第三十八章 受け取った者
安生は古い船の記録を家へ持ち帰った。
夕食を済ませると、
また紙を机の上に広げた。
六月三日。
六月六日。
六月七日。
三つの日付を丸で囲む。
安平が隣に座っている。
「今、一番知りたいのは何だ?」
安生は少し考えた。
「誰が荷を受け取ったのか。」
「どうして?」
「孫福は、金を波止場まで届けたと言った。」
「父さんは、荷が全部揃っていなかったと言った。」
「許文成の紙には、『未収』とある。」
安生は、その二文字を指した。
「でも、この『未収』は、いったい誰が受け取っていないという意味なのか。」
安平はうなずいた。
「そこを確かめないとな。」
⸻
翌朝。
安生は波止場へ向かった。
趙徳全が木箱を運んでいる。
安生を見ると、笑った。
「また来たか。」
「ああ。」
「今度は何を調べる?」
「昔、誰が荷を検査していたのか。」
趙徳全は手にしていた縄を置いた。
「どうしてそんなことを聞く?」
「帳簿が合わない。」
趙徳全は安生をしばらく見た。
「父さんに調べろと言われたのか?」
「違う。」
「じゃあ、自分で調べてる?」
「ああ。」
趙徳全はそれ以上聞かなかった。
近くに腰を下ろす。
「昔、荷を検査するのは一人じゃなかった。」
安生も座った。
「何人?」
「荷を見る者。」
「金を見る者。」
「帳簿をつける者。」
「場合によっては、船のことを見る者もいた。」
「そんなに?」
「波止場の仕事は、もともと一人で全部できるものじゃない。」
趙徳全は考えながら続けた。
「周長順は金を見ていた。」
「許文成が帳簿をつけていた。」
「沈川は主に荷を見ていた。」
「船のことは、船頭が報告するのが普通だった。」
安生は眉を寄せる。
「じゃあ、最後に『荷が届いた』と言うのは誰?」
「沈川だ。」
「確か?」
「俺の記憶ではな。」
「もし沈川が、荷は届いていないと言ったら?」
「帳場は『未収』と記す。」
安生は紙に目を落とす。
「じゃあ、周長順が『届いた』と言ったら?」
趙徳全は少し黙った。
「そのときは、あいつが何を見て言ったのかによる。」
「どういうこと?」
「金が届いたからといって、荷が届いたことにはならない。」
「荷が届いたからといって、金が届いたことにもならない。」
「だから、昔はそこが一番面倒だった。」
安生は黙った。
ようやく分かった気がした。
今まで人々が言っていた「受け取った」は、
そもそも同じ意味ではなかったのだ。
⸻
「じゃあ、六月六日は?」
趙徳全が尋ねた。
「どうして急にその日を?」
「船の記録に、一隻載っている。」
安生は古い帳面を取り出した。
「六月六日の午後まで出なかった船だ。」
趙徳全は受け取って目を通した。
「この船なら覚えている。」
「名前は?」
趙徳全は、その行を指した。
「永順。」
「何を運んでいた?」
「布だ。」
安生はすぐに顔を上げた。
「六十両の荷?」
趙徳全は首を振った。
「分からない。」
「どうして?」
「その頃、南から来る布は多かった。」
「同じ船が、一つの家の荷だけを運んでいたとも限らない。」
安生はうなずいた。
「六月七日は?」
「それも布だった。」
「同じ荷?」
「そこまでは言えない。」
安生は、それ以上聞かなかった。
船の記録を紙に写す。
それから尋ねた。
「当時、六月六日に波止場にいたのは?」
趙徳全は長いこと考えた。
「六日の午前なら、俺はいた。」
「周長順もいた。」
「許文成もいた。」
「沈川は……」
そこで言葉を止める。
「たぶん、いた。」
「たぶん?」
「その日の午後、俺は米を運んでいたからな。」
「最後までは見ていない。」
安生はうなずいた。
「分かった。」
⸻
午後。
安生は孫記へ向かった。
孫福は店の中で棚を整理している。
安生を見ると、以前のように避けることはなかった。
「何か分かったか?」
「まだだ。」
安生は紙をカウンターに置く。
「一つ聞きたい。」
「何だ?」
「六十両を届けたとき、誰が受け取った?」
孫福は一瞬、戸惑った。
「前にも言っただろ?」
「波止場へ届けたとは聞いた。」
「今、聞いてるのは、誰が受け取ったかだ。」
孫福は黙った。
長いことしてから、言った。
「帳場だ。」
「許文成?」
「それが許文成だったかは、分からない。」
「見なかった?」
「人は見た。」
「誰だった?」
孫福は首を振った。
「昔のことだ。」
安生は急かさなかった。
「じゃあ、何を覚えてる?」
孫福は少し考えた。
「その人は、まず金を見た。」
「それから、荷はいつ届くのかと聞いた。」
「何て答えた?」
「もう向かっていると答えた。」
「それから?」
「金を渡してくれと言われた。」
安生は尋ねる。
「その人は何か書いた?」
孫福はうなずいた。
「たぶん、書いた。」
「何を?」
「分からない。」
