第三十七章 船の記録
家へ戻った安生は、古い机を一つ探し出した。
その上に紙を広げる。
そして、五つの日付を書いた。
六月三日。
六月四日。
六月五日。
六月六日。
六月七日。
それぞれの日付の下には、空白を残した。
安平が隣に座り、様子を見ている。
「何をするつもりだ?」
「出来事を並べる。」
「どうやって?」
「まず、確かなことから書く。」
安平はうなずいた。
安生は最初に書いた。
六月三日――六十両が波止場へ届いた。
その下に、もう一つ。
六月六日――帳簿に「未収」が出た。
しばらく考えてから、さらに書き加える。
六月七日――六月六日に到着するはずだった荷が、遅れて届いた。
安平が目を通す。
「これは今日、孫福から聞いたことだろ?」
「ああ。」
「なら、まだ確定にはしないほうがいい。」
安生が顔を上げる。
安平は紙を指した。
「孫福が言ったのは、荷が一日遅れたということだけだ。」
「それが二十両の荷だとは言ってない。」
安生はうなずいた。
書いた一文を線で消す。
そして、書き直した。
六月七日――孫福は、六月六日に到着するはずだった荷が一日遅れたと記憶している。二十両の荷と同じものかは未確認。
安平が少し笑った。
「だいぶ帳場らしくなってきたな。」
安生は笑わなかった。
「昔の俺は、こういうふうに間違えてた。」
「何が?」
「人が言ったことを、そのまま事実だと思ってた。」
安平は何も言わなかった。
二人は、もう一度紙を見る。
しばらくして、安生が尋ねた。
「父さん、前に言ってたよな。」
「六月三日の六十両は、対応する荷が全部届かなかったって。」
「ああ。」
「その六十両は、何の荷だった?」
「布だ。」
「どこから?」
「南のほうだ。」
「どの船で来た?」
安平は首を振った。
「それは父さんに聞いたほうがいい。」
⸻
安順河は庭で薪を割っていた。
安生は紙を持っていく。
「父さん。」
「どうした?」
「六月三日の六十両の布、どの船で運ばれた?」
安順河は少し考えた。
「船一隻じゃない。」
安生は目を瞬いた。
「何?」
「二回に分かれていた。」
安順河は斧を置いた。
「南から来た荷は、二度に分けて届いた。」
「最初の分が先に来た。」
「残りは遅れた。」
「だから帳簿に、『金は見た。荷は揃わず』と書かれた。」
安生は紙を見る。
「じゃあ、どうして六十両なんだ?」
「金が先に全部払われたからだ。」
「六十両全部?」
「ああ。」
「残りの荷は、いつ届いた?」
「五日頃だったと思う。」
「思う?」
「そこまでは、はっきり覚えていない。」
安生はうなずいた。
そして、また尋ねる。
「じゃあ、六月六日の『未収』は?」
安順河は黙った。
「これは分からない。」
「父さん、当時調べなかった?」
「調べた。」
「何が分かった?」
「二十両分の荷があった。」
安生が顔を上げる。
「じゃあ、その二十両があの荷?」
「当時は、そう思った。」
「今は?」
安順河は首を振った。
「今は、そうとは言い切れない。」
安生は、それ以上聞かなかった。
紙に書き込む。
六月三日――六十両を先に支払い。荷は二度に分けて届いた。
続けて、
六月六日――「未収」が出る。金額が二十両と関係する可能性はあるが、未確認。
そこまで書いたところで、
安生の手が止まった。
「父さん。」
「ん?」
「当時、どうして六十両と二十両を一緒にした?」
安順河は、すぐには答えなかった。
「最後に調べたとき、帳簿に八十両の差が残っていたからだ。」
「でも、さっき言ったように、六十両そのものが全部なくなったわけじゃない。」
「ああ。」
「じゃあ、誰かが別々の出来事を一つにまとめた?」
安順河は安生を見る。
「その可能性はある。」
「誰が?」
「分からない。」
安生は、それ以上聞かなかった。
ふと思う。
この事件で一番厄介なのは、
金がどこへ行ったのかだけではないのかもしれない。
当時の人間は、
それぞれ自分の担当する一部分だけを見ていた。
荷を運ぶ者は、荷が届いたかどうかを知っている。
