第八十章 二枚の札
翌日。
安生は朝早く、呉平の家へ向かった。
昨日書き留めた言葉を、もう一度取り出した。
「呉叔。」
「お父さんの記録にある。」
「六月十二日。」
「臨一と臨二。」
「いったい、どう分かれている?」
呉平は帳面を開いた。
「前にも見ただろう。」
「もう一度、確認したい。」
呉平は一行を指した。
「東倉三。」
「臨時札一。」
「西倉二。」
「臨時札二。」
安生が聞いた。
「ここにある『一』と『二』は。」
「札の番号?」
「違う。」
「どういう意味?」
「親父が自分で付けた番号だ。」
「あの頃は臨時札がたくさんあった。」
「区別するために、そう書いていた。」
「つまり。」
「臨一が必ず一番の札だったわけではない?」
「そうだ。」
「臨二も二番の札とは限らない?」
「そうだ。」
安生はうなずいた。
「じゃあ。」
「どの札を誰が持ったのか。」
「分かる?」
呉平は首を横に振った。
「この帳面だけじゃ。」
「分からない。」
「ほかに、お父さんの記録は?」
呉平はしばらく黙った。
「ある。」
「でも、まだ見せていなかった。」
安生が顔を上げた。
「なぜ?」
「役に立つのか、ずっと分からなかったからだ。」
「今は?」
呉平は棚から、小さな木箱を取り出した。
「これは親父が後に残したものだ。」
⸻
木箱の中には。
黒ずんだ木片が、数枚入っていた。
どれも小さい。
中には、ひびの入ったものもある。
呉平はそのうち二つを取り出した。
それぞれに。
一。
二。
と刻まれている。
安生が聞いた。
「これが臨時札?」
「可能性はある。」
「分からない?」
「こういうものは昔、たくさんあった。」
「臨時札のものもあれば。」
「倉の札もある。」
「ただの記号のこともある。」
安生は触れなかった。
「お父さんは言ってなかった?」
「どちらが六月十二日のものなのか。」
呉平は首を横に振った。
「言っていない。」
「じゃあ、どうしてずっと残していた?」
「親父は何でも取っておく人だった。」
安生はうなずいた。
「この二つ。」
「六月十二日のものだった可能性は?」
「ある。」
「でも、証明はできない?」
「できない。」
安生は少し笑った。
「やっぱり、いつもと同じだ。」
⸻
帰ろうとした時。
呉平が突然言った。
「待ってくれ。」
「どうした?」
「一つ思い出した。」
「何?」
「親父が言っていた。」
「一枚の札が。」
「戻ってくるのが、ひどく遅かった。」
「どっち?」
「臨二。」
「なぜ遅かった?」
「分からない。」
「誰が返した?」
「分からない。」
「名前は記録していた?」
呉平は首を横に振った。
「ない。」
「じゃあ、誰が持っていたとは?」
呉平は長いこと考えた。
「一度、こう言っていた。」
「何と?」
「梁姓の人間だ。」
安生はすぐに足を止めた。
「『梁成』と言っていた?」
「違う。」
「『梁姓の人間』と言った。」
安生はうなずいた。
これも、これまでと同じだった。
証明できるのは。
梁という姓の人間が。
臨二と関係していた可能性があることだけだ。
梁成本人だと。
直接証明することはできない。
⸻
午後。
安生は再び馬成を訪ねた。
「もう一度聞きたい。」
「六月十二日。」
「梁成が札を持ったのを、自分の目で見た?」
馬成は黙った。
「見た。」
「どの札?」
「分からない。」
「誰から受け取った?」
「倉の人間だ。」
「誰?」
「忘れた。」
「札を持ったあと、どこへ行った?」
「東倉だ。」
「確か?」
「確かだ。」
「何包、持っていった?」
「三包。」
安生はすぐに聞いた。
「どうして三包だと分かる?」
「見たからだ。」
「三包の南貨?」
「そうだ。」
「沈記の印はあった?」
馬成は首を横に振った。
「見ていない。」
「じゃあ、どうして沈家のものだと?」
「知らない。」
安生は何も言わなかった。
これは非常に重要な答えだった。
ここまで来ても。
梁成が持ち出した三包の貨物が。
沈家のものだったとは証明できない。
⸻
安生は続けて聞いた。
「梁成は、その時。」
「この三包は沈家のものだと言った?」
「言っていない。」
「沈家は同意した、と?」
「言っていない。」
「沈家がうなずいた、と?」
「言っていない。」
「じゃあ、何と言った?」
馬成はしばらく考えた。
「こう言った。」
「周掌柜が俺に持っていけと言った。」
安生が聞いた。
「それだけ?」
「だいたいな。」
「じゃあ、梁成は貨物が誰のものか知っていた?」
「分からない。」
「お前は?」
「俺も知らない。」
「それなのに、なぜ聞かなかった?」
馬成は笑った。
「その頃、誰がそんなことを聞く?」
「碼頭の人間が持っていけと言えば。」
「持っていく。」
「誰の貨物なのか。」
「俺たちが気にすることじゃなかった。」
安生は馬成を見た。
「その言葉。」
「今でも、そう思う?」
馬成はしばらく黙った。
「今は、そう思わない。」
⸻
安生は馬成のところを離れた。
しばらく、何も話さなかった。
河辺まで歩いて。
そこに腰を下ろした。
三包の貨物。
一枚の臨時札。
