第二十一章 未収
夕食を終えると、安順河は戸を閉めた。
母は食器を片づけている。
安平はもう家を出ていた。
家の中には、父と子の二人だけが残った。
安生は卓のそばに座っていた。
安順河は、すぐには話し始めなかった。
棚から古い木箱を取り出す。
大きなものではない。
錠前には、もう錆が浮いていた。
蓋を開ける。
中には、折りたたまれた紙が何枚か入っていた。
安生は、その紙を見た。
「これは?」
「昔の帳面だ」
安順河は、一番上の紙を安生に渡した。
紙の文字は、もうかなり薄くなっている。
安生はしばらく眺めてから、いくつかの数字を読み取った。
「八十両?」
「ああ」
「元の帳面?」
「写したものだ」
安生は次の紙をめくった。
そこには、いくつかの名前が書かれていた。
そのうち一つは墨で消されている。
別の名前の横には、小さな文字があった。
未渡。
安生は顔を上げた。
「これはどういう意味?」
「あの金は、本来、波止場へ届けることになっていた」
「誰が?」
「孫福だ」
安生は、昼間に会った男を思い出した。
「届かなかった?」
「一部は届いた」
「いくら?」
「六十両」
安生は目を見開いた。
「じゃあ、残りの二十両は?」
安順河はうなずいた。
「帳面には入っていない」
安生は、もう一度紙に目を落とした。
「じゃあ、あとで問題になった八十両は、一度に消えたわけじゃない?」
「違う」
「じゃあ、残りの六十両は?」
「波止場に届いている」
「それなのに、どうして最後は八十両になった?」
安順河はしばらく黙っていた。
「その後、もう一つ勘定が合わなくなった」
安生は紙をめくらなかった。
「どの勘定?」
「沈川が死ぬ前の、あの数日だ」
部屋の中が静かになった。
安順河は紙を取り戻した。
「当時は、もう帳面そのものが乱れていた」
「沈叔は何をしていたの?」
「勘定の確認だ」
「だから疑われた?」
「疑う者はいた」
「親父も?」
安順河は顔を上げた。
「俺も疑った」
安生は何も言わなかった。
「そのときは、帳面をきちんと調べれば、何があったのか分かると思っていた」
「それで?」
「そのあと、お前が川に落ちた」
安順河は卓の上を見つめた。
「沈川が死んだ」
「帳面を見る者もいなくなった」
安生は尋ねた。
「どうして、親父は続けなかった?」
安順河は、すぐには答えなかった。
しばらくして、ようやく言った。
「孫福を調べたときには、もうあいつはいなくなっていた」
「どこへ?」
「分からない」
「探した?」
「探した」
「見つかった?」
「見つからなかった」
安生は、昼間見た雑貨屋を思い出した。
「じゃあ、どうして今になって戻ってきた?」
安順河が顔を上げる。
「本当に、あいつなのか?」
「陸掌柜は、その名前を知っていた。趙叔も知ってる。それに今日、俺が聞いたら、本人も昔は波止場で働いていたと言った」
安順河の顔色が、少しずつ変わっていった。
「向こうは、お前が誰なのか知っているか?」
「俺からは何も言ってない」
「それならいい」
安生は父を見た。
「親父、何か知ってるんじゃないか?」
安順河は答えなかった。
木箱の蓋を、ゆっくり閉じる。
「当時、俺が孫福を探したのは、あいつが金を取ったと思ったからじゃない」
「じゃあ、何のため?」
「最後に、その勘定を扱った人間だったからだ」
「それで?」
「孫福は、俺に一つ言った」
安生は待った。
だが、安順河はすぐには続けなかった。
「金を届けなかったわけじゃない、と」
「じゃあ、誰が受け取らなかったの?」
「本人にも分からなかった」
安生は眉を寄せた。
「それじゃ、何も分からないじゃないか」
「だから、俺はそのあとも調べた」
「何か分かった?」
安順河は首を横に振った。
「最後まで調べて、一つだけ確かなことがあった」
「何?」
「あの頃の帳面は、一か所だけがおかしかったんじゃない」
安生は父を見た。
「沈叔は、本当に金を取ったの?」
安順河は長いこと黙っていた。
「分からない」
それが、安順河の初めての答えだった。
安生は、それ以上聞かなかった。
安順河は立ち上がり、木箱を棚へ戻した。
「もう一つある」
「何?」
「これから、孫福のところへ一人で行くな」
「どうして?」
「当時、あいつが急にいなくなったのは、波止場に要らなくなったからじゃない」
安生は父を見た。
「じゃあ、なぜ?」
安順河は棚の戸を閉めた。
「誰かに、出ていけと言われた」
「誰に?」
安順河は答えなかった。
机の上の油灯を手に取る。
「もう寝ろ」
安生は、その場に座ったままだった。
父が奥の部屋へ入ってから、しばらくして、卓の端に古い紙の切れ端が挟まっているのに気づいた。
そこには、二つの字だけが残っていた。
未収。
安生は手を伸ばした。
紙は驚くほど軽かった。
それでも、すぐには手放せなかった。




