第四十六章 二包の行方
翌日。
安生は波止場の倉庫へ向かった。
まず、老梁を訪ねた。
「老梁。」
「また来たのか?」
「六月六日の、あの二包の布について聞きたい。」
老人は安生を一目見る。
「本当に、そこまで調べてきたか。」
「この二包が、そのあとどこへ行ったのか知りたい。」
老梁は少し考えた。
「倉庫に入った。」
「どの倉庫?」
「東倉だ。」
「そのあと?」
「出たはずだ。」
「いつです?」
「そこまでは覚えてない。」
安生は急かさなかった。
ただ、紙を取り出した。
「これを見てください。」
「六月六日、布十二包。そのうち二包が未検品。」
「六月七日、数量未確認。」
「この二包が、そのあと出庫したのか確かめたいんです。」
老梁は紙を受け取った。
長いあいだ眺めていた。
「当時の出庫伝票は、俺のところにはない。」
「どこにあります?」
「波止場の帳場だろう。」
「今も残ってますか?」
「分からん。」
安生は頷いた。
「じゃあ、覚えていることだけ教えてください。」
老人は笑った。
「二十年以上前のことだ。」
「これだけ覚えていれば、十分だろう。」
安生も少し笑った。
「覚えていることだけでいいです。」
老人はしばらく黙っていた。
「俺が覚えているのは、その二包が一度開けられたことだ。」
「いつです?」
「六日の翌日だ。」
安生はすぐに顔を上げた。
「どうして?」
「検品するという話だった。」
「誰が?」
「沈川だ。」
「検品したんですか?」
「そこまでは分からん。」
「どうして?」
「お前が川に落ちてから、波止場はめちゃくちゃになった。」
老梁は続けた。
「そのあと、あの二包は別の場所へ運ばれた。」
「どこへ?」
「西倉だ。」
安生は眉を寄せた。
「誰が運んだ?」
「何人かで一緒に。」
「記録はありますか?」
「あるはずだ。」
「誰が署名した?」
「それは本当に覚えてない。」
⸻
安生は西倉へ向かった。
そこは今では穀物倉になっていた。
現在の管理人たちに聞いても、二十年以上前のことを知る者はいなかった。
最後は趙徳全に頼み、古い倉庫配置図を一枚見つけてもらった。
「昔は、東倉と西倉のあいだに細い通路があった。」
「荷物を一時的に動かすことは、よくあった。」
安生は図を見ながら尋ねた。
「東倉から西倉へ移す場合。」
「記録は必要ですか?」
「普通なら必要だ。」
「もし記録されていなかったら?」
趙徳全は安生を見る。
「記録漏れだ。」
「記録漏れがあると?」
「何の荷かによる。」
「高価な荷だったら?」
「あとで帳面が合わなくなる。」
安生は頷いた。
さらに聞く。
「二包の布が開けられていたら?」
「余計に合わなくなるかもしれん。」
「どうして?」
「最初は二包で一つの荷として扱える。」
「だが、開けてしまえば。」
「一反一反が、ほかの荷と混ざることがある。」
「帳場が包数だけで記録していたら。」
「あとが面倒になる。」
安生は黙って俯いた。
その言葉を聞いて、ふと別のことを思い出した。
六十両の荷も、二度に分かれて届いていた。
そして六月六日には、十二包の布が入ってきた。
そのうち二包は未検品だった。
もし二つの荷が倉庫の中で混ざっていたとしたら。
その後の帳簿の食い違いは。
必ずしも盗難から生じたとは限らない。
受け渡しの過程で生じた可能性もある。
⸻
「趙叔。」
「ん?」
「昔の波止場では、別々の船から来た荷物を同じ場所に置くことはありましたか?」
「ある。」
「どうして?」
「場所を空けるためだ。」
「じゃあ、どうやって区別する?」
「印を見る。」
「その印が取れたら?」
「面倒なことになる。」
安生は頷いた。
「誰かが新しく印をつけることは?」
「ある。」
「誰が?」
「その日に手が空いてる者だ。」
安生は、それ以上聞かなかった。
ふと。
この事件は、自分が思っていたよりもずっと普通のことから始まったのではないかと思った。
そして。
だからこそ、厄介だった。
一人がこっそり八十両を持ち去った。
そんな単純な話ではないのかもしれない。
誰かが先に金を受け取る。
誰かが荷物を運ぶ。
誰かが帳面につける。
誰かが検品する。
誰かが一時的に別の倉庫へ移す。
そして後になって、誰かが帳面を整理する。
一人ひとりにしてみれば。
自分は一つの作業をしただけだった。
その小さな作業がいくつも重なった。
最後に残ったのが。
誰にも説明できない一つの古い数字だった。
八十両。
⸻
午後。
安生は再び許蘭を訪ねた。
「お父さんは、昔『東倉』とか『西倉』と書いたことがありますか?」