帳場の人間は、金がどう記されたかを知っている。
管理する者は、最後にどれだけ差が出たかを知っている。
だが、
それらを全部つなげたとき、
何が起きていたのか。
それを本当に知っている人間は、誰もいなかったのかもしれない。
⸻
夕方。
安生と安平は、また波止場へ向かった。
古い帳場は、もう使われていない。
二人は入口に立って、しばらく中を見ていた。
安平がふと口を開く。
「ここに昔、木札が掛かっていたのを覚えてるか?」
「覚えてる。」
「父さんの箪笥にあったやつ?」
「ああ。」
安平は壁を指した。
「昔は、ここに船の予定が掛かっていた。」
安生が、その指先を見る。
壁は塗り直されている。
それでも、浅い釘跡が一列だけ残っていた。
「船の予定?」
「ああ。」
「何が書いてあった?」
「どの船が、いつ来て、いつ出るか。」
安生の目が少し明るくなった。
「まだ残ってる?」
「古いものは、たぶんない。」
二人は波止場の倉庫へ向かった。
何人かの老人に尋ねて回る。
最後に趙徳全が、積み重ねられた古い板の奥から、一冊の薄い帳面を取り出した。
紙は黄ばんでいる。
表紙も外れていた。
「昔の船の記録だ。」
安生が受け取る。
「ずっと持ってたの?」
「俺が残したんじゃない。」
趙徳全が言った。
「後で倉庫を片づけたとき、誰も欲しがらなかったからな。」
「机の脚の下にでも使おうと思ってた。」
安生は帳面を開いた。
金の記録はない。
日付と船の名前。
それから、入ってきた時間と出ていった時間だけが書かれている。
六月三日から、順に見ていく。
一頁。
また一頁。
六月三日。
六月四日。
六月五日。
六月六日。
六月七日。
安平が隣から覗き込む。
「何かあったか?」
安生は答えなかった。
六月六日のところで、指が止まった。
一隻の船が記されている。
午の刻に入港。
申の刻に出港。
その下には、何もない。
安生は六月七日の頁を開いた。
そこにも、同じ船の名前がある。
辰の刻に入港。
午の刻に出港。
安平が眉を寄せた。
「同じ船か?」
「ああ。」
「じゃあ、孫福が言ってた、遅れてきた荷はこの船かもしれない。」
安生は首を振った。
「まだ分からない。」
「どうして?」
「ここには船のことしか書いてない。」
「荷のことは書かれていない。」
安平はうなずいた。
安生はさらに前の頁をめくった。
六月三日には、二隻の船が入っている。
一隻は午の刻に出港。
もう一隻は翌朝まで残っていた。
安生は、その行を長いこと見つめた。
「六十両の荷……」
安平が聞く。
「どうした?」
「もし二度に分かれていたなら。」
「二つの荷は、同じ船じゃなかったのかもしれない。」
安平は黙った。
安生はさらに先を見る。
六月五日。
特に変わった記録はない。
六月六日。
あの船は午後になって出港している。
六月七日。
別の船が入港している。
時間が前後しながら、
一つの流れのようにつながっている。
だが、そこで新しい疑問が生まれた。
もし六月六日の荷が、ただ一日遅れただけなら、
六月七日以降に、
「受け取った」と確認する記録が残っているはずだ。
ところが、今まで見つかった記録の中には、
それを証明するものが一つもない。
安生は、ゆっくり帳面を閉じた。
「問題は、金じゃない。」
安平が見る。
「じゃあ、何だ?」
安生は答えた。
「最後に、この荷を確認したのは誰なのか。」
安平は何も言わなかった。
その問いに、
二人はまだ答えを持っていなかった。
二人は波止場に立った。
川の水位が上がっている。
安生は手にした古い帳面を見下ろした。
初めて思った。
二十三年前に残されたものは、
どこかに隠された答えではない。
うまくつながらないまま残された、
いくつもの出来事なのだ。
その一つが途切れれば、
後の人間は、想像するしかなくなる。
だから今、
自分たちがやるべきなのは、
誰か一人を見つけることではない。
あの数日間を、
もう一度、最初からたどることだった。




