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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第八章 兄が帰ってきた

安平が帰ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。


そのとき安生は、庭で薪を割っていた。


一度目は、うまく割れなかった。


もう一度、斧を持ち上げる。


力を込めて振り下ろすと、木は真ん中から裂け、斜めに地面へ倒れた。


「安生」


門の外から声がした。


振り返ると、木工道具の箱を背負った若者が立っていた。


安生より少し背が高く、少し痩せている。


服はきれいに洗われていたが、袖口はもう白く擦れていた。


安生は一瞬、呆気に取られた。


「兄ちゃん?」


安平は笑った。


「なんだ。忘れたのか?」


安生は斧を置いた。


「明後日帰るって言ってただろ」


「仕事が早く片付いたんだ」


安平は木工箱を壁際に置いた。


「ばあちゃんのところは?」


「母さんがもう行ってる」


「じゃあ、俺も行くか」


安生は兄を見た。


「疲れてないのか?」


「ずっと車に乗ってたんだ。歩いて帰ってきたわけじゃない」


そう言って、安平は安生の肩を軽く叩いた。


「背が伸びたな」


安生はその手を払いのけた。


「どれだけ帰ってきてないと思ってるんだよ」


安平は小さく笑った。


「こうして帰ってきただろ」


母親が家の中から出てきた。


安平の姿を見るなり、顔に笑みが広がった。


「どうして今日帰ってきたの?」


「仕事が終わったから」


「途中で何か食べた?」


「食べたよ」


「着替えは持ってきた?」


「持ってきた」


「金は足りてる?」


「足りてる」


母親は次から次へと尋ねた。


安生は横で聞いていた。


ふと、自分が子供の頃に家へ帰ってきたときも、きっとこんなふうだったのだろうと思った。


母親には、いつも聞きたいことがいくらでもあった。


あの頃の安生は、それをうるさがっていた。


今こうして聞いていると、不思議と嫌ではなかった。


父親も家の中から出てきた。


「帰ったか」


安平は頷いた。


「ただいま、父さん」


父親は息子を上から下まで眺めた。


「痩せたな」


「痩せてないよ」


「まだ言うか」


母親が横から口を挟んだ。


「外で働いてりゃ、痩せないほうがおかしいよ」


安平は笑った。


「父さん、腰はまだ痛む?」


「昔からのものだ」


「医者には行った?」


「行った」


安生は横で黙っていた。


父親が医者に行っていないことを知っていた。


少なくとも、きちんと診てもらったわけではない。


安平も、それ以上は聞かなかった。


ただ、


「重いものは持たないでよ」


と言った。


父親は安平を睨んだ。


「お前まで俺を心配するのか?」


「俺には無理だよ」


安平は笑った。


「母さんならできる」


それを聞いて、母親が横から言った。


「二人とも、少し黙ってなさい」


家族は皆、笑った。


⸻


午後になると、母親は祖母の家へ持っていくものをまとめ始めた。


安平は着替えた。


安生は兄の服を見た。


「その服、どうしたんだ?」


「他所の家で箪笥を作ったときに、余った布があったんだ。それを持って帰って、仕立て直してもらった」


「お前、服まで作れるのか?」


「俺には無理だよ」


安平は袖口を整えた。


「できる人にやってもらった」


安生は笑った。


「お前、今じゃ何でも知ってるんだな」


安平は安生を見た。


「お前は?」


「俺がどうした?」


「まだ陳二たちとつるんでるのか?」


安生は答えなかった。


安平も、それ以上は聞かなかった。


少ししてから、ただ言った。


「余計なことはするなよ」


安生は少し苛立った。


「帰ってきて、いきなりそれかよ」


「そうじゃない」


安平は笑った。


「ただ、言っておこうと思っただけだ」


安生は俯いて靴を履いた。


「分かったよ」


二人は一緒に祖母の家へ向かった。


歩きながら、安平はいくつか家のことを尋ねた。


父親は最近何をしているのか。


母親の具合はどうなのか。


叔父は帰ってきたのか。


安生は一つずつ答えた。


叔父の話になると、安平がふと尋ねた。


「叔父さん、まだ北のほうを回ってるのか?」


「うん」


「今年は何回帰ってきた?」


「知らない」


安平はそれ以上聞かなかった。


路地を一つ抜けたところで、安平がふと足を止めた。


「子供の頃、ここで喧嘩したの覚えてるか?」


安生は路地を見た。


「覚えてる」


「お前、人んちの窓を割っただろ」


「俺じゃない」


「お前が石を投げた」


「投げたのは陳二だ」


「お前が投げろって言ったんだろ」


安生は黙った。


安平は少し笑った。


