第四十五章 二包の荷
翌日。
安生は波止場へ向かった。
まず、趙徳全を訪ねた。
「趙叔。」
「また何かあったのか?」
「六月六日の荷物の伝票を見たい。」
趙徳全は安生を見る。
「何のためだ?」
「一つ、確かめたい荷物がある。」
「何の荷だ?」
「布です。」
趙徳全は少し考えた。
「老梁を訪ねてみろ。」
「誰です?」
「昔、船荷の登録をしていた男だ。」
「今もいる?」
「河東に住んでる。」
安生は礼を言った。
「助かります。」
趙徳全は手を振った。
「行ってこい。」
⸻
老梁の住む家は、大きくなかった。
庭には古い木箱がいくつか積まれている。
安生が来た理由を話すと。
老人はすぐには断らなかった。
ただ、尋ねた。
「お前、安順河の息子か?」
「はい。」
「親父さんは元気か?」
「元気です。」
老梁は頷いた。
「入れ。」
部屋の中には古い机が一つあった。
机の上には、すでに黒ずんだ帳面が何冊か置かれている。
安生は目を向けた。
「昔のものですか?」
「もう使い道はない。」
「まだ読めますか?」
「読めるなら読めばいい。」
老梁は棚から一冊取り出した。
六月のところまでめくる。
「何日だ?」
「六月六日です。」
老人は何ページかめくった。
そして、一枚のところで手を止めた。
「これだ。」
安生は受け取った。
そこには、こう書かれていた。
六月六日。
永順。
布十二包。
南貨三十六匹。
その下に、小さな字がある。
うち二包、未検品。
安生は顔を上げた。
「誰が書いたんです?」
「俺だ。」
「自分で見た?」
「船が着いたとき、そこにいた。」
「十二包、全部荷下ろししたんですか?」
「した。」
「じゃあ、どうして二包だけ未検品?」
老梁は安生を見る。
「外の縄が緩んでいた。」
「中まで数えなかった。」
安生は頷いた。
「その二包は、あとで検品したんですか?」
「覚えてない。」
「記録は残しましたか?」
「検品したなら、あとで書き足すはずだ。」
「ここにはない。」
「なら、書き足してないんだろう。」
安生は、すぐには何も言わなかった。
もう一度、記録を見る。
十二包。
そのうち二包が未検品。
六月七日の、
「荷物は届いたが、数量はまだ確認できていない」
という記録と、一部がつながった。
少なくとも。
六月六日に、布の荷物が実際に入ってきたことは確かだった。
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「老梁。」
「ん?」
「この荷物はいくらだったんですか?」
老人は首を振る。
「船荷の記録には、値段までは書かない。」
「じゃあ、どうして二十両だと分かるんです?」
「分からん。」
安生は頷いた。
さらに聞く。
「この荷物を運んできたのは?」
「永順だ。」
「船主は?」
「馬という姓だった。」
「馬、何という人です?」
「馬徳順。」
安生は書き留めた。
「荷物を受け取ったのは?」
老梁は考える。
「波止場の者だ。」
「具体的には?」
「そこまでは覚えてない。」
安生は無理に聞かなかった。
「周長順は?」
老梁が顔を上げる。
「どうして周長順を知ってる?」
「古い帳面に名前があった。」
「あいつなら来た。」
「いつ?」
「午後だ。」
「荷物を見に?」
「見た。」
「検品した?」
「してない。」
安生は一瞬、言葉を失った。
「どうして?」
「先に倉庫へ入れろと言った。」
「誰が?」
「周長順だ。」
安生は黙った。
「じゃあ、未検品の二包は?」
「それも中へ入れた。」
「そのあと、誰が検品することになった?」
「沈川だ。」
老梁は言った。
「翌日に見ると言っていた。」
安生の指がわずかに強く握られた。
「間違いない?」
「間違いない。」
「どうして覚えてるんです?」
「俺が、その場で聞いたからだ。」
「沈川は、翌朝に数えると言った。」
⸻
安生は目を伏せた。
六月六日。
永順が着いた。
布十二包。
二包は未検品。
午後、周長順が来た。
荷物はすべて倉庫へ入った。
沈川は翌朝に検品すると言った。
六月七日。
沈川は検品するつもりだった。
そのあと、安生が川へ落ちた。
沈川が死亡した。
安生は、ふと気づいた。
あの二包は。
最後まで正式な検品を受ける機会がなかったのかもしれない。
⸻
「老梁。」
「まだあるか?」
「六月六日。」
「周長順は『もう受け取った』と言いましたか?」
老梁は眉を寄せた。
