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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第十五章 二人

沈砚は翌日、またやって来た。


今度は川辺だった。


安生は一人、川岸に座っていた。


ただ少し歩こうと思って出てきただけだった。


まさか、遠くから沈砚の姿を見るとは思わなかった。


沈砚は安生のそばまで来たが、座ろうとはしなかった。


「知ったのか?」


「うん」


「俺の父親のこと?」


「うん」


沈砚は川面を見つめた。


「お前の父親が全部話したのか?」


「少しだけ」


「どんな話だった?」


安生は、父親から聞いたことを話した。


沈砚は聞き終えても、すぐには何も言わなかった。


長い間黙ってから、ようやく尋ねた。


「父親は、俺の父親が船の綱に引かれて流されたと言ったのか?」


「うん」


「信じるのか?」


安生は首を横に振った。


「分からない」


沈砚が安生を見る。


「ずいぶん率直だな」


「俺は見てないから」


「俺も見ていない」


沈砚は言った。


「でも、母親は見ている」


安生は振り向いた。


「おばさんは、その時そこにいたのか?」


「あとから来た」


沈砚はしゃがみ込み、川岸の砂を一握りつかんだ。


「母は、父が岩にぶつかって死んだんじゃないと言っている」


安生は眉を寄せた。


「じゃあ、どうやって死んだ?」


「誰も母には教えてくれなかった」


「どういうこと?」


「誰かが父を引き上げた時には、もう死んでいた」


「船にいた人間は、岩にぶつかったと言った」


「波止場の人間も、そう言っていた」


沈砚は手の中の砂を、ゆっくりとこぼした。


「でも母は、父の頭の傷がおかしいと思ったらしい」


安生は何も言わなかった。


「そのあと、母は聞きに行った」


「でも、誰もそれ以上話そうとはしなかった」


「父が残したものも、たいしてなかった」


「だから、ずっと調べてるのか?」


「うん」


「何が分かった?」


沈砚は安生を見た。


「あの時、川辺にいた人間が、その後少しずついなくなっていったことだ」


「趙徳全は別の波止場へ移った」


「お前の父親は、ここに残った」


「それから、もう一人いる」


「誰?」


沈砚は答えなかった。


安生はしばらく待った。


「どうして言わない?」


「まだ確かめきれていない」


安生は頷いた。


「じゃあ、どうして俺を探した?」


沈砚は少し黙ってから言った。


「お前は、俺の父親に最後に助けられた人間だからだ」


「何か覚えていないか、知りたかった」


安生は少し笑った。


「俺は七歳だった」


「何も覚えてない」


「少しも?」


「ない」


沈砚は安生を見つめた。


「本当に何一つ覚えていないのか?」


「覚えてるのは、目を覚ました時に母さんが枕元にいたことだけ」


「それと、飴が一つ」


「飴?」


「兄ちゃんがくれた」


沈砚は何も言わなかった。


二人は川辺に座った。


しばらくして、沈砚が尋ねた。


「子供の頃、水が怖かったか?」


「怖かった」


「今は?」


安生は川面を見た。


「今も怖い」


沈砚が初めて少し笑った。


「それなのに、どうしてここへ来る?」


安生は少し考えた。


「昔は怖かった」


「今は、どうしてなのか知りたい」


沈砚は何も言わなかった。


安生が尋ねた。


「俺を恨んでるか?」


沈砚はうつむいた。


「昔はな」


「今は?」


「分からない」


「どうして?」


沈砚は安生を見た。


「お前は、もう知ったからだ」


安生は少し戸惑った。


「知ったから、どうなる?」


「少なくとも、お前は『俺には関係ない』とは言わなかった」


安生は黙った。


沈砚は立ち上がった。


「今日は、お前に勘定をつけに来たんじゃない」


「じゃあ、何をしに来た?」


「一つ、伝えておくことがある」


安生が顔を上げる。


「何?」


沈砚は言った。


「俺の父親は、川へ入る前に、誰かと口論していた」


安生は立ち上がった。


「誰と?」


「分からない」


「お前、二年も調べてるって言っただろ?」


「だから、お前を探してる」


「どうして俺を?」


「その人間が、最後に俺の父親を見たからだ」


安生は沈砚を見つめた。


「誰だ?」


沈砚は首を横に振った。


「分からない」


「それじゃ、何も言ってないのと同じじゃないか」


「ただ、一つだけ分かっている」


「何の姓?」


沈砚は安生を見た。


「安」


安生の表情が、ゆっくり変わった。


沈砚は、それ以上何も言わなかった。


