↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/110

第三十八章 受け取った者

安生は古い船の記録を家へ持ち帰った。


夕食を済ませると、


また紙を机の上に広げた。


六月三日。


六月六日。


六月七日。


三つの日付を丸で囲む。


安平が隣に座っている。


「今、一番知りたいのは何だ?」


安生は少し考えた。


「誰が荷を受け取ったのか。」


「どうして?」


「孫福は、金を波止場まで届けたと言った。」


「父さんは、荷が全部揃っていなかったと言った。」


「許文成の紙には、『未収』とある。」


安生は、その二文字を指した。


「でも、この『未収』は、いったい誰が受け取っていないという意味なのか。」


安平はうなずいた。


「そこを確かめないとな。」


⸻


翌朝。


安生は波止場へ向かった。


趙徳全が木箱を運んでいる。


安生を見ると、笑った。


「また来たか。」


「ああ。」


「今度は何を調べる?」


「昔、誰が荷を検査していたのか。」


趙徳全は手にしていた縄を置いた。


「どうしてそんなことを聞く?」


「帳簿が合わない。」


趙徳全は安生をしばらく見た。


「父さんに調べろと言われたのか?」


「違う。」


「じゃあ、自分で調べてる?」


「ああ。」


趙徳全はそれ以上聞かなかった。


近くに腰を下ろす。


「昔、荷を検査するのは一人じゃなかった。」


安生も座った。


「何人?」


「荷を見る者。」


「金を見る者。」


「帳簿をつける者。」


「場合によっては、船のことを見る者もいた。」


「そんなに?」


「波止場の仕事は、もともと一人で全部できるものじゃない。」


趙徳全は考えながら続けた。


「周長順は金を見ていた。」


「許文成が帳簿をつけていた。」


「沈川は主に荷を見ていた。」


「船のことは、船頭が報告するのが普通だった。」


安生は眉を寄せる。


「じゃあ、最後に『荷が届いた』と言うのは誰?」


「沈川だ。」


「確か?」


「俺の記憶ではな。」


「もし沈川が、荷は届いていないと言ったら?」


「帳場は『未収』と記す。」


安生は紙に目を落とす。


「じゃあ、周長順が『届いた』と言ったら?」


趙徳全は少し黙った。


「そのときは、あいつが何を見て言ったのかによる。」


「どういうこと?」


「金が届いたからといって、荷が届いたことにはならない。」


「荷が届いたからといって、金が届いたことにもならない。」


「だから、昔はそこが一番面倒だった。」


安生は黙った。


ようやく分かった気がした。


今まで人々が言っていた「受け取った」は、


そもそも同じ意味ではなかったのだ。


⸻


「じゃあ、六月六日は?」


趙徳全が尋ねた。


「どうして急にその日を?」


「船の記録に、一隻載っている。」


安生は古い帳面を取り出した。


「六月六日の午後まで出なかった船だ。」


趙徳全は受け取って目を通した。


「この船なら覚えている。」


「名前は?」


趙徳全は、その行を指した。


「永順。」


「何を運んでいた?」


「布だ。」


安生はすぐに顔を上げた。


「六十両の荷?」


趙徳全は首を振った。


「分からない。」


「どうして?」


「その頃、南から来る布は多かった。」


「同じ船が、一つの家の荷だけを運んでいたとも限らない。」


安生はうなずいた。


「六月七日は?」


「それも布だった。」


「同じ荷?」


「そこまでは言えない。」


安生は、それ以上聞かなかった。


船の記録を紙に写す。


それから尋ねた。


「当時、六月六日に波止場にいたのは?」


趙徳全は長いこと考えた。


「六日の午前なら、俺はいた。」


「周長順もいた。」


「許文成もいた。」


「沈川は……」


そこで言葉を止める。


「たぶん、いた。」


「たぶん?」


「その日の午後、俺は米を運んでいたからな。」


「最後までは見ていない。」


安生はうなずいた。


「分かった。」


⸻


午後。


安生は孫記へ向かった。


孫福は店の中で棚を整理している。


安生を見ると、以前のように避けることはなかった。


「何か分かったか?」


「まだだ。」


安生は紙をカウンターに置く。


「一つ聞きたい。」


「何だ?」


「六十両を届けたとき、誰が受け取った?」


孫福は一瞬、戸惑った。


「前にも言っただろ?」


「波止場へ届けたとは聞いた。」


「今、聞いてるのは、誰が受け取ったかだ。」


孫福は黙った。


長いことしてから、言った。


「帳場だ。」


「許文成?」


「それが許文成だったかは、分からない。」


「見なかった?」


「人は見た。」


「誰だった?」


孫福は首を振った。


「昔のことだ。」


安生は急かさなかった。


「じゃあ、何を覚えてる?」


孫福は少し考えた。


「その人は、まず金を見た。」


「それから、荷はいつ届くのかと聞いた。」


「何て答えた?」


「もう向かっていると答えた。」


「それから?」


「金を渡してくれと言われた。」


安生は尋ねる。


「その人は何か書いた?」


孫福はうなずいた。


「たぶん、書いた。」


「何を?」


「分からない。」