「そうじゃない。」
「じゃあ、何と?」
「荷物はもう倉庫に入れた、と言った。」
「『受け取った』とは違う?」
「ああ。」
「どう違うんです?」
老梁は安生を見る。
「もちろん違う。」
「荷物を倉庫に入れるのは、運び込んだということだ。」
「荷物を受け取ったというのは、誰かが確認したということだ。」
「確認していないなら、全部受け取ったことにはならない。」
安生は頷いた。
「じゃあ、帳場ではどう書く?」
「誰が報告したかによる。」
「周長順が、倉庫に入ったと言ったら?」
「許文成は?」
老梁は首を振った。
「帳場には帳場の決まりがある。」
「検品が終わっていない荷物を、普通はそのまま受取済みとは書かない。」
安生は何も言わなかった。
ようやく。
これまで食い違って見えた記録が、一つの場所に並び始めた。
周長順は言った。
届いた。
許文成は書いた。
未収。
二人は、必ずしも正反対のことを言っていたわけではない。
周長順が言っていたのは。
荷物は、すでに倉庫へ入っているということ。
許文成が記したのは。
まだ検品が終わっていないということ。
⸻
帰る前。
安生はもう一つ聞いた。
「老梁。」
「何だ?」
「六月七日。」
「沈川は、本当に朝から検品するつもりだった?」
「ああ。」
「行った?」
老人は少し黙った。
「行った。」
「自分で見た?」
「見た。」
「何時頃?」
「空が明るくなったばかりだった。」
「そのあと?」
「川で事故が起きた。」
安生は頷いた。
それ以上は聞かなかった。
⸻
家に戻ると。
安生は、新しく分かったことを書き出した。
六月六日。
永順、到着。
布十二包。
二包、未検品。
午後、周長順が来た。
荷物はすべて倉庫へ入った。
沈川、翌日に検品すると言った。
六月七日。
沈川、検品する予定だった。
その後、安生が川へ落ちる。
沈川、死亡。
最終的な検品は完了しなかった。
安生は、その文字を長いあいだ見つめていた。
やがて、最後に一行を書いた。
「八十両」は、ある一日に突然消えた金ではないのかもしれない。
そこで止まる。
少し考えてから、その一文を線で消した。
代わりに書き直す。
「八十両」がどのように形成されたのかは、まだ確認できていない。
安平が戸口から入ってきた。
「何か分かったか?」
「少し。」
安生は船荷の記録を渡した。
安平は読み終える。
「じゃあ、周長順は嘘をついてなかったのか?」
「今のところ、そうとは言えない。」
「どうして?」
「分かっているのは、周長順が荷物が倉庫へ入ったのを見ていたことだけだ。」
「その時点で、全部検品済みだと思っていたかどうかは分からない。」
安平は頷いた。
「じゃあ、許文成も嘘をついてない?」
「それも、まだ言えない。」
「どうして?」
「『未収』が、検品が終わっていないという意味だったのかもしれない。」
「二包の数をまだ確認していなかったのかもしれない。」
「あるいは、別の勘定のことだった可能性もある。」
安平は安生を見る。
「お前、ずいぶん慎重になったな。」
安生は少し笑った。
「昔の俺は。」
「二人の言ってることが違ったら。」
「どっちかが嘘をついてると思ってた。」
「今は?」
「今は。」
「立っている場所が違えば、見えているものも違うんだと思う。」
安平は何も言わなかった。
⸻
夜。
安生は、もう一度あの古い紙を取り出した。
六月六日。
二十両、未収。
その横に。
周長順は、届いたと言っていた。
今なら分かる。
「届いた」と「未収」のあいだに。
必ずしも矛盾があるわけではない。
だが。
だからこそ、問題は大きくなった。
もし荷物が倉庫へ入っただけなら。
なぜ、そのあと二十両という勘定が生まれたのか。
この二十両は、あの二包の荷物と対応しているのか。
誰が、その二包に二十両という値をつけたのか。
誰が、それを二十両の勘定として結びつけたのか。
そして、一番大事なのは。
六月六日以後。
あの二包が、最後にどこへ行ったのか。
安生は筆を取った。
最後の問いを、紙に書く。
あの二包は、そのあとどこへ行ったのか。
書き終えると、しばらく動かなかった。
帳面を続けて調べることもしなかった。
ただ、紙を折った。
今度は、次に調べるものが分かっている。
人を探すのではない。
誰が怪しいのかを聞くのでもない。
あの二包を探す。
荷物が記録の中に残っている限り。
この話は、まだ先へ進める。




