↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/110

第六十章 あの札

安生が埠頭へ戻ったころには、


もう辺りは暗くなっていた。


趙徳全はまだ帰っていなかった。


入口のところで、縄を片付けている。


安生を見ると、


少し意外そうな顔をした。


「また来たのか?」


「趙叔」


「ん?」


「周札というものを知っていますか?」


趙徳全の手が止まった。


「誰から聞いた?」


「陳家です」


趙徳全はすぐには答えなかった。


ただ、縄を脇へ置いた。


「知っている」


「何ですか?」


「荷を出す時に使う札だ」


安生が聞く。


「なぜ周札と呼ぶんです?」


「昔、周長順が管事をしていた頃から使われ始めたからだ」


「じゃあ、周長順が作ったものですか?」


「違う」


趙徳全は首を振った。


「埠頭の札だ」


「誰が管事でも使える」


安生はうなずいた。


「番号はありますか?」


「ある」


「今も残っていますか?」


趙徳全は少し笑った。


「二十年以上前のものだぞ」


「残っていると思うか?」


安生は笑わなかった。


「探したいんです」


趙徳全は安生を見る。


「見つけても、役に立つとは限らん」


「なぜです?」


「札で分かるのは」


「誰かが倉から荷を出すよう指示したことだけだ」


「その荷が誰のものだったかまでは分からない」


安生はうなずいた。


「分かっています」


「それでも探すのか?」


「少なくとも」


「誰が札を出したのかを知る手がかりにはなる」


趙徳全はしばらく黙っていた。


「なら、古い倉へ行こう」


⸻


古い倉は、


埠頭の一番奥にあった。


もう使われていない。


錠は錆びついていた。


趙徳全が鍵を回すと、


中から湿った空気が流れ出してきた。


中には古い板材が積まれていた。


古い秤。


古い縄。


そして、壊れた木箱がいくつか。


趙徳全は一番奥まで進み、


一つの戸棚を指した。


「昔、札を入れていた」


安生が戸を開ける。


中は空だった。


積もった埃だけが残っている。


「なくなったんですか?」


「あとで規則が変わった」


「それからは誰も管理しなくなった」


安生はしゃがみ込み、


戸棚の底を調べた。


隅に、一枚の古い板が残っていた。


そこには古い紙が釘で留められている。


文字はほとんど消えていたが、


いくつかの番号だけは読めた。


一。


二。


三。


四。


五。


……


十二。


安生は顔を上げた。


「これは札の番号ですか?」


「たぶんな」


「十二枚?」


「あの頃は十二枚あった」


「なぜそんなに?」


「倉が違った」


「管事も違った」


「時には貨行に貸すこともあった」


安生はさらに紙を見る。


番号の横には、


かすかに文字が残っていた。


東倉。


西倉。


貨行。


臨時。


安生は「臨時」の文字を指した。


「これは?」


「臨時の出庫だ」


「臨時とは?」


「正式な清算じゃない」


「例えば?」


「借りた荷を動かす時」


「勘定と相殺する時」


「一時的に別の倉へ移す時だ」


安生はうなずいた。


やはり。


札は最初から、


私的な勘定のためだけに使われていたわけではない。


埠頭を動かすための、


一種の簡便な証票だった。


問題は、


誰がそれを使ったのか。


なぜ使ったのか。


そこへ、また戻ってきた。


⸻


趙徳全がふと口を開いた。


「もう一つある」


「何です?」


「昔は、札ごとに」


「裏に小さな木札が付いていた」


安生が振り向く。


「木札?」


「その日に誰が受け取ったかを書く」


安生はすぐに聞いた。


「その木札は?」


「分からん」


「見たことは?」


「ある」


「その後は?」


「全部、回収された」


「どこへ?」


趙徳全は少し黙った。


「昔の帳場だ」


「許文成のところ?」


「そうだ」


安生の胸が動いた。


許文成の帳面。


六月七日から六月十五日の間だけ、


ちょうど一頁が抜けている。


⸻


二人はそれ以上話さなかった。


安生はそのまま許家へ向かった。


許蘭はもう寝ていた。


戸を叩くと、


しばらくして出てきた。


「こんな時間に?」


「すみません」


「何かあったの?」


「お父さんのことで聞きたい」


「昔、埠頭の出庫札についた木札を保管していなかった?」


許蘭は少し考えた。


「分からない」


「お父さんは木箱を持っていなかった?」


「持っていた」


「まだありますか?」


「一つある」


「見せてもらえますか?」


許蘭は少し迷った。


やがて、うなずいた。


⸻


木箱は、


以前見たものよりさらに小さかった。


中に帳面はない。


短い木札が十数本入っているだけだった。


どれも指ほどの長さしかない。


黒く変色したものもある。


途中で折れたものもある。


許蘭も驚いた。


「こんなの、今まで見たことがない」


安生はすぐには手を触れなかった。


「お父さんが残したものだと思いますか?」


「たぶん」


安生は一つずつ見る。


いくつかには刻みがあった。


一。


三。


七。


九。


そして一本。


十二。


安生の胸がわずかに動いた。


「これ」


許蘭が聞く。


「どうしたの?」


「まだ分からない」


安生は急いで結論を出さなかった。


木札を裏返す。


そこには、