「名前は?」


「分からない。」


安生は孫福を見る。


「本当に覚えてない?」


孫福は少し苛立ったように言った。


「安生、何年経ったと思ってる?」


「俺は帳場の人間じゃない。」


「頼まれたものを届けただけだ。」


安生はうなずいた。


「分かってる。」


「だから、字を一つ一つ覚えているかと聞いてるんじゃない。」


「金を誰かに渡したところを、自分の目で見たのかを聞いてる。」


孫福は黙った。


今度は、すぐに答えなかった。


しばらくしてから言った。


「見た。」


「誰?」


「許文成だ。」


安生は言葉を失った。


「確か?」


「今なら、そう言える。」


「さっきは、分からないって言った。」


孫福は安生を見る。


「自分の記憶が間違っているのが怖かった。」


安生は責めなかった。


「じゃあ、どうして今は確かだと思う?」


孫福は、机の上の古い紙を指した。


「これだ。」


「どういうこと?」


「この『許』という字。」


「昔、見たことがある。」


「金を渡したあと、あの人がそこに書いた。」


安生は紙を持ち上げる。


「じゃあ、この紙を書いたのも許文成?」


「たぶん。」


「さっき、字については分からないと言った。」


「字そのものは、確かめられない。」


孫福は言った。


「でも、あのとき許文成がそこにいたことは覚えている。」


安生はゆっくりとうなずいた。


これだった。


自分が欲しかったのは、


「たぶん」という言葉ではない。


実際に起きた一つの出来事だった。


⸻


「じゃあ、六月六日は?」


安生が聞く。


孫福は首を振った。


「俺はいなかった。」


「誰が荷を運んだ?」


「俺じゃない。」


「誰?」


「本当に分からない。」


安生は紙をしまった。


「ありがとう。」


孫福が安生を見る。


「お前、今調べてるのは、誰が金を盗んだか知りたいからか?」


安生は足を止めた。


「まだ分からない。」


「じゃあ、何を調べてる?」


安生は少し考えた。


「まず、何が起きたのかを知りたい。」


孫福は少し笑った。


「お前の父さんも、昔そう言ってた。」


安生が振り返る。


「父さんが?」


「ああ。」


「俺のところへ来たときも、何度も聞いていた。」


「誰が届けた。」


「誰が受け取った。」


「いつ届いた。」


「誰が書いた。」


孫福は、また棚の整理を始めた。


「当時は、面倒な人だと思った。」


「今になって考えると。」


「聞き方は間違ってなかった。」


⸻


夕方。


安生は家へ戻った。


安順河は庭に座っていた。


安生は回りくどいことを言わなかった。


「父さん。」


「どうした?」


「六月三日の六十両。」


「許文成が自分で受け取ったのか?」


安順河が顔を上げた。


表情が、少し変わる。


「誰から聞いた?」


「孫福。」


安順河は黙った。


「たぶん、そうだ。」


「たぶん?」


「俺は直接見ていない。」


安生は父の隣に座った。


「じゃあ、どうして父さんは、あの紙をずっと持ってた?」


安順河は答えなかった。


安生も急かさない。


しばらくして、安順河が言った。


「許文成が死ぬ前に、一つだけ言った。」


「何?」


安順河は庭の外を見る。


「あの六十両は、金だけを見てはいけない。」


安生は黙った。


「どういう意味?」


「分からない。」


「聞かなかった?」


「聞いた。」


「何て言った?」


安順河は首を振った。


「帳簿が合えば、そのうち分かると言った。」


安生はしばらく黙っていた。


「そのあと?」


「許は、どんどん病気が重くなった。」


「それから……」


安順河は、それ以上言わなかった。


安生も聞かなかった。


紙を見下ろす。


六月三日。


六十両。


許文成が金を受け取った。


荷は揃っていなかった。


六月六日。


「未収」が出た。


六月七日。


一隻の船が遅れて入ってきた。


いくつかの出来事が、


ようやく一本の線になり始めている。


だが、まだ一つだけ足りない。


六月六日に、


誰が「未収」を確認したのか。


安生は顔を上げた。


「父さん。」


「ん?」


「明日、許蘭に会いに行きたい。」


「何を聞く?」


「許文成が残したものについて。」


安順河は安生を見る。


しばらくしてから言った。


「行ってこい。」


「ただ、一つだけ。」


「何?」


「彼女が話したくないと言ったら、無理に聞くな。」


安生はうなずいた。


「分かってる。」


安順河は、それ以上何も言わなかった。


安生は紙をしまった。


そして、自分の部屋へ戻った。


初めて思った。


帳簿を調べることと、借金を取り立てることは、


実は少し似ている。


昔の自分は、


最後にいくら足りないのかだけを見ていた。


誰が払っていないのか。


いつ払えるのか。


今は少し分かる。


一つの勘定が本当に難しくなるのは、


数字が大きいからではない。


そこに関わった人間が、


それぞれ自分の見た一部分しか覚えていないからだ。


そして、その一部分が、


必ずしも全体ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。