↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/110

第三十六章 言葉の違い

安生は紙に、三つの金額を書き出した。


一つ目。


二十両。


二つ目。


二十両。


三つ目。


六十両。


合計すると、百両になる。


安生は、しばらくその数字を見つめていた。


「父さん。」


「ん?」


「三つとも問題のある勘定だったなら、百両になるよな。」


「ああ。」


「でも、最後の帳簿では八十両しか差がなかった。」


「ああ。」


「じゃあ、そのうちの二十両は、あとで帳尻が合った?」


安順河はうなずいた。


「たぶんな。」


「どの二十両?」


「分からない。」


安生は眉を寄せた。


「父さんにも分からない?」


「あの頃の正帳が、全部残っていない。」


「副帳は?」


「それも欠けている。」


安生は紙に目を落とした。


「じゃあ、どうして三つあるって分かるの?」


「当時、俺が見たからだ。」


「覚えてる?」


「金額は覚えている。」


「どうして?」


安順河は少し黙った。


「俺が自分で探したからだ。」


安生が顔を上げる。


「何を?」


「荷だ。」


「見つかった?」


「一部はな。」


「どの二十両?」


「二つ目の二十両だ。」


安生は、思わず立ち上がった。


「どこにあった?」


安順河は言った。


「波止場じゃない。」


「町の外の商人のところだ。」


「その商人が持っていた荷は、本来なら六月六日に波止場へ届くはずだった。」


安生は眉を寄せた。


「どうして届かなかった?」


「船が来なかった。」


「どの船?」


安順河は答えなかった。


安生はすぐに気づいた。


父の言葉が止まった。


「父さん。」


「ん?」


「沈叔の乗っていた船と関係がある?」


安順河はうなずいた。


「関係していた可能性はある。」


「可能性って?」


「証拠がない。」


安生は、もう一度腰を下ろした。


「じゃあ、どうして関係があると思うの?」


「その荷が、あとで届いたからだ。」


「いつ?」


「六月七日。」


安生は息を呑んだ。


「沈叔が死ぬ前の日?」


「ああ。」


「誰が運んできた?」


「別の船だ。」


「じゃあ、最初の船は?」


安順河は首を振った。


「分からない。」


安生は紙を見つめた。


六月三日。


六十両が届いた。


六月六日。


二十両分の荷が届かなかった。


六月七日。


その荷は、結局届いた。


つまり、この二十両は消えたわけではないのかもしれない。


ただ、一日遅れただけだ。


そうなると、


最後まで対応しなかった可能性があるのは、別の一件になる。


「じゃあ、どうして最後まで八十両だった?」


安順河は答えなかった。


安生が見る。


「そのあと、六十両の問題が出た?」


「ああ。」


「じゃあ、二つの二十両のうち、一つは帳尻が合った。」


「ああ。」


「もう一つは?」


「分からない。」


安生はゆっくりとうなずいた。


少しずつ、見えてきた。


だが同時に、


話は前より複雑になっていた。


これまで、こう考えていた。


八十両が消えた。


けれど、正確には違うのかもしれない。


少なくとも一件の二十両は、長い間、対応する記録が見つからなかった。


そして六十両については、金の受け渡しを示す証拠に問題があった。


その二つの問題が一緒に扱われ、


「八十両」という話になった。


安生はふと思った。


「じゃあ、周長順が疑われたのは、どうして?」


安順河は安生を見る。


「最後の六十両を確認したのが、あいつだったからだ。」


「でも、許文成も帳簿を見ていた。」


「だから、二人とも聞かれた。」


「沈叔は?」


「あいつは荷を担当していた。」


「じゃあ、三人とも調べられた?」


「ああ。」


安生は黙った。


ようやく分かった。


あの頃の調査は、沈川だけを追っていたわけではない。


金に関わった人間も、


帳簿を扱った人間も、


荷を扱った人間も、


みんな調べられていた。


ただ、その後、沈川が死んだ。


残った人たちは、そのまま暮らしていった。


時間が経つにつれて、


人々の記憶に残ったのは、


もっと単純な話になっていった。


沈川がその勘定を担当していた。


沈川が署名していた。


そして、沈川は死んだ。


だから、一番覚えやすい話が、


一番単純な話として残った。


⸻


午後。


安生はまた孫記へ向かった。


孫福は店の中で荷物を整理していた。


「孫叔。」


「来たか。」


「一つ聞きたい。」


「何だ?」


「六月七日、荷が一つ波止場に届かなかったか?」


孫福は少し考えた。


「届いた。」


「誰が運んできた?」


「俺じゃない。」


「どの船か分かる?」


「分かる。」


「名前は?」


孫福は首を振った。


「そこまでは覚えてない。」


「その荷は、本当はいつ届くはずだった?」


「六月六日。」


安生の胸が、少し強く締まった。


「どうして一日遅れた?」


「船が遅れた。」


「どうして?」


「分からない。」


安生はそれ以上聞かなかった。


続けて尋ねる。


「六月三日の六十両。あれは、本当にあんたが波止場へ届けた?」


「間違いない。」


「誰が受け取った?」


孫福は黙った。


「前に、二人だと言ったよな。」


「ああ。」


「周長順と沈川?」


「ああ。」


「二人が一緒に受け取ったところを、自分の目で見た?」


孫福はすぐには答えなかった。


「二人がそこにいるのは見た。」


安生は眉を寄せた。


「じゃあ、二人が金を受け取ったところは見ていない?」


「見てない。」


安生は黙った。


この言葉は重要だった。


孫福が以前言ったのは、


六十両を波止場へ届けた、ということだった。


だが、


六十両を周長順と沈川に渡した、


とは一度も言っていない。


二つは、まったく同じではない。


安生は尋ねた。


「じゃあ、どうして『波止場に渡した』と言った?」


「波止場の人間に渡したからだ。」


「誰?」


「帳場の人間だ。」


「誰なんだ?」


孫福は首を振った。


「よく見てなかった。」


安生は、それ以上追及しなかった。


そのとき、ふと気づいた。


自分はこのところずっと、


人から聞いた言葉を、


頭の中でつなぎ合わせていた。


けれど、つなぎ合わせた結果が、


そのまま事実になるわけではない。


誰かは「届いた」と言った。


誰かは「受け取った」と言った。


誰かは「記録した」と言った。


誰かは「署名した」と言った。


どれも似たように聞こえる。


だが実際には、


四つとも違うことだった。


安生は孫記の前に立った。


初めて思った。


古い勘定を調べることが難しいのは、


証拠がないからだけではない。


証拠に書かれた一つ一つの言葉に、


それぞれ別の意味があるからだ。


安生は店を出た。


何歩か歩いてから、足を止める。


次に調べるときは、


もう「誰が金を持っていったのか」と聞くのはやめよう。


まず、


六月三日から六月七日まで。


その間に何が起きたのかを、


一日ずつ書き出していく。


時間の順番を合わせなければ、


何が先に起きたのか分からない。


そして、


誰にその機会があったのか。


その人が、


何をしたのか。


それも、分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。