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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第十六章 あの金

安生が家に戻った時には、もう日が暮れていた。


父親は門口に座っていた。


手には古い刀を持ち、木を削っている。


安生が帰ってくるのを見ると、父親は顔を少し上げた。


「どこへ行ってた?」


「波止場」


父親の手が、わずかに止まった。


「趙徳全のところか?」


「うん」


「何を聞いた?」


安生は答えなかった。


父親の隣に腰を下ろす。


しばらくしてから、ようやく口を開いた。


「父さん」


「ん?」


「あの頃、波止場で金がなくなったことがあったのか?」


父親は何も言わなかった。


刀の刃が、ゆっくりと木の表面を滑っていく。


「誰から聞いた?」


「趙叔から」


父親の手が止まった。


安生は父親を見る。


「いくら?」


「そんなことを聞いて、どうする?」


「知りたい」


父親はうつむいた。


「八十両だ」


安生は一瞬、言葉を失った。


八十両。


この家にとっては、小さな金ではない。


「誰の金?」


「波止場の公金だ」


「どうして沈川を疑ったの?」


「金がなくなった時、あいつが扱っていたからだ」


「だから、あいつが持っていった?」


「証拠はない」


父親は言った。


「ただ、最後の帳面があいつの手元にあった」


安生は眉を寄せた。


「じゃあ、どうして沈川と喧嘩した?」


父親は長い間、黙っていた。


「金がどこへ行ったのか、あいつなら知っていると思った」


「認めたの?」


「認めなかった」


「それで、そのあとは?」


父親は安生を見た。


「そのあと、お前が川に落ちた」


安生は何も言わなかった。


「あのことがあってから、誰かが調べたのか?」


「誰も」


「どうして?」


「人が死んだからだ」


父親は言った。


「それ以上調べれば、沈川の周りにいた人間まで調べることになる」


「何も出てこなければ、もっと多くの人間を巻き込むことになる」


安生は少し考えた。


「じゃあ、あの八十両は?」


「なくなった」


「それだけ?」


「それだけだ」


安生はうつむいた。


突然、この話がおかしなものに思えてきた。


八十両は、一文や二文の金ではない。


何もないところから消えてしまうような金ではない。


それなのに、あの頃の人間は皆、その結果を受け入れたようだった。


「父さん」


「ん?」


「そのあと、まだ調べたのか?」


父親は答えなかった。


安生は父親の顔を見た。


「調べたんだな」


父親が顔を上げた。


「誰に聞いた?」


「誰にも」


「俺がそう思っただけ」


父親はしばらく黙っていた。


「調べた」


「何が分かった?」


「何もなかった」


安生は、それ以上聞かなかった。


⸻


翌朝。


陳二が早くから安生を訪ねてきた。


「行くぞ」


「どこへ?」


「城北」


「また集金?」


「うん」


安生は首を横に振った。


「今日は行かない」


陳二は安生を見る。


「また、お前の父親のことを調べるのか?」


「うん」


「そんなもの、調べてどうする?」


「知りたい」


「知ったところで、どうなる?」


安生は答えなかった。


陳二は少し苛立った様子だった。


「お前、最近、自分が昔と違うと思ってるんじゃないか?」


「そうでもない」


「じゃあ、なんでそんなことばかり気にする?」


安生は陳二を見た。


「人が一人、死んだからだ」


陳二は一瞬、言葉を失った。


「誰が?」


「沈砚の父親」


「それがお前と何の関係がある?」


安生は黙った。


陳二は安生を見る。


「お前が七歳の時、川に落ちたから、あいつは自分から助けに入ったんだろ」


「お前が行けって言ったわけじゃない」


安生は顔を上げた。


「分かってる」


「だったら、それでいいだろ」


「そんなふうには考えられない」


陳二は眉を寄せた。


「じゃあ、どう考える?」


安生は答えなかった。


陳二はそのまま背を向けた。


「勝手にしろ」


「陳二」


「何だ?」


「どこへ行く?」


「集金だ」


「俺も行く」


陳二が足を止めた。


「さっき行かないって言っただろ」


「今は行く」


二人は並んで城北へ向かった。


借金をしているのは、一軒の米屋だった。


主人は郭という姓だった。


二人が店に入ると、郭掌柜は少し緊張したような顔をした。


「安哥」


「郭叔」


安生は言った。


「今日は金を取りに来たんじゃない」


郭掌柜は少し戸惑った。


「じゃあ……」


「昔、波止場で働いていたことがある?」


郭掌柜の顔色が変わった。


「ある」


「いつ頃?」


「十何年も前だ」


「俺の父親を知ってる?」


「知っている」


「沈川は?」


