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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第五章 波止場の人

空がようやく白み始めた頃、安生は目を覚ました。


庭では、もう人の気配がしていた。


母親が井戸から水を汲んで戻ってくる。


桶の中の水が歩くたびに揺れ、少しずつこぼれて、青石の上に濃い跡を残していた。


安生は寝返りを打った。


もう少し眠っていようと思った。


「安生。」


母親が戸口から呼んだ。


「うん。」


「起きたなら、お父さんの様子を見ておいで。」


安生は身を起こした。


「どうしたの?」


「昨夜、また腰が痛んだのよ。」


安生は服を着て外へ出た。


父親はすでに庭に座っていた。


背中を壁に預け、片手で腰を押さえている。


「父さん。」


「起きたか。」


「うん。」


「何か食べて、俺と一緒に波止場へ行ってくれ。」


安生は父親を見た。


「腰、まだ痛いんだろ。何しに行くの?」


「荷が何袋かある。」


「人にやってもらえばいい。」


父親は笑った。


「みんな俺のために暇してるわけじゃない。」


安生は何も言わなかった。


母親が卓の上に焼き餅を二つ置いた。


「二人とも、朝から言い合わないの。安生、お父さんについて行って、重いものは持たせないで。」


父親が母親を睨む。


「俺はまだ使いものにならんわけじゃないぞ。」


「誰もそんなこと言ってないでしょう。」


「その言い方が、そういう意味なんだ。」


母親は相手にしなかった。


安生は焼き餅を一つ手に取り、かじった。


「行こう。」


父親が安生を見る。


「今日はずいぶん素直だな。」


「午後に用がある。」


「それなら、なおさら行くのか?」


「ついでだから。」


父親が小さく笑った。


「お前ってやつは。」


二人は家を出た。


朝の通りには、まだ人影が少ない。


野菜売りはすでに店を広げ、荷を担いだ男たちが何人か二人の横を通り過ぎていく。


通りの角まで来たところで、安生はふと思い出した。


「父さん。」


「ん?」


「兄ちゃん、いつ帰ってくる?」


「母さんから聞いてないのか?」


「聞いた。忘れた。」


「明後日だ。」


安生は頷いた。


「今回はどのくらいいる?」


「分からん。」


「また木工の仕事に戻るんだろ?」


「ああ。」


父親はそう言ってから、少し間を置いた。


「ばあさんの誕生日だからな。」


「ああ。」


安生は俯いて歩いた。


子供の頃は、兄が帰ってくるのが好きだった。


ただ、二人とも年を重ねるにつれて、話すことは少なくなった。


安平は昔、安生の代わりに叱られてくれた。


隠していた飴を分けてくれたこともある。


それでも安生の記憶に一番強く残っているのは、父親が兄を褒めるときの言葉だった。


「兄ちゃんを見てみろ。」


子供の頃、何度も聞いた。


何度も聞かされているうちに、聞きたくなくなった。


波止場は、もう忙しくなっていた。


川沿いには貨物船が何艘か停まっている。


船の上では、男たちが麻袋を一つずつ岸へ運んでいた。


父親が、年頃の近い男に声をかける。


「来たか。」


「ああ。」


男は安生を見る。


「こいつが、お前んところの息子か?」


「ああ。」


「安生っていうんだろ?」


安生は頷いた。


「聞いたぞ。今は町の南でぶらぶらしてるそうじゃないか。」


そばにいた何人かが笑った。


父親の笑顔が少し消えた。


「若いんだ。まだ、まともな仕事も決まってないだけだ。」


安生は眉を寄せた。


「俺がまともな仕事してないって――」


父親が振り返る。


「余計なこと言うな。」


安生は口を閉じた。


男もそれ以上は言わず、船の荷を指差した。


「今日はまず、これを運ぶ。」


安生が近づく。


最初の一袋を担いだときは、さほど重いとは思わなかった。


二袋目も、まだ平気だった。


三袋目になると、肩が少しずつ痛み始めた。


父親が手を伸ばす。


「俺が持つ。」


「いい。」


「無理するな。」


「いいって。」


安生は麻袋を肩に担ぎ直した。


父親はそれ以上言わなかった。


そばにいた男が一度安生を見る。


「若いんだから、こいつにやらせりゃいい。」


父親は何も言わなかった。


昼近くになって、ようやく荷を全部運び終えた。


安生は岸辺に座って手を洗った。


川の水は冷たかった。


掌を見ると、少し皮が擦れている。


父親が隣に腰を下ろした。


「痛むか?」


「痛くない。」


「母さんに似たな。」


安生が笑った。


「母さんがどうした?」


「何でもないって言うところだ。」


父親はそう言って、腰に手を当てた。


安生はそれを見た。


「本当は、かなり痛いんじゃないのか?」


「大したことない。」


