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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第一百零五章 人の代わりに決めない

冬が来る前。


碼頭に、新しい若い衆が一人入った。


名前は許三。


まだ若い。


仕事は早かった。


ただ、少し気が短かった。


初日から。


もう人と口論になった。


大したことではなかった。


二人で一つの荷箱を運んでいた。


許三は言った。


「この箱は二人で運んだことにするべきだ」


もう一人の若い衆は言った。


「先に持っていったのは、お前だろ」


許三は荷箱を置いた。


「じゃあ、お前は運ぶな」


二人は、もう少しで手が出そうになった。


近くにいた者たちが、二人を引き離した。


ちょうどそこへ安生が通りかかった。


誰かが呼んだ。


「安生」


「ちょっと来てくれ」


安生は足を止めた。


二人を見る。


「どうした?」


二人が同時に口を開いた。


「あいつが――」


「こいつが――」


また言い争いになった。


安生は手を上げた。


「一人ずつ話せ」


二人は黙った。


許三が先に言った。


「さっきの荷物は、俺が先に受け取った」


「こいつが、俺が仕事を横取りしたって言ったんだ」


もう一人が言う。


「だって、こいつはいつも横取りする」


「俺は横取りしてない」


「してるだろ」


二人がまた言い争いそうになる。


安生は、どちらの側にもすぐには立たなかった。


ただ尋ねた。


「誰か見てたか?」


そばにいた男が言った。


「俺が見てた」


「許三が先に持った」


もう一人がすぐに反論した。


「でも、その荷物はもともと俺の仕事だった」


安生は尋ねた。


「誰が割り振った?」


誰も答えなかった。


もう一度聞く。


「今日、荷物の割り振りを担当してるのは誰だ?」


誰かが倉庫の中にいる老梁を指した。


⸻


安生は老梁を訪ねた。


「さっきの荷物」


「誰が割り振った?」


老梁は少し考えた。


「俺だ」


「誰に?」


「もともとは許三だ」


「そのあとは?」


「あとから、もう一人が手伝いに来た」


安生は頷いた。


「じゃあ、どうして最初に話をつけなかった?」


老梁は眉をひそめた。


「俺も、まさか喧嘩になるとは思わなかった」


安生は二人のところへ戻った。


そして事情を話した。


「この荷物は、もともと許三に割り振られていた」


許三が顔を上げる。


「聞いたか?」


もう一人は納得していなかった。


「だからって、あいつが俺を怒鳴っていいことにはならない」


安生は頷いた。


「そうだな」


「お前も、あいつを怒鳴る必要はなかった」


二人とも黙った。


許三が尋ねる。


「じゃあ、どうする?」


安生は言った。


「今回は、最初の割り振りどおりにする」


「次から荷物を割り振るときは」


「先に話をつけておけ」


もう一人が許三を見る。


「分かった」


許三も頷いた。


それで終わった。


⸻


その場を離れると。


陳二が入口に立っていた。


「さっき、どうして許三の味方をしなかった?」


安生は陳二を見る。


「どうして味方をする?」


「許三のほうが正しいんだろ?」


「正しい」


「じゃあ、どうしてあいつの側に立たない?」


安生は笑った。


「正しいことと、俺がその人の側に立つことは別だ」


陳二は眉をひそめた。


「昔のお前は、そんなこと言わなかったぞ」


「昔の俺なら、まずお前がどっち側なのかを聞いて」


「それからお前の味方をしてた」


陳二は笑った。


「今は?」


「今は、まず何があったかを聞く」


⸻


午後。


許三が安生のところへ来た。


「さっきは、ありがとう」


「いい」


「お前、俺が間違ってると思ってるか?」


「どのことだ?」


「俺があいつを怒鳴ったこと」


「分からない」


許三は呆れた。


「分からないって、どういうことだ?」


「俺が知ってるのは、お前たちが喧嘩したことだけだ」


「お前たちが前に何をしたのかは知らない」


「だから、誰かにお前は気が短いと言われたからって」


「今回もお前が悪いとは決めない」


許三はしばらく黙っていた。


「お前、変な奴だな」


安生は笑った。


「昔、俺も同じことを言われた」


⸻


夕方。


もう一人の若い衆が安生のところへ来た。


「お前、許三は悪くないと思ってるのか?」


「そんなことは言ってない」


「じゃあ、何であいつの肩を持った?」


「肩を持ったんじゃない」


「今日あったことを、そのまま話しただけだ」


男は眉をひそめた。


「人に嫌われるのが怖いのか?」


安生は首を振った。


「違う」


「ただ、今は思うんだ」


「自分が知らないことなら」


「知っているふりをしないほうがいい」


男はそれ以上何も言わなかった。


そのまま去っていった。


⸻


夜。


陳二がまた来た。


今度は誰も連れていなかった。


「今日、ちょっとあったんだ」


「何だ?」


「二百文、貸してる奴がいる」


安生は陳二を見る。


「どうするつもりだ?」


「会いに行こうと思ってる」


「どうやって?」


「直接話す」


「帳面はあるか?」


「ある」


「他に知ってる奴は?」


「いる」


「じゃあ、行け」


陳二は笑った。


「今度は応援してくれるんだな」


「今回は証拠があるからな」


陳二は頷いた。


「じゃあ、向こうが『借りてない』って言ったら?」


「向こうは向こうで、そう言えばいい」


「それから?」


「帳面を見せる」


「それでも返さなかったら?」


安生は少し考えた。


「話を処理できる人間に持っていけ」


陳二が尋ねる。


「お前は来ないのか?」


「行かない」


「どうして?」


「お前のことだからだ」


陳二は安生を見る。


「昔なら、絶対ついてきただろ」


安生は頷いた。


「昔はな」


「今は?」


「門口までは一緒に行ってやる」


「でも、俺の代わりに話したりはしない」


陳二は笑った。


「何だ、それ?」


「お前自身のことだ」


「自分でやれ」


⸻


二人は街の角まで歩いた。


陳二が足を止めた。


「ふと思ったんだけど」


「何だ?」


「お前、最近ますます兄貴に似てきたな」


安生は少し驚いた。


「どういう意味だ?」


「昔は何でも先に突っ込んでいった」


「今は、人に自分でやらせるようになった」


安生は笑った。


「兄貴にも、昔そう言われた」


「何て?」


「人の人生まで代わりに生きるなって」


陳二はしばらく黙った。


「それ、けっこう分かる気がするな」


⸻


夜。


安生は部屋に戻った。


自分の帳面を開く。


この頁には。


誰が誰に何を借りたのかは書かなかった。


ただ、一文だけ。


今日は、人の代わりに決めなかった。


少し考えて。


もう一行、付け足した。


助けたくないからではない。


自分で背負うべきことは、本人が背負うべきだからだ。


書き終える。


安生は帳面を閉じた。


窓の外から、碼頭の音が聞こえてくる。


誰かが荷物を運んでいる。


誰かが言い争っている。


誰かが笑っている。


以前と何も変わらない。


ただ、安生は気づいていた。


こうした声の中に立っていても。


もう、急いで誰がいい人なのか。


誰が悪い人なのかを決めようとはしない。


自分がどちら側に立っているのかを。


証明しようとも思わない。


時には。


何が起きたのかを、きちんと分かれば。


それで十分なのだ。

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