第九十一章 東倉七号
安生は木札を机の上に置いた。
表。
東倉七号。
裏。
六月十一日、換。
彼はしばらく見つめていた。
「これ……」
「前は誰が使ってた?」
安平は首を横に振った。
「知らない」
「父さんは何か言ってなかったか?」
「何も」
「どうしてこの札が家にある?」
「それも分からない」
安生はそれ以上聞かなかった。
こういう時に家の人間へ聞き続けると、
分からないことを、いつの間にか推測に変えてしまう。
木札をしまう。
「まず、東倉へ行こう」
⸻
旧碼頭の東倉は、もう使われていなかった。
錠前もずっと前に交換されている。
中には廃材がいくつか積まれていた。
安生は老梁を見つけ、木札を見せた。
老梁は一目見ただけで言った。
「七号か」
「知ってるのか?」
「もちろんだ」
「七号はどこ?」
老梁が奥を指差した。
「一番奥だ」
安生は後をついて中へ入った。
東倉は広くない。
壁際には、かすかに残った番号がいくつかあった。
一号。
二号。
三号。
……
七号。
安生は七号の前に立った。
床には、浅い古い跡が残っている。
長い間、木箱を置いていたような跡だった。
老梁がしゃがみ込み、手で触れる。
「ここには前、物が置いてあった」
「何だ?」
「南貨だ」
安生はすぐに聞いた。
「いつ?」
「そこまでは分からない」
「どうして南貨だと思う?」
「昔は南貨をここに置くことが多かった」
「湿気を避けるためだ」
安生は頷いた。
これで分かるのは、七号に以前、南貨が置かれていたということだけだ。
六月十一日だったとは証明できない。
⸻
「じゃあ、『換』っていうのは何だ?」
老梁はしばらく黙っていた。
「倉の場所を替えたってことだ」
安生が顔を上げる。
「どういう意味だ?」
「荷が届いたらな」
「まず一か所に置く」
「その後、場所を空ける必要があれば」
「別の場所へ移す」
「札も替えるのか?」
「替える」
「なぜ?」
「どこへ行ったか分からなくならないようにな」
「じゃあ、札を替えたら」
「前の札は?」
「回収する」
「新しい札は?」
「掛ける」
安生は手の中の木札を見た。
「つまり」
「六月十一日に」
「七号の荷を別の場所へ移した?」
老梁は頷いた。
「その可能性はある」
「でも、確定はできない?」
「できない」
「その日の札を実際に見てないからな」
「この札は、父さんが後で持ち帰ったのか?」
「たぶんな」
⸻
安生はもう一度尋ねた。
「ただ場所を替えただけなら」
「どうしてわざわざ『六月十一日、換』と書いた?」
老梁は少し笑った。
「自分で分かるようにしたんだろう」
「どういう意味だ?」
「正式な記録じゃない」
「ただの覚え書きだ」
「いつ替えたか」
「後で何かあった時に」
「いつから場所を替えたのか分かるようにする」
安生は頷いた。
ごく普通の説明だった。
だが、その分だけ状況ははっきりした。
少なくとも今の段階では。
「換」という文字は、取引を意味しない。
荷が密かに持ち出されたことも意味しない。
単なる倉の移動だった可能性もある。
⸻
安生はさらに聞いた。
「七号には、その前は何が置いてあった?」
老梁が答える。
「南貨だ」
「六月十一日以降は?」
「たぶん南貨だ」
「たぶん?」
「当時は荷をよく動かしていた」
「俺も全部は覚えてない」
安生は追及しなかった。
しゃがみ込み、床をじっと見る。
七号の脇には、もう一つ、ぼやけた白い跡が残っていた。
箱を動かした後に残った跡のように見える。
老梁が見る。
「ここには前、箱を二段積んでた」
安生が聞く。
「二段?」
「ああ」
「いつ?」
「分からない」
「六月十一日か?」
「そこまでは断定できない」
安生は頷いた。
⸻
午後。
安生は吴平を訪ねた。
木札を見せる。
吴平は手に取って、しばらく眺めていた。
「これは臨牌じゃない」
「分かってる」
「倉札だ」
