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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第十八章 最後の勘定

翌朝早く、安生は魚屋へ向かった。


周叔は魚を片づけていた。


安生が来ると、手を止めた。


「来たか」


「うん」


安生は、昨日の三百文を台の端に置いた。


「昨日、陳二が来た」


周叔はその銭を見たが、手を伸ばさなかった。


「もう持っていったぞ」


「知ってる」


「それなのに、返しに来たのか」


「これは周叔の金だから」


周叔は手を拭いた。


「あいつ、何か言ってたか」


「何も」


周叔は安生を見た。


「木の棒を持ってきたぞ」


安生は黙っていた。


「まあ、手は出さなかったがな」


周叔は銭を押し返した。


「もういい」


「よくない」


「安生」


周叔はため息をついた。


「お前たち若い者は、ときどき俺たち年寄りより意地っ張りだな」


安生は銭をもう一度押し戻した。


「明日の勘定は、明日になってからでいい」


周叔は安生を見た。


しばらくして、ようやく銭を受け取った。


「分かった」


安生が背を向けようとしたとき、周叔がふいに呼び止めた。


「昨日、郭掌柜のところへ行ったのか」


「うん」


「あの金のことか」


「うん」


周叔はしばらく黙っていた。


「だったら、趙徳全にも聞いてみろ」


安生が振り返る。


「あの人のほうが、俺より知っている」


⸻


波止場は、いつもより人が多かった。


何艘もの貨船が岸につき、荷を運ぶ者たちが行き来している。


安生はあたりを探し回り、ようやく倉庫の裏で趙徳全を見つけた。


趙徳全は古い木箱を修理していた。


「趙叔」


「来たか」


「ちょっと聞きたいことがある」


趙徳全は槌を置いた。


「沈川か」


安生は一瞬、言葉を失った。


趙徳全は安生を見た。


「ここ数日、お前が聞き回ってるのは、そのことだろう」


「それと、八十両のことも」


趙徳全の手が止まった。


「誰から聞いた」


「親父から」


「とうとう親父が話したのか」


安生は答えなかった。


趙徳全はもう一度、槌を手に取り、木板の端を二度叩いた。


「当時の八十両は、波止場の公金だった」


「誰が管理してた?」


「帳場の責任者だ」


「沈叔は、ただ扱っていただけ?」


「まあ、そういうことだ」


「じゃあ、どうして沈叔が疑われた?」


趙徳全が顔を上げた。


「最後の勘定に、あいつの署名があったからだ」


安生は眉を寄せた。


「だから、親父は沈叔と喧嘩した?」


「違う」


趙徳全は槌を置いた。


「お前の親父が疑っていたのは、沈川が金を取ったことじゃない」


「じゃあ、何を?」


「沈川は、金がどこへ行ったのか知っているんじゃないか。そう思っていた」


安生は黙った。


趙徳全は続けた。


「当時の波止場には臨時で働く者も多かった。金は入ったり出たりして、帳面もかなり乱れていた。八十両が一日で消えたわけじゃない。いくつかの勘定が合わなくなって、初めて分かったんだ」


「それなのに、どうして誰も調べなくなった?」


趙徳全は川面を見た。


「お前のことがあったからだ」


「俺が川に落ちたから?」


「そうだ」


趙徳全はうなずいた。


「あの日から、沈川が死んだ。それで、誰も先へ進めなくなった」


「誰もおかしいと思わなかったのか?」


「思ったさ」


「誰が?」


趙徳全は答えなかった。


木箱の蓋を閉じる。


「長いこと経った。知っている人間も、少しずつ減っていった」


安生は趙徳全を見つめた。


「趙叔。誰が金を取ったのか、知ってる?」


「知らない」


答えは早かった。


安生はそれ以上、聞かなかった。


すると趙徳全のほうから安生を見た。


「ただ、一つだけある」


「何?」


「当時、最後の勘定を誰が波止場へ持ってきたのか。親父に聞いてみろ」


安生は、その言葉を覚えておいた。


⸻


夕方、家に戻ると、安平が庭で薪を割っていた。


安生の姿を見ると、斧を置いた。


「どこへ行ってた?」


「波止場」


安平は、それ以上聞かなかった。


安生は兄のそばへ行き、割った薪を壁際へ運んだ。


しばらくしてから、口を開いた。


「兄ちゃん」


「ん?」


「あのとき、最後の勘定を波止場へ持ってきたのは、誰?」


安平の手が止まった。


「どうしてそんなことを聞く?」


「趙叔に聞けって言われた」


安平はしばらく安生を見た。


「親父から聞いてないのか?」


「聞いてない」


安平はうつむき、再び薪を割り始めた。


「確か、順豊貨行の人間だったと思う」


安生は少し驚いた。


「順豊貨行?」


「ああ」


「今もある?」


「とっくになくなった」


「主人は?」


「陸って姓だった」


安生はその名を覚えた。


「まだ生きてる?」


「それは分からない」


安平は最後の薪を割った。


「調べたいなら、まず親父に聞け」


安生はうなずいた。


二人は薪を運び終えた。


それ以上、何も話さなかった。


空が少しずつ暗くなっていく。


そのとき、門の外から足音が聞こえた。


父、安順河が帰ってきた。


家に入った安順河は、すぐに安生の姿に気づいた。


「親父」


「どうした」


安生は父を見た。


「趙叔に聞けって言われた」


安順河の足が止まる。


「あのとき、最後の勘定を波止場へ持ってきたのは、誰?」


庭が静まり返った。


安順河は答えなかった。


安平も顔を上げた。


しばらくして、ようやく安順河が口を開いた。


「誰から聞いた」


「趙叔」


安順河は手にしていた荷物を机の上に置いた。


「飯にしよう」


安生は動かなかった。


「親父」


安順河は安生を見た。


「この話は、兄ちゃんが行ってから話す」


安平が眉を寄せた。


「俺が出るのは明日だぞ」


「分かってる」


安順河はそう言って、家の中へ入っていった。


安生は庭に立ったままだった。


壁際の薪には、割ったばかりの白い木肌が残っている。


門から風が吹き込んできた。


安生は自分の手を見た。


しばらくしてから、彼も家の中へ入った。


食卓では、誰も八十両のことを口にしなかった。


ただ、安平が食事の途中で、ふと思い出したように言った。


「親父」


安順河が顔を上げる。


「順豊貨行の陸掌柜は、まだ生きてる?」


安順河の箸が止まった。


「生きてる」


安平は、それ以上聞かなかった。


安生も何も言わない。


家の中に、再び静けさが戻った。


今度は、三人とも分かっていた。


あの古い出来事は、まだ終わっていない。


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