郭掌柜は答えなかった。


隣に陳二が立っている。


安生は尋ねた。


「郭叔、昔、波止場で八十両がなくなったこと、知ってる?」


郭掌柜の指先にあった算盤の珠が止まった。


長い沈黙のあと、


「知っている」


と答えた。


「そのあと、見つかった?」


「見つかっていない」


「誰が持っていったと思う?」


郭掌柜は首を横に振った。


「分からない」


「じゃあ、どうして言わなかった?」


「何を言えっていうんだ?」


「当時、何か知っていたんじゃないのか?」


郭掌柜は安生を見た。


「お前の父親がお前に調べさせているのか?」


「違う」


「じゃあ、どうして調べる?」


安生は少し考えた。


「知りたいから」


郭掌柜はため息をついた。


「安生、こういうことは、もう昔のことだ」


「みんな、そう言う」


「本当に昔のことだからだ」


「でも、沈川は死んだ」


郭掌柜は黙った。


安生は続けた。


「息子は今でも調べている」


「それは、あいつのことだ」


「もし、あの時、本当に誰かが金を持っていったんだったら?」


郭掌柜はうつむいた。


「それも、昔のことだ」


安生は郭掌柜をじっと見た。


「郭叔」


「ん?」


「もし、いつか誰かが来て、お金を返せと言ったら、返すか?」


郭掌柜が顔を上げた。


「何の金だ?」


「自分の金じゃない」


「でも、昔、自分が持っていった金だったら?」


郭掌柜の顔色が、一瞬で変わった。


安生も驚いた。


ただ何気なく聞いただけだった。


だが、郭掌柜の反応は、それだけで多くを語っていた。


陳二も異変に気づいた。


郭掌柜は長い間、黙っていた。


「俺は持っていない」


安生は何も言わなかった。


「本当に、俺は持っていない」


郭掌柜はもう一度言った。


「俺は、ただ……」


「ただ、何?」


郭掌柜は口を閉ざした。


安生はそれ以上、追及しなかった。


ただ、


「郭叔、今日は金を取りに来たんじゃない」


「あなたに面倒をかけに来たわけでもない」


「ただ、あの頃のことを知りたいだけだ」


と言った。


郭掌柜はうつむいたままだった。


「もう帰ってくれ」


安生はしばらく立っていた。


「分かった」


二人が米屋を出ると、陳二が尋ねた。


「お前、あいつが持っていったと思うか?」


「分からない」


「さっきの様子、明らかにおかしかったぞ」


「おかしいからって、持っていったとは限らない」


陳二は安生を見た。


「お前、いつからそんなことを言うようになった?」


安生は答えなかった。


二人が街角まで来たところで、陳二が突然立ち止まった。


「安生」


「ん?」


「もし本当に、あいつが持っていったと分かったら、どうする?」


安生はしばらく考えた。


「まず、ちゃんと話を聞く」


「それから?」


「そのあと考える」


陳二は首を振った。


「お前、どんどん俺の知ってる安生じゃなくなってるな」


安生は陳二を見た。


「お前が知ってる安生って、どんな奴だ?」


陳二は笑った。


「金を借りてる奴がいたら、取りに行く」


「俺たちを馬鹿にする奴がいたら、やり返す」


「兄弟のことを悪く言う奴がいたら、そいつともやり合う」


安生も少し笑った。


「それが悪いと思うか?」


「悪いとは言ってない」


陳二は首を振った。


「ただ、お前がこのまま変わっていったら、これからも俺のことを兄弟だと思ってくれるのか、分からない」


安生は陳二を見た。


「どうして思わなくなる?」


「いつか俺が、お前の気に入らないことをしたら」


「お前が俺を助けてくれなくなるんじゃないかって」


安生はしばらく黙っていた。


それから言った。


「お前が間違ったことをしても、俺はお前の兄弟だ」


陳二はほっとしたように息をついた。


「それならいい」


安生は陳二を見た。


「でも、間違ってると分かっていてやるなら、俺もお前を助けない」


陳二の笑顔が止まった。


二人は街角に立っていた。


しばらくして、陳二が尋ねた。


「どういう意味だ?」


安生は答えた。


「言葉どおりだ」


陳二は安生を長い間見つめた。


最後に、一度だけ笑った。


「分かった」


「お前も、ずいぶん偉くなったな」


そう言って、陳二は前へ歩き出した。


「行くぞ」


「どこへ?」


「茶でも飲む」


安生も後を追った。


二人は、それ以上、さっきの話をしなかった。


だが、この日を境に。


二人の間にあるものは、少しだけ変わっていた。


その頃、城南の郭記米屋では。


郭掌柜が店の戸を閉めた。


そして、帳台の下から、黄ばんだ布包みを一つ取り出した。


布包みの中に、金は入っていなかった。


入っていたのは、一枚の古い紙だけだった。


紙には、何人かの名前が書かれている。


一番下に。


三つの字があった。


安順河。

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