ごく薄い文字が残っていた。


「六月」


その後ろは、


すでに擦れて消えている。


安生はそれを手にしたまま、


黙っていた。


もしこれが六月の十二番札についた木札なら、


少なくとも、


この札が当時記録されていたことになる。


だが、


まだ分からない。


誰が受け取ったのか。


何を持ち出したのか。


そこまでは、何も書かれていない。


⸻


その時、


許蘭がふいに言った。


「思い出した」


安生が顔を上げる。


「何を?」


「子供の頃」


「父が『十二』と書いているのを見たことがある」


「どこで?」


「あの帳面」


「どの頁?」


「六月十二日」


安生の胸が動いた。


「本当に?」


「覚えている」


「その日の夜」


「父はずっと手を拭いていた」


「手が墨だらけだった」


安生は眉を寄せた。


「何か言っていた?」


許蘭は考えた。


「言っていた」


「何と?」


「札は戻ってきた」


安生は愣然とした。


「何の札?」


「分からない」


「ほかには?」


許蘭は首を振った。


「一つだけ」


「荷が合わない」


安生は黙った。


⸻


家に戻ってからも、


安生は眠れなかった。


机の上に、


今日分かったことをすべて並べた。


古い倉。


十二枚の出庫札。


それぞれについた木札。


木札は帳場で保管されていた。


許文成の帳面。


六月十二日の頁の欠落。


そして許蘭の記憶。


「札は戻ってきた」


「荷が合わない」


安生はその二つの言葉を見つめた。


もし札が戻ってきたのなら、


出庫の手続き自体は終わったことになる。


だが、


荷が合わない。


つまり、


札が返されたことと、


荷の勘定が合っていることは、


別の話だった。


そう考えると、


六月十二日に本当に問題だったのは、


「誰が札を持っていったのか」


ではないのかもしれない。


札を使って荷を出したあと、


その荷が、


いったいどこへ行ったのか。


安生はさらに、


陳家の老人の言葉を思い出した。


最初に布を届けたのは、


若い男だった。


二度目は、


中年の男だった。


二人とも、


「埠頭から届けるよう言われた」


と言っていた。


もし二人が別々の札を持っていたのなら、


話はさらに変わってくる。


少なくとも、


二度の出庫があった可能性がある。


そして、


周長順の三石の米の勘定も、


後になって一つにまとめて計算されたものかもしれない。


⸻


翌日。


安生はもう一度、陳家を訪ねた。


「陳叔」


「また来たのか?」


「聞きたいことがあります」


「二人の布の届け人です」


「札を持っていましたか?」


老人はうなずいた。


「持っていた」


「同じ札ですか?」


「一枚?」


「それとも二枚?」


老人は考えた。


「二枚だったと思う」


安生が聞いた。


「なぜ覚えているんです?」


「弟が言っていた」


「二枚の札は、同じ倉のものじゃない、と」


安生はすぐに聞いた。


「どういう意味です?」


「一枚は東倉」


「もう一枚は」


「たしか、臨時倉だ」


安生は黙った。


もしそうなら、


六月十二日と六月十四日の二度の相殺は、


それぞれ別の出庫手続きを通っていた可能性がある。


だが、


それでもまだ、


二つの荷が六月六日の十二包と同じものだとは証明できない。


⸻


安生は尋ねた。


「弟さんは札の番号を記録していませんでしたか?」


老人は首を振った。


「ない」


「ほかには何か言っていましたか?」


「一つ、言っていた言葉がある」


「何です?」


「沈」


安生が顔を上げる。


「また沈ですか?」


「ああ」


「何と言っていた?」


「沈家の荷だ、と」


「どうして、二つの倉から出たんだろう、と」


安生は黙った。


この言葉は、


「周札」という名前より重要だった。


もし本当に沈記の荷が、


別々の倉から出されていたのなら、


六月六日の十二包は、


六月十二日前後にはすでに、


別々に扱われていた可能性がある。


そうなら、


「十二包」という数字そのものが、


その時点から意味を失っていたかもしれない。


安生は戸口に立ち、


通りを行き交う人々を見た。


ここまで調べてきて、


本当に足りなかったのは、


一人の人間の名前ではなかったのかもしれない。


当時の人々は、


今のようなやり方で物事を記録していなかった。


荷が来た。


荷が出た。


勘定が清算された。


札が戻った。


それで仕事は終わった。


だが二十年以上が過ぎ、


当時の人間がほとんどいなくなった今、


それだけで十分だった記録が、


かえって何も完全には証明できなくなっていた。


⸻


夜。


安生は机に戻った。


六月十二日の下に、


もう一行を書き加えた。


「札は戻った」


そして、


「荷が合っているとは限らない」


と書いた。


しばらく考えてから、


最後にこう付け足した。


「次に調べるのは、札に対応する倉。人ではない。」


安生は筆を置いた。


今度は、


周長順の後を追う必要はなかった。


まず確かめるべきなのは、


六月十二日と六月十四日の二度の出庫が、


いったいどの二つの倉から行われたのか。


倉が対応すれば、


これまでのいくつかの記録も、


ようやく一つずつ、


つながるかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。