届けたと答えた?」
「ああ」
「王家は包みを開けたか、と聞いた?」
「聞いてない」
「荷は何だったか、とも?」
「聞いてない」
安生は眉を寄せた。
「じゃあ、何を確認した?」
馬成は少し考えた。
「こう聞いた」
「米の帳面は、ちゃんとつけたか、と」
安生と沈砚は同時に顔を上げた。
「確かか?」
「確かだ」
「『米の帳面』と言った?」
「ああ」
⸻
安生は家に戻ると、
すぐに書き留めた。
六月十二日。
老高は、王家で米の帳面が記録されたか確認した。
そこで手を止める。
「この言葉は」
「重要かもしれない」
沈砚が聞く。
「なぜ?」
「もし老高が、ただ荷を運んだだけなら」
「王家が帳面をつけたかどうかまで」
「わざわざ気にする必要はない」
「ということは」
「この二包は」
「最初から」
「一石の米と相殺するためだった可能性がある」
沈砚は頷いた。
「だが、まだ証明できない」
「誰が相殺を決めたのかは」
安生が言う。
「ああ」
「今、確認できるのは」
「米の借りが存在したこと」
「荷が王家へ届けられたこと」
「その帳面にも、実際に相殺として記録されたこと」
「でも、『誰が南貨を米と相殺すると決めたのか』」
「そこだけが、まだ欠けている」
⸻
安生は紙をもう一度広げた。
そして一番下に書く。
六月十二日。
二包の南貨 → 王家 → 南布三反 → 米一石と相殺。
その横に、
実行――老高、馬成。
さらにその横に、
決定者――不明。
最後に、
一つの名前を丸で囲んだ。
周長順。
だが、
「決定者」とは書かなかった。
ただ、
「要証明」
と記した。
⸻
夜。
赵德全がまたやって来た。
今度は紙を持っていなかった。
ただ、一言だけを持ってきた。
「思い出した」
安生が見る。
「何を?」
「六月十二日の午後」
「周掌柜が俺に聞いたんだ」
「何を?」
赵德全が言った。
「『沈家のほうには、もう話がついている』と」
安生は動かなかった。
沈砚も顔を上げた。
赵德全は続けた。
「その時、俺が聞いた」
「何を知ってるんだ、と」
「でも、何も言わなかった」
「その後、俺がまた聞いた」
「沈家の荷なのか、と」
「すると」
「『荷主が知っていれば、それでいい』と言った」
言い終えて、
赵德全は少し黙った。
「今になって考えると」
「俺は、あの時聞いたことを取り違えてるかもしれない」
安生が尋ねる。
「なぜ?」
「後になって知ったんだ」
「王家が二包を受け取ったことを」
「だから俺は、後から起きたことと」
「あの時の言葉を」
「勝手につなげてしまったのかもしれない」
安生は頷いた。
「つまり」
「今、確かに言えるのは」
「周長順が『沈家のほうには、もう話がついている』と言ったことだけ」
「でも」
「それが何についての話だったのかは、分からない」
赵德全は頷いた。
「そうだ」
安生は、それ以上聞かなかった。
ただ、その言葉を書き留めた。
そして初めて、
六月十二日の倉庫記録と同じ一枚の紙に並べた。
「沈家のほうには、もう話がついている」
「西倉三号、二包出。」
二つの記録の間には、
まだ一つの空白がある。
そしてその空白こそが、
この古い事件で最後に確認しなければならない部分なのかもしれなかった。