「父親のところに、似た記録は残ってないか?」
「探してみる」
しばらくして、吴平は古い帳面を持ってきた。
倉の位置を記録した帳面だった。
安生は六月のページを開いた。
六月十日。
東倉七号、南貨十二。
安生の手が止まった。
沈砚も横から覗き込む。
「十二?」
吴平が頷く。
「そう書いてある」
安生はそのまま読み進めた。
六月十一日。
その欄には、二文字だけ。
「換位」
六月十二日。
「東倉七号、空」
安生が顔を上げた。
「空?」
吴平が頷く。
「父の字だ」
安生はもう一度見直した。
六月十日。
東倉七号。
南貨十二。
六月十一日。
換位。
六月十二日。
東倉七号。
空。
⸻
安生は何も言わなかった。
今回は、確かに状況が変わった。
だが、それでも結論を急ぐことはしなかった。
「この十二包」
「六月六日に入った荷なのか?」
吴平は首を横に振った。
「帳面には荷主が書かれていない」
「ただ南貨としかない」
安生が聞く。
「それなのに、前には」
「六月六日に南貨十二包が入ったって話が出てる」
吴平は答えた。
「六月六日の入荷記録があるからだ」
「でも、こっちには日付の対応関係が書かれてない」
「だから、直接同じ荷だとは言えない」
安生は頷いた。
さらに聞く。
「六月十日になって」
「どうして突然十二包が出てくる?」
吴平は言った。
「前から倉に入っていた可能性がある」
「六月六日は港に入ったという記録だけで」
「後になって正式に倉へ入れたのかもしれない」
「あるいは別の南貨かもしれない」
安生は黙った。
この点は、まだ決められない。
⸻
沈砚が帳面を見る。
「でも、一つだけ確かなことがある」
「何だ?」
「六月十一日に」
「七号の荷が動いた」
安生は頷いた。
「そして六月十二日には」
「七号が空になっている」
「ああ」
「これと、梁成が言っていた三包には」
「関係があるのか?」
安生は首を振った。
「直接はつなげられない」
「なぜ?」
「梁成が言っていたのは東倉の三包だ」
「でも、ここに書いてあるのは」
「七号に十二包」
「六月十一日に換位」
「六月十二日に空」
「十二包がどこへ行ったのか分からない」
「換えた先も分からない」
沈砚が安生を見る。
「じゃあ、今の問題は」
「十二包の南貨が」
「六月十一日にどこへ移されたか、か」
安生は頷いた。
⸻
二人はさらに帳面をめくった。
やがて。
六月十一日の欄の下に。
とても小さな文字があるのを見つけた。
後から書き足したようにも見える。
「西倉三号」
安生が顔を上げる。
「西倉三号?」
吴平が頷いた。
「たぶん、移した先だ」
安生はすぐに聞いた。
「六月十二日は?」
吴平はさらに下へめくる。
六月十二日。
西倉三号。
「空」とは書かれていない。
ただ、
「出二」
とある。
安生の手が止まった。
「出二?」
吴平が頷く。
「見る限り」
「西倉三号から」
「六月十二日に二包出たということだ」
沈砚は何も言わない。
安生はゆっくりと記録を並べた。
六月十日。
東倉七号、南貨十二。
六月十一日。
換位――西倉三号。
六月十二日。
西倉三号、出二。
そして馬成が言っていた。
六月十二日。
老高から二包の荷を受け取り、
王家へ運んだ。
安生が顔を上げる。
「今回は」
「つながる可能性がある」
沈砚が頷く。
だが、すぐに言った。
「可能性だけだ」
安生は少し笑った。
「分かってる」
⸻
彼は紙に書いた。
東倉七号、十二包。
六月十一日、西倉三号へ換位。
六月十二日、西倉三号から二包出。
六月十二日、馬成は老高から二包を受け取り、王家へ運搬。
その下に、もう一行書き足す。
「現時点では、この二包が同じ荷だとは証明できない」
⸻
沈砚が尋ねた。
「じゃあ、残りの十包は?」
安生は帳面を見た。
答えなかった。
もしこの十二包が本当に同じ荷なら。
六月十二日に出たのは二包だけ。
残り十包はどこへ行った?