一人の梁姓の人間。
一人の管事。
そして、まだ確認されていない貨主。
話は、どんどん具体的になってきた。
だが。
具体的になればなるほど。
簡単に結論を出してはいけなかった。
⸻
夕方。
沈砚がやって来た。
「梁成は見つかった?」
「まだだ。」
「馬四は何を言っていた?」
「梁成が三包の貨物を持っていったと言っている。」
沈砚は驚いた。
「本当に?」
「ああ。」
「じゃあ、沈家の貨物じゃないのか?」
安生は首を横に振った。
「証拠がない。」
「どうして?」
「三包の貨物に沈記の印がない。」
沈砚は黙った。
「でも六月十一日。」
「父の紙には。」
「南貨三……」
「そうだ。」
「それなら、かなり可能性が高いんじゃないか?」
「可能性はある。」
「でも確定ではない。」
沈砚は安生を見た。
「お前は、いつも『可能性がある』と言うな。」
安生は怒らなかった。
「今は、それしかないからだ。」
「もし今、俺が。」
「『そうだ』と言ったとして。」
「あとで違うと分かったら。」
「お前はどうする?」
沈砚は答えなかった。
安生は続けた。
「今は少し遅くてもいい。」
「偽物の確定答案を。」
「お前に渡したくない。」
⸻
沈砚は腰を下ろした。
しばらくして。
聞いた。
「じゃあ、最後に。」
「その三包が、本当に俺の家のものだと証明されたら?」
「記録する。」
「違ったら?」
「それも記録する。」
「それでも証明できなかったら?」
「それも書く。」
「何と?」
安生は川面を見た。
「証明できなかった、と。」
⸻
二人は長いこと黙っていた。
川面を船が一隻通った。
船頭が一声叫んだ。
その声はすぐに風に流された。
沈砚が突然言った。
「俺はずっと。」
「父が死んだ。」
「だから、この件には必ず誰か一人、責任を取る人間がいると思っていた。」
安生は何も言わなかった。
「でも、今になって分かった。」
「たとえ一人見つけても。」
「それだけですべてを説明できるとは限らない。」
「そうだ。」
「じゃあ。」
「周長順が一番重要な人間だと思う?」
安生は首を横に振った。
「今は、そうとは言えない。」
「なぜ?」
「決めた人間だった可能性もある。」
「ただ伝えただけかもしれない。」
「一部しか知らなかった可能性もある。」
「自分では全部知っていると思っていた可能性もある。」
「この四つでは。」
「最後に問われる責任が、それぞれ違う。」
沈砚は安生を見た。
「じゃあ、いつまで調べる?」
安生は少し笑った。
「これ以上、証明できなくなるところまでだ。」
⸻
夜。
安生は三包の貨物に関する証拠を、もう一度整理した。
六月十一日。
沈川が残した。
「南貨三……待定。」
六月十二日。
倉の記録。
「東倉三、臨時札一。」
馬成。
梁成が三包を受け取った。
ただし。
沈記の印はない。
六月十二日の午後。
陸成安が聞いた。
「沈家はもう同意した。」
六月十五日。
沈川の記録。
「九包、原単を見ず。」
安生はその記録を見つめた。
そして、突然気づいた。
まだ一つ問題がある。
もし六月十二日に。
本当に沈家の貨物三包が持ち出されたのなら。
なぜ六月十五日に。
「九包」
と記録されている?
九足す三。
ちょうど十二になる。
だが。
この十二包が。
六月六日に届いたあの十二包と同じものなのか。
それは、まだ証明されていない。
そして今。
新しい問題が一つ増えた。
六月十二日に持ち出された三包は。
六月六日に届いた十二包のうちの三包なのか?
もしそうなら。
九包と三包は対応する。
もし違うなら。
「九足す三で十二になる」
というのは。
ただ数字が一致しているだけだ。
安生は「十二」を丸で囲んだ。
その下に書いた。
「数字の一致 ≠ 貨物の一致。」
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その時。
陳二が扉を開けて入ってきた。
「安生。」
「どうした?」
「人が来てる。」
「誰?」
「昔、碼頭にいた人間らしい。」
「名前は?」
「梁姓だ。」
安生は顔を上げた。
「梁成?」
陳二は首を横に振った。
「自分は梁姓だと言ってる。」
「名前は?」
「分からない。」
安生は机の上の紙を見た。
それから。
すべてをまとめてしまった。
「どこにいる?」
「外だ。」
安生は出て行った。
⸻
庭の門の外。
五十過ぎくらいの男が立っていた。
髪の半分は、もう白くなっている。
安生を見ると。
男が先に聞いた。
「お前が安順河の息子か?」
「そうだ。」
「六月十二日のことを調べている?」
「そうだ。」
男はしばらく黙った。
それから言った。
「あの三包の貨物。」
「俺が持っていったんじゃない。」
安生は男を見た。
すぐには答えなかった。
男はさらに言った。
「だが。」
「誰が持っていったのか。」
「俺は知っている。」
庭の中が。
一瞬、静まり返った。
安生は男を見た。
そして聞いた。
「名前は?」
男はうつむいた。
「梁成。」
今度は。
ようやく。
一人の人間のほうから。
安生のもとへやって来た。




