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本当のバトルロワイヤル

帝都を包む朝霧は、あの忌まわしき無人島の霧とは違い、石造りの街並みと豪奢な宮殿の輪郭を冷酷に際立たせていた。

アルベルト・フォン・ローゼンバーグは、帝国中央議事堂の重厚な鉄の扉の前に立ち、自身のネイビーブルーの騎士団制服の襟を正した。島で浴びた血と泥は洗い流されていたが、彼の引き締まった身体と、右頬に刻まれた薄い戦傷、そして深いエメラルドグリーンの瞳に宿る光は、かつての「従順な騎士」のものではなかった。彼の隣には、純白のドレスに身を包んだレイナが、音もなく佇んでいる。プリズムのようにきらめく銀髪は美しく整えられていたが、そのプラチナブルーの瞳は、帝都の繁栄を冷徹に、等価に観測していた。

「――おや、行方不明になっていたローゼンバーグ副長ではありませんか。まさか本当に生きて戻られるとは。ですが、今回の『集団失踪事件』は、帝国の名誉に関わる公務中の事故として処理されることが決定しておりましてね。君たちが騒ぎ立てる必要はありませんよ」

扉の向こうから現れた、帝国の治安総監である老伯爵が、下卑た笑みを浮かべながらアルベルトの行く手を遮った。親世代の権力者たちは、自分たちの子供たちが島で繰り広げた凄惨な醜聞を、そしてジュリアンが画策した国家転覆の事実を、全て闇に葬り去ろうとしていたのだ。

「事故、ですか。ならば、これを見ても同じことが言えるのか」

アルベルトの鋭い呟きと同時に、議事堂の回廊の影から、一人の女性が歩み出た。

魔導アカデミーの特特生であり、有志の知脳を務めたエレナだった。彼女は泥に汚れた眼鏡を新調していたが、その奥にある瞳の冷徹さは、島にいた時よりも遥かに研ぎ澄まされていた。エレナは手に持っていた巨大な魔導記憶水晶を、議事堂の中央広場へと叩きつけた。水晶が激しく発光し、大気中に巨大な立体映像が投影される。

それは、無人島の砂浜でレオンが貴族の胸を突き刺し、ジュリアンが笑いながら首輪の魔力数値を貪り食い、高貴な令嬢たちが泥水をすすって命乞いをする、あの地獄の光景そのものだった。

「な、何だこれは……! 直ちに消せ! 衛兵、これを破壊しろ!」

老伯爵が顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、衛兵たちは動かなかった。なぜなら、彼らを率いる騎士団の最前線に、アルベルトの副官であるラインハルトが、長剣を抜いて立ちはだかっていたからだ。

「無駄ですよ、総監。この映像の術式は、帝都全域の魔導通信網と完全に同期しています。今この瞬間、帝都のすべての広場、お茶会、そして平民たちの居住区に、あなた方が隠蔽しようとした『神聖なる貴族』の真実が、リアルタイムで放映されています」

エレナは冷酷に言い放ち、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。彼女が無人島でレイナの不戦を観測し、魔導の指向性を演算し続けた経験は、帝都の防衛術式を内側からハッキングする圧倒的な技術へと昇華していたのだ。血筋だけで権力を握っていた老人たちの顔から、一瞬にして血の気が引いていく。

「おのれ、反逆者どもが……! 捕らえろ! 構わん、その場で切り伏せろ!」

老伯爵の狂ったような命令に応じ、影から帝国直属の暗殺部隊「黒猟犬」の十数名が、音もなく跳躍し、アルベルトとレイナへと襲いかかった。初見殺しの、視認不可能な神速の暗殺術。

だが、彼らの刃が空を切るよりも速く、回廊の天井から、一人の影が舞い降りた。

侯爵令嬢、クリスティーナ。かつては社交界の真珠と称えられながら、島でレオン一派に衣服を剥ぎ取られ、家畜檻で泥をすすっていた彼女は、今や引き裂かれた黒い夜会服を纏い、両手に不気味に煌めく短剣を握りしめていた。

ドシュッ、ドシュッ!!!

