↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

83/110

第八十三章 お前が聞いたのは何だったのか

安生は父親を見た。


「確かなのか?」


安順河は答えなかった。


しばらくして。


ようやく言った。


「覚えている。」


安生は「本当なのか」とは聞かなかった。


代わりに聞いた。


「何日だ?」


安順河は眉を寄せた。


「六月十二日。」


「午前か、午後か?」


「午前だ。」


「どこで?」


「碼頭。」


「誰がいた?」


安順河は長いこと考えた。


「俺。」


「沈川。」


「それから周長順。」


安生はすぐに姿勢を正した。


「三人だけ?」


「だいたいな。」


「ほかには?」


「たぶん、いない。」


安生は紙を手に取った。


「お前は、自分の耳で沈川が何と言ったのを聞いた?」


安順河は黙った。


「言った。」


「貨物を先に持ち出せ。」


安生の筆が止まった。


「正確な言葉は?」


「だいたいだ。」


「『だいたい』じゃない。」


安順河は安生を見た。


「お前、最近変わったな。」


「昔なら聞いたことをそのまま答えていた。」


「今は、いつも正確な言葉を聞く。」


安生はうつむいた。


「今は。」


「ほんの少し違うだけで。」


「話がまったく違ってくることがある。」


安順河はうなずいた。


「じゃあ、俺が覚えていることを言う。」


「沈川は、あの時。」


「その三包の貨物は、先に処理していいと言った。」


安生が勢いよく顔を上げた。


「三包と言った?」


安順河は首を横に振った。


「確かじゃない。」


「三包だったかもしれない。」


「南貨と言ったのかもしれない。」


安生は何も言わなかった。


さらに聞いた。


「『米と交換する』とは言った?」


「言っていない。」


「『周長順に渡す』とは?」


「言っていない。」


「『周長順に持っていかせる』とは?」


「言っていない。」


「『沈家は同意した』とは?」


安順河は黙った。


「言っていない。」


安生の手が止まった。


「じゃあ。」


「どうしてずっと『沈家は同意した』と覚えていた?」


安順河はすぐには答えなかった。


⸻


長い沈黙の後。


ようやく言った。


「その後、問題が起きたからだ。」


「どういう意味?」


「貨物がなくなった。」


「沈川が死んだ。」


「帳簿も合わなかった。」


「それで周長順が言った。」


「沈家は知っている。」


「俺はその時、思った。」


「もし沈川が承知していないなら。」


「なぜ人に貨物を持たせる?」


安生は父親を見た。


「つまり。」


「自分でそう考えた?」


安順河は否定しなかった。


「ああ。」


「じゃあ、さっきなぜ言った?」


「沈川自身から聞いた、と。」


安順河は一瞬、戸惑った。


「俺が言ったのは。」


「『貨物を先に処理する』と言ったことだ。」


「『沈家は同意した』と言ったわけじゃない。」


安生は黙った。


二つの言葉が。


ようやく切り離された。


⸻


安生は改めて聞いた。


「じゃあ、あの日。」


「沈川は、なぜ貨物を先に処理していいと言った?」


安順河は首を横に振った。


「分からない。」


「周長順は隣にいた?」


「いた。」


「どちらが先に話した?」


「周長順だ。」


「何と言った?」


「南貨が滞っている。」


「これ以上処理しないと。」


「米代が足りなくなる、と。」


「沈川は何と答えた?」


安順河は目を閉じた。


二十三年前の、あの朝を思い出そうとしているようだった。


「言った。」


「一部を先に処理しろ。」


安生が聞いた。


「それから?」


「周長順が聞いた。」


「何包だ?」


「沈川が言った。」


「先に、見てやれ。」


安生の筆が止まった。


「『見てやれ』?」


「ああ。」


「確かか?」


「これは比較的、よく覚えている。」


安生はそれ以上、書かなかった。


なぜなら。


この言葉は。


「沈家は同意した」よりも。


ずっと複雑だった。


⸻


「父さん。」


「その時、『三包』という言葉を聞いた?」


安順河は首を横に振った。


「ない。」


「『米一石と交換』は?」


「ない。」


「『王家』は?」


「ない。」


「『梁成』は?」


「ない。」


「『臨時札』は?」


「ない。」


安生はうなずいた。


「じゃあ。」


「その時どうして。」


「持ち出されたのが沈家の貨物だと分かった?」


安順河は彼を見た。


「周長順が言った。」


「これは沈家の南貨だ、と。」


「その場で?」


「そうだ。」


「沈川の前で?」


「そうだ。」


「沈川は否定しなかった?」


安順河は黙った。


「しなかった。」


安生は顔を上げた。


「なぜ?」


「分からない。」


「沈川に聞いた?」


「聞いていない。」


「なぜ?」


安順河はうつむいた。


「その時は。」


「もう話がついていると思った。」


安生は父親を見た。


「お前も。」


「何について話がついているのかは知らなかった。」


安順河はうなずいた。


⸻


部屋の中が長いこと静かになった。


安生が突然聞いた。


「じゃあ、父さん。」


「どうして当時、それでも調べ続けた?」


安順河は安生を見た。


「その後。」


「沈川が俺に言った。」


「あの三包の貨物を持ち出せとは言っていない、と。」


安生は一瞬、動かなかった。


「いつ?」


「六月十二日の午後。」


「どこで?」


「同じ碼頭だ。」


「二人だけ?」


「だいたいな。」


「何と言った?」


安順河は言った。


「言った。」


「俺は南貨を先に処理しろとは言った。」


「だが、あの三包を持ち出せとは言っていない。」


安生はゆっくり顔を上げた。


「それが正確な言葉?」


