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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第七十八章 あの人

翌日。


安生はまず、趙徳全を訪ねた。


「趙叔。」


「昨日、聞いたことなんだけど。」


「まだ覚えてる?」


趙徳全は彼を見た。


「どの話だ?」


「六月十二日。」


「誰かが『あっち』と言った話。」


「『あっち』が誰を指しているのか、分かる?」


趙徳全はしばらく黙った。


「つまり。」


「『沈家のほう』ってことか?」


「そう。」


「もし碼頭での話なら。」


「そりゃ沈家だろう。」


安生は首を横に振った。


「後からどう解釈されたかを聞いてるんじゃない。」


「その時のことを聞いてる。」


「当時の人が『あっち』と言った場合。」


「必ずしも沈家を指していたとは限らないんじゃないか?」


趙徳全は少し驚いた。


それから、ゆっくり言った。


「その可能性はある。」


「あの頃は。」


「碼頭じゃ、いろんな人間が話していたからな。」


「名前を言わないこともあった。」


「東とか、西とか、あっちとか。」


「でも『沈家のほう』と言えば。」


「普通は沈家だ。」


安生が聞いた。


「じゃあ、ただ『あっち』と言った場合は?」


「誰が言ったかだな。」


「誰に言ったかも関係する。」


安生はうなずいた。


それこそが問題だった。


⸻


安生はさらに聞いた。


「六月十二日の午後。」


「周長順は誰に会っていた?」


趙徳全はしばらく考えた。


「覚えているのは。」


「西倉へ行ったことだ。」


「それから戻ってきた。」


「その後、また誰かが周に会いに来た。」


「誰?」


「たしか、馬家の人間だった。」


安生が顔を上げた。


「馬徳順?」


「違う。」


「若い男だ。」


「馬という姓だった。」


「前に言っていた奴か?」


「たぶん。」


「そいつは何の用で周長順を訪ねた?」


「そこまでは聞いていない。」


「どこで話していた?」


「倉の裏だ。」


「どのくらい?」


「長くはなかった。」


安生が聞いた。


「話している時。」


「ほかに誰かいた?」


趙徳全は首を横に振った。


「分からない。」


⸻


安生はそれ以上聞かなかった。


ただ、新しい時間を記録した。


六月十二日の午後。


周長順は若い馬姓の男と会っていた。


この男については。


以前、陸成安も話していた。


午後、彼はこう尋ねてきた。


「南貨は、もう誰かが受け取ったのか?」


その時、安生は。


ただ事情を知っている人間なのだと思っていた。


だが今考えると。


ほかの人間より早く何かを知っていた可能性がある。


⸻


午後。


安生は陸成安を訪ねた。


「その若い馬姓の男。」


「まだ覚えている?」


陸成安はうなずいた。


「覚えている。」


「あの日、あんたを訪ねてきた。」


「そうだ。」


「自分が誰なのか、名乗ったか?」


「名乗っていない。」


「誰を訪ねてきたとも言わなかった?」


「貨物のことを聞いただけだ。」


「具体的には?」


陸成安は記憶をたどった。


「こう言った。」


「南貨は、もう受け取られたのかって。」


「どう答えた?」


「まだ分からない、と言った。」


「それを聞いて?」


「帰った。」


「周長順のことは聞いた?」


「聞いていない。」


「沈家のことは?」


「言っていない。」


安生が聞いた。


「その時、変だとは思わなかった?」


陸成安は首を横に振った。


「その時は思わなかった。」


「なぜ?」


「碼頭じゃ毎日、誰かが貨物のことを聞いていた。」


「誰の貨物を?」


「いろいろだ。」


「じゃあ、なぜ今でも覚えている?」


「その日。」


「聞くのが早すぎたからだ。」


安生の筆が止まった。


「早すぎた?」


「そうだ。」


「貨物がまだ全部出ていないのに。」


「もう受け取られたのか、と聞いてきた。」


⸻


安生は黙った。


この言葉は重要だった。


それはつまり。


この馬姓の男が、正式に貨物が出庫される前から。


その貨物が処理されることを知っていた可能性があるということだ。


だが、それだけでは。


誰が手配したのかまで知っていたとは証明できない。


ましてや。


彼自身が何かに関わっていたとは、証明できない。


安生は聞いた。


「手に紙を持っていた?」


陸成安は首を横に振った。