「がはっ……! な、ぜ、気配が……」

暗殺者たちの首筋が、正確無比な一撃によって次々と切り裂かれ、大量の鮮血が議事堂の白い大理石を赤く汚していく。クリスティーナの動きには、高貴な令嬢の面影など微塵もなかった。島で強者になぶられ、生き延びるために死体の山から盗み出した、執念の暗殺術。彼女の深い紫色の瞳には、自分たちを捨て駒にしようとした親世代への、底知れない「復讐」の炎が宿っていた。

「私の尊厳を奪った世界を、今度は私が切り刻む番よ」

クリスティーナは血塗られた短剣を掲げ、下卑た笑みを浮かべる老人たちを冷徹に見下ろした。弱者が強者を間引く社会的逆転の連鎖が、今、帝都の心臓部で巻き起こっていた。

「化け物め……魔法を、魔法を叩き込め!」

議事堂の奥から、親衛隊の魔導士たちが一斉に極大の火炎魔法を放った。空間を埋め尽くす破滅の炎。

その炎の前に、一人の華奢な青年が、怯えるように進み出た。ユリウス。島では最弱と見なされ、レオンの家畜として最初に殺されかけていたはずの青年だった。しかし、彼の前へ進む足取りには、奇妙なまでの確信があった。

「……術式の構成が、雑すぎるんだよ」

ユリウスが折れた魔導杖を地面に突き刺した瞬間、放たれた極大の火炎魔法が、まるで生き物のように不自然に捻じ曲がり、そのまま放った魔導士たち自身へと逆流していった。

ガァアアンッ!!!

「ぎゃあああああああッ! なぜだ、私の魔法が防壁を突き抜けて……!」

爆炎に包まれた魔導士たちが、悲鳴を上げてのたうち回る。ユリウスは島で、レオンの圧倒的な暴力を内側から崩壊させるための「術式干渉」の技術を、生き延びるためだけに極限まで磨き上げていた。最弱だったはずの青年は、今や帝国のエリート魔導士たちを嘲笑う、最凶のクラッカーへと変貌していたのだ。

爆炎と悲鳴が渦巻く混沌の議事堂。老伯爵は腰を抜かし、地面を這いながら逃げ出そうとした。だが、その行く手を、一本の巨大な手斧が遮った。

手斧を握っていたのは、セリア。島での拷問の果てに声を失い、首輪のペナルティで肉体の一部が壊死しかけていた無口な令嬢だった。彼女の衣服の隙間からは、今も黒い血管の痕跡が覗いていたが、その身体から漂う威圧感は、島で死兵の武器を手に最後まで戦い抜いた「狂戦士」のそれだった。

セリアは言葉を発しない。ただ、濁った瞳で老伯爵を見下ろすと、手斧の刃を彼の鼻先へと突きつけ、冷酷に微笑んだ。その一言の言葉もない脅迫に、老伯爵は恐怖のあまり失禁し、ただガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。

「ジュリアンを裏で操り、このデスゲームの資金と術式を提供していた『真の黒幕』は誰だ。総監、貴様の背後にいる男の名を言え」

アルベルトが長剣の先を老伯爵の喉元へと突き立て、冷徹に問い詰める。

「ひ、ひぃ……! わ、私は知らん! 私はただ、国務大臣の『ヴァルハイト公爵』に指示されて……!」

老伯爵が恐怖のあまり、真の黒幕の名を吐き出した。ジュリアンの実の父親であり、帝国の政界の頂点に君臨する男。血筋による支配を永遠のものにするため、自らの息子さえも実験台として無人島に送り込んだ、真の狂気がそこにいた。

「やはり、公爵だったか」

アルベルトの翡翠色の瞳が、さらなる冷徹な決意で引き締まる。帝国そのものの構造を変革するための、真の反逆の目的地が定まった瞬間だった。

アルベルトは長剣を鞘に収め、隣に立つレイナを見つめた。レイナは、朝陽がステンドグラスを透かして作り出す極彩色の光の中で、ただ静かに佇んでいた。彼女の純銀の髪が美しく揺れる。

「レイナ、世界はまだ、悪意に満ちている。だが、俺たちの盾は、もう誰にも破らせない」

レイナは何も答えない。しかし、彼女はアルベルトの言葉を聞くと、その薄青い瞳の奥に、ほんの僅かだけ、信頼の光を宿らせた。そして、自らの意志で一歩を踏み出し、アルベルトと、地獄を生き抜いた5人の有志たちと共に、帝国の歪んだ頂点を引きずり下ろすための、真の戦場へと向かって歩み始めた。

社会的逆転の火蓋は切られた。少女と騎士、そして復讐の軍勢による、帝国全土を揺るがす新たなる反逆の物語が、今、ここに幕を開けたのだった。

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