許蘭は少し考えた。
「分からない。」
「もう一度、残っているものを見せてもらえますか?」
許蘭は断らなかった。
小さな帳面を取り出す。
二人で一緒にページをめくる。
後ろのほうに。
一枚、破り取られたページがあった。
その横に、途中まで残った文章がある。
「二包、先に……」
その先はない。
安生は手を止めた。
「いつ書いたものです?」
「分からない。」
「お父さんは何か言っていましたか?」
「何も。」
安生は、その紙に触れなかった。
ただ見つめる。
「二包、先に……」
先に検品したのかもしれない。
先に移したのかもしれない。
先に記録したのかもしれない。
何一つ、確かめられない。
安生は別の紙に、考えられる可能性を書き出した。
そして、すべて線を引いて消した。
最後に残したのは。
「二包、先に……」――原文が欠けており、判断できない。
許蘭が安生を見る。
「今は、これも想像しないんだね。」
安生は首を振った。
「想像しても、本当のことにはならないから。」
許蘭は少し笑った。
「前は違ったのに。」
「前は?」
「一つ聞いただけで。」
「その先で何が起きたのか、すぐ決めつけてた。」
安生も笑った。
「今になって分かった。」
「その先で、何も起きていないこともある。」
⸻
許家を出たあと。
安生はすぐには家へ戻らなかった。
周明貴の魚屋へ向かった。
周明貴は網を片づけていた。
安生を見ると、笑って言った。
「今日は帳面を調べに来たのか?」
「今日はあんたの帳面じゃない。」
「じゃあ、何だ?」
安生は腰を下ろした。
「ちょっと聞きたい。」
「昔、こういうことはなかった?」
「荷物は届いた。」
「でも、最後まで帳面が合わなかった。」
周明貴は考えることもなく答えた。
「もちろんある。」
「どうした?」
「もう一度、数える。」
「数えても分からなかったら?」
「別の人間を呼ぶ。」
「それでも分からなかったら?」
周明貴は笑った。
「諦める。」
安生は聞いた。
「誰が?」
周明貴は一瞬、言葉に詰まった。
「誰が担当していたかによる。」
安生は頷く。
「もし、誰も担当していなかったら?」
周明貴は首を振った。
「じゃあ、誰も責任を取らん。」
その言葉は、ごく普通のものだった。
だが。
安生は長いあいだ黙っていた。
二十三年前も。
もしかすると、同じだったのかもしれない。
金を受け取る人がいた。
荷物を運ぶ人がいた。
帳面をつける人がいた。
検品する人がいた。
だが、六月七日。
検品を担当していた人間が死んだ。
帳面をつけていた人間は、その後病気になった。
帳面を整理した人間は、いくつかの勘定を一つにまとめた。
最後に残ったのは。
八十両という数字だった。
だが。
それを誰が負うべきなのか。
もう誰にも分からなくなっていた。
⸻
夜。
安生は家に戻った。
その日のうちに分かったことを、すべて書き出した。
六月六日。
布十二包が波止場に到着。
二包は未検品。
すべて東倉へ入った。
周長順が来ていた。
荷物の最終検品は終わっていない。
六月七日。
沈川が検品する予定だった。
安生、川へ落ちる。
沈川、死亡。
その後、二包の荷物は西倉へ移された可能性がある。
具体的な時間、人物、数量は未確認。
安生は少し手を止めた。
そして、その下に書く。
現時点では、二包の布が誰かに持ち去られたことを示す証拠はない。
また、その後、二包が完全に帳面と照合されたことを示す証拠もない。
書き終える。
安生は筆を置いた。
窓の外は静かだった。
ふと、別の可能性が浮かんだ。
もし。
あの二包の布が最後まで見つからなかったのだとしたら。
二十両は、現金が持ち去られたという意味ではないのかもしれない。
荷物の価値が、最後まで確定しなかった。
その荷物が、その後ほかの誰かに渡ったのなら。
また別の問題が生まれる。
誰が受け取ったのか。
安生は顔を上げた。
興奮したわけではない。
何かをつかんだとも思わなかった。
ただ、その問いを書き留める。
その横に、もう一行を加えた。
まず、出庫記録を探す。
今回は。
「誰が持っていったのか」とは書かなかった。
ただ。
誰が署名したのか。
とだけ書いた。
安生は、少しずつ分かり始めていた。
古い勘定を調べるとき。
最初にするべきなのは、悪い人間を探すことではない。
一人ひとりが、実際に何をしたのか。
それを、一つずつ切り分けることだ。
そうして初めて。
最後に残った責任が。
また一つの曖昧な数字に押し込められることを防げる。