「持っていなかった。」


「札は?」


「見ていない。」


「じゃあ、なぜ知っていた?」


「分からない。」


⸻


安生は碼頭へ戻った。


当時、近くで茶を売っていた男を訪ねた。


趙という姓だった。


もう七十を過ぎている。


安生は聞いた。


「六月十二日。」


「若い馬姓の男を見なかった?」


老人は長いこと考えた。


「馬?」


「そう。」


「背は高くない。」


「濃い色の服を着ていた。」


老人が突然言った。


「馬徳順の家の若旦那と、いつも一緒に遊んでいた奴か?」


安生は少し驚いた。


「馬成林?」


「そうだ。」


「その人じゃない。」


「分かってる。」


老人は言った。


「俺が言ってるのは。」


「昔、別の馬姓の男がいた。」


「馬という姓だ。」


「馬徳順の家とは付き合いがあった。」


「でも息子じゃない。」


安生が聞いた。


「名前は?」


「覚えていない。」


「何をしていた?」


「知らない。」


「碼頭にはよく来ていた?」


「たまにだ。」


「その日は?」


「来ていた。」


「いつ?」


「午後だ。」


「誰を訪ねていた?」


「分からない。」


「何か話しているのを聞いた?」


老人はうなずいた。


「たしか、こんなことを聞いた。」


「『もうやったのか?』」


安生はすぐに聞き返した。


「誰が答えた?」


「誰も。」


「一人だった?」


「その後、誰かが出てきた。」


「誰?」


「周長順だ。」


安生は黙った。


「周長順が出てきて、何と言った?」


老人は首を横に振った。


「覚えていない。」


⸻


安生はそれ以上聞かなかった。


もう気づいていた。


二十年以上前の記憶は。


一つ質問するたびに。


一人の曖昧な人物が増える。


一つの曖昧な時間が増える。


一つの曖昧な言葉が増える。


ここで全部をつなげてしまえば。


一見すると筋の通った。


実際には穴だらけの話が出来上がる。


だから安生は。


記録するだけにした。


つなげなかった。


⸻


夜。


安生はその日得たものを、すべて机の上に並べた。


一方には、比較的はっきりしているもの。


周長順は午前中に陸成安と会っている。


周長順は午前中、梁成と会った可能性がある。


六月十二日には二枚の臨時札が使われた。


東倉から三包。


西倉から二包。


午後、誰かが南貨はもう受け取られたのかと尋ねた。


周長順は午後、若い馬姓の男と会っている。


もう一方には。


まだ確定できないもの。


梁成と一緒にいた人物は誰なのか。


その人物が持っていた紙は何だったのか。


馬姓の若者は何者なのか。


「あっち」は誰を指していたのか。


誰が最初に「やっていい」と言ったのか。


安生はしばらくそれを見つめた。


それから。


「馬姓の若者」のところを、丸で囲んだ。


⸻


翌日。


安生は馬成林を訪ねた。


「お父さんは、馬という姓の人間を知っていた。」


馬成林は少し驚いた。


「馬姓なんて、いくらでもいる。」


「お前じゃない。」


「お前より若い。」


「お父さんとは付き合いがあった。」


馬成林はしばらく考えた。


突然、言った。


「馬四のことか?」


「馬四?」


「昔、親父としばらく一緒に仕事をしていた。」


「何をしていた?」


「使い走りだ。」


「碼頭で?」


「時々な。」


「本名は?」


「知らない。」


「お父さんは、彼を何と呼んでいた?」


「呼んでいた。」


「何と?」


「馬四だ。」


安生が聞いた。


「六月十二日に碼頭へ行った可能性は?」


「ある。」


「お父さんは何か言っていた?」


「知らない。」


「周長順とは、どうだった?」


「仲はよかったと聞いている。」


「誰から聞いた?」


「親父からだ。」


安生はそれ以上追及しなかった。


ただ、もう一つ聞いた。


「お父さんは。」


「六月十二日に。」


「馬四が何をしていたか、話したことは?」


馬成林は首を横に振った。


「ない。」


⸻


安生は馬成林のもとを離れた。


その後、長いこと道を歩いた。


初めて思った。


この馬姓の若者は。


おそらく、ただの使い走りだったのではないか。


ずっと探していた重要人物ではないのかもしれない。


だが。


だからこそ重要なのかもしれない。


使い走りなら。


誰かの言葉を聞いていた可能性がある。


どこへ行けと言われたかも知っているかもしれない。


誰に言われたかも知っているかもしれない。


それでも。