「名前は?」
「分からない。」
安生は孫福を見る。
「本当に覚えてない?」
孫福は少し苛立ったように言った。
「安生、何年経ったと思ってる?」
「俺は帳場の人間じゃない。」
「頼まれたものを届けただけだ。」
安生はうなずいた。
「分かってる。」
「だから、字を一つ一つ覚えているかと聞いてるんじゃない。」
「金を誰かに渡したところを、自分の目で見たのかを聞いてる。」
孫福は黙った。
今度は、すぐに答えなかった。
しばらくしてから言った。
「見た。」
「誰?」
「許文成だ。」
安生は言葉を失った。
「確か?」
「今なら、そう言える。」
「さっきは、分からないって言った。」
孫福は安生を見る。
「自分の記憶が間違っているのが怖かった。」
安生は責めなかった。
「じゃあ、どうして今は確かだと思う?」
孫福は、机の上の古い紙を指した。
「これだ。」
「どういうこと?」
「この『許』という字。」
「昔、見たことがある。」
「金を渡したあと、あの人がそこに書いた。」
安生は紙を持ち上げる。
「じゃあ、この紙を書いたのも許文成?」
「たぶん。」
「さっき、字については分からないと言った。」
「字そのものは、確かめられない。」
孫福は言った。
「でも、あのとき許文成がそこにいたことは覚えている。」
安生はゆっくりとうなずいた。
これだった。
自分が欲しかったのは、
「たぶん」という言葉ではない。
実際に起きた一つの出来事だった。
⸻
「じゃあ、六月六日は?」
安生が聞く。
孫福は首を振った。
「俺はいなかった。」
「誰が荷を運んだ?」
「俺じゃない。」
「誰?」
「本当に分からない。」
安生は紙をしまった。
「ありがとう。」
孫福が安生を見る。
「お前、今調べてるのは、誰が金を盗んだか知りたいからか?」
安生は足を止めた。
「まだ分からない。」
「じゃあ、何を調べてる?」
安生は少し考えた。
「まず、何が起きたのかを知りたい。」
孫福は少し笑った。
「お前の父さんも、昔そう言ってた。」
安生が振り返る。
「父さんが?」
「ああ。」
「俺のところへ来たときも、何度も聞いていた。」
「誰が届けた。」
「誰が受け取った。」
「いつ届いた。」
「誰が書いた。」
孫福は、また棚の整理を始めた。
「当時は、面倒な人だと思った。」
「今になって考えると。」
「聞き方は間違ってなかった。」
⸻
夕方。
安生は家へ戻った。
安順河は庭に座っていた。
安生は回りくどいことを言わなかった。
「父さん。」
「どうした?」
「六月三日の六十両。」
「許文成が自分で受け取ったのか?」
安順河が顔を上げた。
表情が、少し変わる。
「誰から聞いた?」
「孫福。」
安順河は黙った。
「たぶん、そうだ。」
「たぶん?」
「俺は直接見ていない。」
安生は父の隣に座った。
「じゃあ、どうして父さんは、あの紙をずっと持ってた?」
安順河は答えなかった。
安生も急かさない。
しばらくして、安順河が言った。
「許文成が死ぬ前に、一つだけ言った。」
「何?」
安順河は庭の外を見る。
「あの六十両は、金だけを見てはいけない。」
安生は黙った。
「どういう意味?」
「分からない。」
「聞かなかった?」
「聞いた。」
「何て言った?」
安順河は首を振った。
「帳簿が合えば、そのうち分かると言った。」
安生はしばらく黙っていた。
「そのあと?」
「許は、どんどん病気が重くなった。」
「それから……」
安順河は、それ以上言わなかった。
安生も聞かなかった。
紙を見下ろす。
六月三日。
六十両。
許文成が金を受け取った。
荷は揃っていなかった。
六月六日。
「未収」が出た。
六月七日。
一隻の船が遅れて入ってきた。
いくつかの出来事が、
ようやく一本の線になり始めている。
だが、まだ一つだけ足りない。
六月六日に、
誰が「未収」を確認したのか。
安生は顔を上げた。
「父さん。」
「ん?」
「明日、許蘭に会いに行きたい。」
「何を聞く?」
「許文成が残したものについて。」
安順河は安生を見る。
しばらくしてから言った。
「行ってこい。」
「ただ、一つだけ。」
「何?」
「彼女が話したくないと言ったら、無理に聞くな。」
安生はうなずいた。
「分かってる。」
安順河は、それ以上何も言わなかった。
安生は紙をしまった。
そして、自分の部屋へ戻った。
初めて思った。
帳簿を調べることと、借金を取り立てることは、
実は少し似ている。
昔の自分は、
最後にいくら足りないのかだけを見ていた。
誰が払っていないのか。
いつ払えるのか。
今は少し分かる。
一つの勘定が本当に難しくなるのは、
数字が大きいからではない。
そこに関わった人間が、
それぞれ自分の見た一部分しか覚えていないからだ。
そして、その一部分が、
必ずしも全体ではない。