「嘘だろ。」


父親が安生を見る。


「お前も人のことを気にするようになったか。」


安生は何も言わなかった。


しばらくして、父親が立ち上がる。


「行くぞ。」


二人が帰ろうとしたとき、さっきの男が後ろから安生を呼び止めた。


「安生。」


安生が振り返る。


男が布切れを差し出した。


「手、擦れてるだろ。これで拭け。」


「ありがとう。」


「いいって。」


数歩歩いてから、安生はもう一度振り返った。


男はすでに背を向け、別の荷を運んでいた。


父親が尋ねる。


「知り合いか?」


「知らない。」


「あいつは趙徳全っていう。」


安生は「ああ」とだけ答えた。


「これから波止場に来るなら、あいつとは揉めるなよ。」


「なんで俺が揉めるんだよ。」


「お前は、あの性格だからな。」


父親が首を振る。


「気に入らないことがあると、すぐ言い返す。」


安生は反論しなかった。


父親の言う通りだった。


帰り道、安生がふと思ったように尋ねた。


「父さん、昔からあの人と一緒に働いてたの?」


「若い頃にな。何年か一緒だった。」


「仲がよかった?」


「そこまでじゃない。」


父親は少し考えた。


「みんな波止場で食ってたんだ。長く顔を合わせてりゃ、自然と知り合いになる。」


安生は、それ以上聞かなかった。


家に戻ると、母親がすでに昼飯を用意していた。


安生の手を見るなり、母親が言った。


「重いものを持つなって言ったでしょう。」


「これくらい、何でもない。」


母親は安生の手を取った。


「動かさないで。」


安生は最初、手を引こうとした。


だが、母親が俯いたまま傷を見ているのを見て、黙って手を預けた。


「お父さんは?」


「後から来る。」


「腰は痛がってなかった?」


「分からない。」


母親が顔を上げる。


「聞かなかったの?」


「聞いた。痛くないって。」


母親はため息をついた。


「ほんとに、あんたたちは……」


その先は言わなかった。


昼飯の途中で、安生がふと思い出して尋ねた。


「母さん。兄ちゃんが帰ってきたら、どこで寝るの?」


「家に決まってるでしょう。」


「じゃあ、俺の部屋は?」


「東の部屋へ移って。」


安生の箸が止まった。


「なんで俺が移るんだ?」


「兄ちゃんは、めったに帰ってこないんだから。」


「俺だって、あんたの息子だろ。」


母親が安生を睨む。


「何言ってるの。」


安生は俯いて、また飯を食べ始めた。


しばらくして、また聞く。


「兄ちゃん、帰ってきたらばあちゃんのところにも行くの?」


「当たり前でしょう。」


「じゃあ、俺も行くのか?」


「行かないの?」


「行く。」


母親が笑った。


「それならいい。」


午後、安生は家を出た。


陳二と趙順が通りの角で待っていた。


陳二は安生を見るなり言った。


「ずいぶん遅かったな。」


「波止場に行ってた。」


「また?」


「父さんと一緒に。」


陳二が安生の手を見る。


「働いてきたのか?」


「ああ。」


「本当に働くんだな。」


安生が陳二を見る。


「何だよ。」


「いや、別に。」


陳二は道端の小石を蹴った。


「町の南の話、やるのか?」


「やる。」


「いつ?」


「今。」


隣にいた趙順が笑った。


「それでこそ安哥だ。」


三人は並んで南の町へ向かった。


途中で、陳二がふと思い出したように言った。


「あ、そうだ。」


「何だ?」


「この前の魚売りが、またお前はいつ来るのかって聞いてた。」


安生の足が少し緩んだ。


「俺に何の用だ?」


「決まってるだろ。」


陳二が笑った。


「借りた金をまだ返してないからだよ。」


安生は何も言わなかった。


数日前、金を取り立てに行ったときのことを思い出した。


魚を並べた台の向こうで、男はずっと俯いていた。


あのとき安生は言った。


「あと三日だ。」


今日は、その二日目だった。


安生はまた歩き出した。


「行こう。」


陳二が後をついてくる。


だが、趙順だけが一度、通りの入口を振り返った。


「安生。」


「ん?」


「さっき、誰かお前を探してなかったか?」


安生も振り返った。


通りには人が行き交っている。


見覚えのある顔はなかった。


「誰が?」


「よく見えなかった。」


安生はしばらく通りの入口を見ていた。


「まあ、いい。」


三人はそのまま南へ向かった。


誰も、そのことを気に留めなかった。


三人が去ったあと。


通り角の布屋の脇に、一人の若い男がしばらく立っていた。


やがて、男は背を向けた。


手には空の籠が一つ。


その底には、くしゃくしゃに丸められた紙が押し込まれていた。


そこには、二つの文字だけが書かれていた。


安生。

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