背を向け、そのまま歩いていった。


安生は川辺に立ったまま、沈砚の背中を見送った。


「安」という一文字。


それだけでは、何の証拠にもならない。


安順河。


安成山。


安平。


そして、自分。


この姓は、家の中ではあまりにも普通だった。


それでも、もし沈砚が調べたことが本当なら。


あの時、沈川と口論していた人間は。


まさか、自分の父親なのだろうか。


安生はすぐには家へ帰らなかった。


そのまま波止場へ向かった。


趙徳全が荷を運んでいた。


安生を見ると、明らかに驚いた顔をした。


「また来たのか?」


「趙叔」


「ああ」


「一つ聞きたい」


「何だ?」


「父さんは昔、沈川と口論したことがあるのか?」


趙徳全の手にあった麻袋が、途中まで落ちた。


彼はそれを受け止めなかった。


安生は見つめた。


「あるのか?」


趙徳全は腰をかがめ、麻袋をもう一度肩に担いだ。


「誰から聞いた?」


「沈砚」


「あいつ、どこまで知ってる?」


「俺より知ってる」


趙徳全は黙った。


安生は続けた。


「あの日、いったい何があった?」


趙徳全は麻袋を船に積んだ。


「お前の父親は、あいつを害したわけじゃない」


安生は呆然とした。


「俺は、父さんが害したなんて言ってない」


「だが、お前はもう心の中で考えている」


趙徳全は言った。


「違う」


「それならいい」


安生は趙徳全を見つめた。


「じゃあ、教えてくれ」


趙徳全は安生を見る。


「安生」


「ん?」


「時には、早く知りすぎることが、いいとは限らない」


安生は少し笑った。


「どうしてみんな、そういう言い方ばかりするんだ?」


趙徳全は笑わなかった。


「俺たちも、それで痛い目を見たからだ」


安生には、その意味が分からなかった。


「何のこと?」


趙徳全は答えなかった。


ただ、そばに置いてあった古い木の棒を手に取った。


「お前が子供の頃、川に落ちた時な」


「川辺では、確かに人が口論していた」


安生の胸が強く締まった。


「誰?」


「お前の父親と、沈川だ」


「どうして?」


「金だ」


「何の金?」


趙徳全は安生を見た。


「波止場の金だ」


安生は眉を寄せた。


「どういうこと?」


「あの時、波止場で金が一まとまり、なくなった」


「お前の父親は沈川を疑った」


「沈川も、自分が持っていったんじゃないと言った」


「それで二人が言い争った」


安生は黙った。


「そのあと?」


「そのあと、お前が川に落ちた」


趙徳全は言った。


「みんな、お前を助けに行った」


「その金のことも、誰も口にしなくなった」


「そのあと、沈川が死んだ」


「それで、その話は押し込められた」


安生が尋ねた。


「金は見つかった?」


趙徳全は首を横に振った。


「分からない」


安生は彼を見る。


「分からない?」


「誰にも分からない」


「じゃあ、どうして調べなかった?」


趙徳全は少し笑った。


「誰を調べる?」


「あの時、そこにいた人間は大勢いた」


「一人ずつ調べるわけにもいかないだろう」


安生は黙っていた。


趙徳全はさらに言った。


「それに、あの頃の波止場はひどく乱れていた」


「誰だって、可能性はあった」


「でも、誰にも証拠がなかった」


安生はふと、別のことを思い出した。


「じゃあ、そのあと、どうして誰も俺に話さなかった?」


趙徳全は安生を見る。


「お前はただの子供だったからだ」


「それに……」


趙徳全はそこで言葉を止めた。


「このことは、お前の父親と沈川、二人だけの話じゃない」


安生は顔を上げた。


「ほかに誰がいる?」


趙徳全は答えなかった。


ただ、


「帰れ」


と言った。


安生は動かなかった。


「趙叔」


「何だ?」


「もし、あの時、本当に誰かがその金を持っていったのなら」


「今も生きていると思う?」


趙徳全は川面を見つめた。


「分からない」


安生は背を向けた。


かなり歩いてから、ようやく気づいた。


自分が本当に知りたかったのは、もう沈川がどう死んだのかだけではなかった。


あの金のことだった。


なぜ誰も調べなかったのか。


なぜ父親は何も話さなかったのか。


なぜ趙徳全も何も言わなかったのか。


そして、沈砚が口にした、あの「安」という姓の人間。


ずっと昔に起きた一つの出来事が。


少しずつ、川底から浮かび上がってきている。


そして安生は初めて感じていた。


この出来事と自分との距離は。


思っていたほど遠くないのかもしれない。

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