「あとで父さんが、弁償に一元払ったんだ」


安生も思い出した。


あのときは、父親にひどく叱られた。


けれど安平は、横で庇ってくれた。


「わざとじゃないよ」


そう言った。


そのあと父親は、弟を庇ってばかりいると安平まで叱った。


「兄ちゃん、あのとき、なんで俺を庇ったんだ?」


安生がふいに尋ねた。


安平は弟を見た。


「お前は俺の弟だから」


それだけ言って、また歩き始めた。


安生はその場に少し立ち尽くした。


それから、兄の後を追った。


⸻


祖母の家に着くと、門はすでに開いていた。


叔父の安成山も来ていた。


安平を見るなり、肩を叩いた。


「ずいぶん背が伸びたな」


安平は笑った。


「叔父さん、その台詞、子供の頃にも聞いたよ」


「じゃあ、伸びるのが遅いんだ」


「もう二十三だよ」


「二十三でも、まだ子供だ」


横で安生が笑った。


祖母が家の中から出てきた。


「帰ってきたか」


安平はすぐに近寄り、祖母を支えようとした。


「ばあちゃん」


「支えなくていい。まだ年寄りじゃないよ」


「ゆっくりでいいから」


祖母は口ではそう言いながらも、結局その手を安平の腕に置いた。


安生は、その様子を黙って見ていた。


⸻


食事の席では、家族が最近のことを話していた。


叔父が安平に尋ねた。


「そっちの仕事はどうだ?」


「まあまあだよ」


「これからも木工を続けるつもりか?」


「しばらくは」


「どこか別のところへ行くことは考えてないのか?」


安平は首を横に振った。


「まだ考えてない」


父親は横で酒を飲んでいた。


しばらくして、ふいに言った。


「木工はいい仕事だ」


叔父が父親を見る。


「ずいぶん安心してるじゃないか」


「自分の手で食っていけるなら、それでいいだろう」


安平は笑った。


「俺もそう思ってる」


安生は肉を一切れ取った。


「兄ちゃん、これからずっと帰ってこないのか?」


安平が弟を見る。


「どうしてそう思う?」


「向こうに仕事があるんだろ」


「仕事があっても、帰ってこなきゃならないだろ」


「どのくらいで帰ってくる?」


「それは分からないな」


安生は俯いて飯を食べた。


「そうか」


⸻


食事が終わると、安生は一人で外へ出た。


しばらくして、安平も出てきた。


「どうして中に入らない?」


「中はうるさいから」


安平は壁にもたれた。


「お前、最近金に困ってるのか?」


安生は顔を上げた。


「なんで分かる?」


「子供の頃もそうだった」


「何が?」


「口数が減る」


安生は小さく笑った。


「よく覚えてるな」


安平は懐から何枚かの銅銭を取り出した。


「これ、持っとけ」


安生は受け取らなかった。


「いらない」


「持っとけ」


「兄ちゃんが使えよ」


「俺はまだある」


安生は差し出された銅銭を見た。


しばらくして、結局受け取った。


「ありがとう、兄ちゃん」


安平は頷いた。


「博打はするなよ」


安生は眉を寄せた。


「してない」


安平は、それ以上何も言わなかった。


「それならいい」


庭は静かになった。


しばらくして、安平がふいに尋ねた。


「趙徳全って知ってるか?」


安生は一瞬、戸惑った。


「知ってる」


「波止場の?」


「うん」


「最近、あの人がお前を訪ねてきたことは?」


「ない」


安平は少し黙った。


「もし来たら、先に俺に言ってくれ」


「なんで?」


「別に」


「兄ちゃん」


「ん?」


「何か知ってるのか?」


安平は安生を見た。


長い間、何も言わなかった。


やがて、首を横に振った。


「昔、父さんからその名前を聞いたことがあるだけだ」


「何の話?」


「忘れたよ」


そう言って、安平は家の中へ戻っていった。


安生は追いかけなかった。


ただ、その名前だけは覚えていた。


趙徳全。


⸻


その夜、一家は家へ戻った。


安平は木工箱を戸口の脇に置いた。


父親がそれを見て言った。


「明日はばあちゃんのところへ行くのか?」


「うん」


「早めに帰ってこい」


「分かった」


安生は東の部屋で横になった。


壁一枚を隔てた向こうから、父親と安平が話している声が聞こえた。


声は低く、内容までは聞き取れない。


ただ、一言だけ聞こえた。


「もう、あのことから何年も経ってる……」


それきり、声は途切れた。


安生は目を開けた。


しばらくして、寝返りを打った。


起き上がることはなかった。


外では風が戸の隙間を抜けていた。


東の部屋は静かだった。


けれど、その一言だけは、安生の中に残った。


もう、何年も経っている。


では、過ぎ去ったのは、いったい何のことなのか。


誰も、安生には話してくれなかった。

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