事件全体を知っていたとは限らない。


⸻


夕方。


安生は再び、当時茶を売っていた老人を訪ねた。


「馬四。」


「この名前、覚えてる?」


老人はうなずいた。


「覚えている。」


「六月十二日にも来ていた?」


「たぶん。」


「誰を訪ねた?」


「梁成だったような気がする。」


安生は足を止めた。


「本当に?」


老人は首を横に振った。


「今となっては、断言できない。」


「なぜ?」


「覚えているんだ。」


「二人が一緒にいたことは。」


「でも、それがあの日だったとは限らない。」


安生はうなずいた。


「分かった。」


老人は安生を見た。


「何か分かったのか?」


安生は首を横に振った。


「まだ何も。」


「それなのに、ずいぶん長く調べているな。」


安生は少し考えた。


「今はまだ、証拠がないから。」


老人は笑った。


「じゃあ、いつになったら証拠になる?」


安生も笑った。


「別の人間が同じものを持って。」


「もう一度、最初から調べ直せるものになった時かな。」


老人は少し驚いた。


何も言わなかった。


⸻


夜。


安生は部屋に戻った。


もう一度、帳面を開いた。


「馬四」の下に書く。


六月十二日に関係した可能性あり。


さらに書く。


梁成と知り合いだった可能性。


そして。


周長順とも知り合いだった可能性。


そこまで書いて。


すべてに線を引いた。


否定するためではない。


自分への注意だった。


今は使えない。


最後に。


安生はもう一度、あの言葉を見た。


「もうやったのか?」


突然。


この言葉のほうが。


「沈家はもう同意した」という言葉より重要なのではないかと思った。


もし、その男が。


「もうやったのか?」


と尋ねていたのなら。


その時点では。


まだ事が終わっていなかった可能性がある。


そして、その後に周長順が。


「沈家はもう同意した」


と言ったのだとすれば。


その言葉は。


すでに実行しようとしていた人間たちに。


そのまま進める理由を与えるためのものだった可能性もある。


だが。


それもまだ推測にすぎない。


安生は結論には書かなかった。


ただ、その横に。


「馬四本人を探す必要あり」


と書いた。


⸻


翌朝。


安生が出かけようとした時。


陳二がやって来た。


「安生。」


「どうした?」


「まだあの古い事件を調べてるのか?」


「ああ。」


陳二は頭をかいた。


「昨日、人から聞いた。」


「馬四は昔、南街に住んでいたらしい。」


安生が顔を上げた。


「誰から聞いた?」


「木材を売ってる奴だ。」


「そいつが言うには。」


「馬四はその後、北のほうへ行ったらしい。」


「いつ?」


「知らない。」


「今も生きている?」


「誰も知らない。」


安生はしばらく黙った。


それから言った。


「ありがとう。」


陳二は安生を見た。


「今回は、俺に探させないのか?」


安生は首を横に振った。


「いい。」


「なぜ?」


「まだ分からないから。」


「何のために、あいつを探すのか。」


「分かってからでいい。」


陳二は少し呆れた。


「事件を調べるのに。」


「そこまで先に考えるのか?」


安生はうなずいた。


「ああ。」


「自分が何を聞きたいのか分からないまま。」


「人を見つけたら。」


「自分が聞きたい答えだけを聞いてしまうかもしれない。」


陳二は安生を見つめた。


しばらく何も言わなかった。


最後に笑った。


「お前。」


「最近、だんだん学のある奴みたいな話し方になってきたな。」


安生は相手にしなかった。


ただ、机の上の帳面を手に取った。


そして外へ出た。


⸻


馬四を探す。


だが。


馬四が怪しく見えるからではない。


一つの重要な言葉を知っている可能性があるのなら。


まず本人の話を聞く。


その言葉に意味があるのかどうかは。


その後で判断すればいい。


六月十二日の時間の流れも。


少しずつ形を持ち始めていた。


そして、新しい方向が見えてきた。


梁成。


馬四。


周長順。


三人。


同じ日に。


それぞれ違う立場から。


同じ出来事に触れていた可能性がある。


ただ。


彼らが実際に何を話したのか。


それを証明できる人間は、まだいない。


だが安生には分かっていた。


次にやるべきことは。


人を探すことだった。

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