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『安らかに生きる』 ――原題:『安生』  作者: 亀


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第一百零三章 約束したこと

安生は張全のことを書き終えてから。


その帳面を二日間、開かなかった。


三日目の朝。


母親が戸口から呼んだ。


「安生」


「ん?」


「前に、趙順と何か約束してなかった?」


安生は靴を履いているところだった。


「何のこと?」


「屋根が雨漏りしてたでしょう」


安生の手が止まった。


思い出した。


それは去年の夏だった。


趙順の家の屋根から雨が漏っていた。


趙順が安生を訪ねてきた。


「お前、屋根直せるんだろ?」


そのとき安生は胸を叩いた。


「二、三日したら行くよ」


その後、何度か雨が降った。


そして。


安生はそのことを忘れた。


「今も雨漏りしてるのか?」


母親は首を振った。


「もう直したよ」


安生は何も言わなかった。


「じゃあ、どうして今さら聞くの?」


「昨日、会ったんだ」


母親が言った。


「その話になってね」


「お前のことを悪く言ってたわけじゃない」


「ただ」


「これからは、人が自分にした約束を、簡単には信じられないって」


安生はうつむいた。


「分かった」


⸻


午後。


安生は趙順の家へ行った。


門は開いたままだった。


趙順は薪を割っていた。


安生を見ると。


少し驚いた。


「どうした?」


「ちょっと話がある」


「何だ?」


「屋根のこと」


趙順の手が止まった。


「もう直したぞ」


「知ってる」


「じゃあ、何しに来た?」


安生はその場に立ったまま言った。


「前に、お前に約束した」


「俺はやらなかった」


趙順はしばらく安生を見た。


「もう、ずいぶん前のことだ」


「分かってる」


「あのとき、お前もわざとじゃなかった」


「忘れようとして忘れたわけでもない」


安生は言った。


「でも、実際に忘れた」


趙順は斧を置いた。


「今日は、それを言いにわざわざ来たのか?」


「うん」


趙順は小さく笑った。


「昔のお前なら、そんなことしなかったな」


安生も少し笑った。


「昔は」


「殴らなかった」


「騙さなかった」


「それなら、大したことじゃないと思ってた」


趙順は何も言わなかった。


安生は続けた。


「今は」


「人と約束したことは」


「できなくても、一言伝えるべきだと思ってる」


趙順は頷いた。


「それは、そうだな」


⸻


二人はしばらく座っていた。


趙順が尋ねた。


「それで、どうするつもりだ?」


安生は少し戸惑った。


「どうするって?」


「借りを返しに来たんじゃないのか?」


安生は考えた。


「いくらかかった?」


趙順は首を振った。


「金の話じゃない」


「じゃあ、何だ?」


趙順は横に置いてある木材を指した。


「お前が俺に負ってるのは、屋根を直す金じゃない」


「俺が二日待ったことだ」


安生は黙った。


「あの二日」


趙順が言った。


「俺はずっと、お前が来ると思ってた」


「でも、来なかった」


「あとになって分かった」


「世の中には」


「自分だけが本気にしている約束もあるんだって」


安生はうつむいた。


「悪かった」


趙順は手を振った。


「もういい」


「とっくに終わったことだ」


安生はすぐには立ち上がらなかった。


「もしこれから」


「俺がお前に何か約束したら」


「自分には無理だと思ったときは、直接言ってくれ」


趙順は笑った。


「お前自身が分かってれば、それでいい」


⸻


家に戻ると。


安生は帳面を開いた。


そこに書いた。


趙順。


去年、屋根を直すと約束したが、実行せず、そのことも伝えなかった。


少し考えて。


さらに書いた。


大きな損害にはならなかった。


安生はそこで手を止めた。


その一行を消した。


そして書き直した。


最後に誰かが代わりにやってくれたからといって、自分が約束を破らなかったことにはならない。


書き終えると。


筆を置いた。


⸻


夜。


陳二がまたやって来た。


「最近どうしたんだ?」


「何が?」


「そこら中の人を訪ね回ってるだろ」


「借りを返してる」


「誰に金を借りたんだ?」


安生は首を振った。


「金じゃない」


陳二は安生を見る。


「じゃあ、何だ?」


安生は少し考えた。


「昔、人に約束したことだ」


陳二は笑った。


「昔、どれだけ約束したんだ?」


「たくさん」


「全部回れるのか?」


安生も笑った。


「だから今になって分かった」


「何でも約束しちゃいけないんだ」


陳二は頷いた。


「それは確かにな」


二人はしばらく黙っていた。


やがて陳二が尋ねた。


「じゃあ、もう約束しちまったあとで」


「できないって分かったら?」


安生は答えた。


「早めに言う」


「相手が怒ったら?」


「怒らせておけばいい」


「それじゃ嫌われるだろ?」


「ずっと待たせるよりはいい」


陳二は少し考えた。


「それもそうだな」


⸻


陳二が帰ったあと。


安生はまた帳面を開いた。


この頁の下には、まだ少し空白が残っていた。


だが、もう他人の名前は書かなかった。


一番下に、一文だけ書いた。


これから人と約束する前に、まず自分にできるかどうかを聞く。


しばらく眺めてから。


もう一行、付け足した。


できないなら、約束しない。


窓の外から足音が聞こえた。


母親が戸口を通りかかった。


まだ安生が書いているのを見る。


「まだ寝ないのかい?」


「もうすぐ」


「何を書いてるの?」


安生は帳面を閉じた。


「自分の帳面」


母親は笑った。


「子供の頃から、そんなふうに真面目に帳面をつけてたら」


「こんなにいろいろ借りずに済んだのにね」


安生は一瞬、呆気に取られた。


それから笑った。


「今からでも遅くない」


母親はそれ以上何も言わなかった。


そのまま去っていった。


安生は机の前に座ったまま。


少しずつ厚くなっていく帳面を見つめていた。


初めて思った。


変わるということは。


何か特別に大きなことをすることではないのかもしれない。


突然、別の人間になることでもない。


昔やったことを。


一つ残らずやり直すことでもない。


ただ、次に。


誰かに向かって「俺がやる」と言おうとしたとき。


まず一度、考える。


本当に自分にできるのか。


それから。


言うかどうかを決める。

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