だが、その問題は以前より重要になっていた。
六月十五日の古い記録には、
南貨九包。
とある。
十二。
引く二。
残りは十。
九ではない。
もし六月十五日の九包が同じ荷なら、
途中でさらに一包が消えている。
だが、六月十一日の十二包と、
六月十五日の九包が別の荷なら、
この数字だけでは何も説明できない。
安生は紙に、
「12-2=10」
と書いた。
その横に、
「九包だけでは説明できない」
と付け加える。
⸻
夜。
安生は老梁を訪ねた。
「六月十一日」
「東倉七号から西倉三号へ換えた」
「それを知っているか?」
老梁は頷いた。
「知ってる」
「誰が決めた?」
「周長順だ」
「なぜ?」
「東倉を空けるためだと言ってた」
「誰のために?」
「分からない」
「西倉三号には、もともと荷があった?」
「あった」
「何の荷?」
「雑貨だ」
「その後は?」
「動かした」
「誰が?」
「老高たちだ」
安生が聞く。
「つまり」
「六月十一日」
「老高は碼頭にいただけじゃなく」
「倉の移動にも関わっていた?」
老梁は少し考えた。
「ああ」
「確かか?」
「このことは覚えてる」
「なぜ?」
「あの日」
「周掌柜が言ったんだ」
「先に移しておけ」
「明日使うから、と」
安生が聞いた。
「『明日』と言ったのか?」
「ああ」
「六月十二日?」
「たぶんな」
⸻
安生は家に戻った。
最後の一言を書き留める。
「六月十一日、周長順は『明日使う』と言った」
彼はその言葉を長い間見つめた。
そして沈砚に聞く。
「もし本当にそう言ったのなら」
「六月十一日の換倉は」
「少なくとも、単に場所を空けるためだけじゃなかったことになる」
沈砚は頷いた。
「翌日に使うことを、あらかじめ決めていたわけだからな」
安生は首を振った。
「事前に手配していたことしか分からない」
「それだけで、沈家の荷だと知っていたとは言えない」
「どの二包だったのか知っていたとも言えない」
沈砚が笑った。
「ずいぶん慎重になったな」
安生は俯いた。
「前は」
「いくつかのことが重なれば」
「それが答えだと思ってた」
「今は分かる」
「重なったものは、手掛かりにすぎない」
⸻
安生は、すべての記録をもう一度並べ直した。
六月十一日。
米一石半。
東倉七号、換位。
南貨十二包を西倉三号へ移動。
周長順は言った。
「明日使う」
六月十二日。
西倉三号、二包出。
老高が馬成に二包を渡す。
馬成は王家へ運ぶ。
南布三反。
米一石と相殺。
一方。
梁成は三包を動かした。
だが、この三包が西倉三号のものだったかどうかは、
まだ分からない。
まして、
六月十五日の九包が、
残りの荷だったのかどうかも分からない。
⸻
安生は筆を取った。
最後に、こう書いた。
「今、証明できるのは、『沈家の十二包が持ち去られた』ということではない」
「証明できるのは――六月十一日、周長順が南貨の換倉を事前に手配し、翌日に少なくとも二包が実際に出されたということだ」
少し間を置いて、
さらに書き足した。
「なぜ事前に手配したのか」
「誰がこの二包を使うことを決めたのか」
「それについては、まだ調べる必要がある」
窓の外は、もう静まり返っていた。
安生は紙の上にある、
「西倉三号」
という文字を見つめた。
ふと気づく。
次に調べるべきなのは、
もう梁成ではない。
老高を推測し続けることでもない。
調べるべきなのは――
六月十二日。
西倉三号から、実際に何の荷が出たのか。
そして。
その二包を王家へ送ってよいと、
出荷する前に誰が決めたのか。