「だいたいだ。」


安生はため息をついた。


「父さん。」


「またそれか。」


安順河は苦笑した。


「分かっている。」


「もう覚えていない。」


安生は責めなかった。


ただ続けて聞いた。


「沈川は。」


「誰が持ち出せと言ったのかは言わなかった?」


「言わない。」


「周長順に騙されたとは?」


「言わない。」


「そもそも南貨を処理していいと言っていないとは?」


「言っていない。」


「じゃあ。」


「なぜ『あの三包を持ち出せとは言っていない』と言った?」


安順河は首を横に振った。


「分からない。」


⸻


安生はそこに座っていた。


そして突然。


以前よりも、さらに複雑になっていることに気づいた。


今、問題になっているのは。


沈川が同意したかどうかだけではない。


沈川が何の処理に同意したのか。


そして。


その範囲をどこまでと考えていたのか。


南貨だったのか。


南貨の一部だったのか。


それとも。


周長順が在庫を先に処理することだけだったのか。


だが。


「三包の貨物を米一石と交換する」


という具体的なことについては。


今のところ。


それを証明できる人間は一人もいなかった。


⸻


翌日。


安生はまた陸成安を訪ねた。


「陸叔。」


「沈川が当時、お前に『俺は、そんなことをさせていない』と言った。」


「その前に何と言っていたか覚えている?」


陸成安は長いこと考えた。


「言った。」


「周掌柜は南貨を動かしたのか、と。」


安生が聞いた。


「俺は何と答えた?」


「そうだ、と。」


「その後は?」


「言った。」


「俺は先に処理しろと言っただけだ。」


安生は一瞬、止まった。


「その言葉。」


「確かか?」


「確かだ。」


「『先に処理しろ』?」


「そうだ。」


「三包とは言っていない?」


「言っていない。」


「米と交換するとも?」


「言っていない。」


「周長順とも?」


「言っていない。」


安生は黙った。


「陸叔。」


「『先に処理しろ』の意味を聞いた?」


陸成安はうなずいた。


「聞いた。」


「何と言った?」


「帳簿には先に記しておけ。」


「貨物はまだ動かすな。」


安生は思わず顔を上げた。


「何だって?」


「そう言った。」


「『先に処理しろ』と言ったんじゃないのか?」


「そうだ。」


「その二つは逆じゃないか?」


陸成安は苦笑した。


「だから言っただろう。」


「二十年以上前の話だ。」


「俺自身、同じ日のことを覚えているのか分からない。」


安生は何も言わなかった。


⸻


戻ってから。


安生はすべての証言を、もう一度机の上に広げた。


そして二列に分けた。


左。


六月十二日、午前。


周長順。


「沈家のほうから、もう話が来ている。」


安順河。


「先に処理しろ。」


陸成安。


「先に処理しろ。」


梁成。


「周掌柜とは、もう話がついている。」


右。


六月十二日以降。


周長順。


「沈家は知っている。」


趙徳全。


「沈家はうなずいた。」


誰か。


「沈家は同意した。」


沈川。


「俺は、そんなことをさせていない。」


安生は一番下に一行を書いた。


「現時点では、これらの言葉が同じ時間に起きたことも、同じ事柄を指していることも証明できない。」


書き終えて。


もう一行を付け加えた。


「ただし、三包の貨物が持ち出される前に、『沈家が三包の貨物を米と交換することに同意した』という完全な表現を裏付ける直接証拠は、まだ見つかっていない。」


⸻


夜。


沈砚が来た。


安生は紙を渡した。


沈砚は読み終えると。


長いこと黙っていた。


「つまり。」


「父は本当に。」


「南貨を先に処理しろと言った可能性がある。」


「そうだ。」


「でも、それは。」


「三包を持ち出して米と交換しろと言ったことにはならない。」


「そうだ。」


沈砚はうつむいた。


「じゃあ、なぜ止めなかった?」


安生は答えなかった。


しばらくして。


ようやく言った。


「その質問は。」


「お前の父親にしか聞けない。」


沈砚は苦笑した。


「もういない。」


「だから。」


安生は彼を見た。


「分からないことは、分からないと書くしかない。」


沈砚は顔を上げた。


二人とも、それ以上何も言わなかった。


⸻


翌朝。


安生はまた古い碼頭へ向かった。


今回は。


誰も探さなかった。


ただ一人。


かつて倉庫があった場所に立った。


川を見つめる。


六月十二日。


あの日は。


もしかすると、こうだったのかもしれない。


沈川が言った。


「南貨を先に処理しろ。」


周長順はそれを聞いて。


手配を始めた。


梁成が聞いて。


こう理解した。


「周掌柜とは、もう話がついている。」


貨物が持ち出された。


その後。


周長順が別の人間に言った。


「沈家は知っている。」


やがて。


「知っている」が「うなずいた」に変わった。


「うなずいた」が「同意した」に変わった。


そして二十三年後。


すべての人間が。


最後に残ったその言葉をめぐって。


沈川が本当に承知していたのかを争うようになった。


だが。


本当の問題は。


ずっと最後の言葉ではなかったのかもしれない。


最初の一言。


「先に処理しろ。」


安生は長いこと立っていた。


そして振り返った。


次に何を調べるべきか。


もう分かっていた。


もう一人の人間を探して。


「沈家は同意した」と証明させることではない。


六月十二日の午前。


沈川がいったい誰に。


何を処理させようとしたのか。


そして。


周長順が聞いた「処理」という言葉を。


どこまでの意味として受け取ったのか。


そこを調べる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。