第二十九章:路地の狩人
今回は久しぶりに、少し戦闘寄りの回になりました。
誰がハンターで、誰が獲物なのか。
この逃げ場のない路地という名の狩場で。
何事もないように、四人は歩き出した。
足音は一定。話し声はない。ただ石畳の上を進む。
だが、その内側で、ヴァン・ラークの目は冷徹に周囲を測量していた。
(……仕掛けるなら、ここだな)
両脇にそびえるのは、古びたレンガ造りの倉庫壁。高さは5メートル以上。
表面は滑らかで、足がかりは皆無。
この中で壁を使えるのは、アイリだけだ。
横は潰れている。
逃げ道も、ない。
(前後を塞がれれば、ここは棺桶だ)
ヴァンは瞬時に戦術を組み立て、口を開いた。
「ブルーノ。お前が最前列で道を塞げ。物理的にも、魔力的にもだ」
「……盾役として、敵の注意を一身に集めろと?」
ブルーノ・ホフマンは前を向いたまま、静かに問うた。
顔の傷が、横顔に深い影を落としている。
「そうだ。この道幅なら、お前という『壁』一枚で完封できる。後ろに逸らすな」
「承知しました」
二言で終わった。プロの返答だ。
「ディーター、お前はブルーノの背中に張り付いて遊撃だ。ブルーノが受け止めた瞬間の硬直を狩れ。……できるな?」
「……えっと」
ディーター・ヴァイスが少し首を傾けた。
「俺たちは普段、ブルーノさんの後ろから突撃する戦法なんですが」
「それだと今日は死ぬ。相手はこの地形を選んだ連中だ、待ち伏せの初撃は重いぞ」
「は、はい!」
「アイリ。お前はこの地形の王者だ」
ヴァンは視線だけで高い壁を示した。
「壁を使って三次元に動け。敵の後衛を狩るか、側面から崩せ。遊撃だ」
「わかった」
アイリが短く答え、膝を屈める。その背中に、ヴァンは補足した。
「それと、無茶はするな。……手足の一本でも欠けていたら、『土産』を渡す時に寝覚めが悪いからな」
「……土産?」
「ああ。帰ったら、お前が一番欲しがっていた『知らせ』がある」
アイリの黄金の瞳が、わずかに揺れた。
彼女が欲しがるものなど、一つしかない。
「……ボス。嘘ついたら、喉笛を食いちぎる」
「俺は嘘をつかない」
「……ん」
普段より少しだけ、アイリの足取りが軽くなったように見えた。
役割が決まった。
ディーターがまだ少し不安げな顔をしている。
「もし、想定外の事態が起きたら」
「そのときは俺が指示を出す。思考を止めて、俺の声だけを聞け」
「わかりました」
街路の奥が近づいてくる。
空が細く切り取られ、足音が不気味に反響する袋小路。
ヴァンは歩調を変えずに言った。
「来るぞ。――強化、開始」
「えっ、まだ敵は……」
「今だ」
ヴァンの命令は絶対だ。
二人が同時に魔力回路を起動し、身体強化の光を纏った。
その、コンマ数秒後だった。
ドォンッ!!
予言したかのようなタイミングで、頭上から殺意が降ってきた。
さらに路地の入り口側からも、同じく二体の亜人が飛び出し、退路を完全に塞いだ。
「亜人…… ッ!? 四体も!」
「なんでこんな所に!」
ディーターが叫ぶが、ヴァンは眉一つ動かさない。
(想定通り。速攻系の奇襲か)
(......前も後ろも塞がれてる。俺とアイリだけだったら、終わってたな)
ブルーノは、考えるより先に動いていた。
三人の前に出る。
軍刀を抜き、盾のように構えて仁王立ちする。
ガガガガッ!
火球が、斬撃が、ブルーノの展開した魔力防壁に弾かれる。
熱気が路地を舐めるが、その後ろにいるヴァンたちには熱風すら届かない。
完璧な『壁』だった。
「……チッ、硬い!」
舌打ちが聞こえた。
煙を突き破り、二体の亜人が姿を現す。
身軽な装備。両手には逆手持ちの短剣。
彼らは壁を蹴り、天井を跳ね、人間離れした三次元機動でブルーノを翻弄しようとした。
アイリと同じ、高機動・敏捷特化型だ。
本来なら、鈍重な重戦士であるブルーノにとって最も相性の悪い相手。
だが――ここは狭い路地だ。
「邪魔だ、デカブツ!」
亜人の一人が壁を蹴り、ブルーノの頭上を飛び越えて後衛を狙おうとする。
しかし。
「通さん」
ブルーノが半歩、横に動いただけだった。
狭い路地で、巨漢が魔力防壁を展開する。それだけで、この空間は通り抜けられない。
空中で回避機動が取れない亜人は、自らその鋼の如き肩に激突し、無様に弾き返された。
(やはりな。いくら速くても、抜ける穴がなければ意味がない)
ヴァンはその光景を冷静に分析していた。
そして、その隙を相棒は見逃さない。
「そこっ!」
ブルーノの脇から、閃光のような刺突が走った。
ディーターの軍刀だ。
彼はブルーノが視界を塞いでいるにも関わらず、迷いなく剣を突き出した。
ブルーノもまた、背後から剣が出ることを知っていたかのように、微動だにしない。
「ガハッ……!?」
空中でバランスを崩していた亜人の喉元を、正確無比な一撃が貫いた。
亜人が地面に転がる。
「ランク C」
ブルーノが静かに評価を下す。
長年組んできた阿吽の呼吸。
この二人の前衛ラインは、そう簡単には崩れない。
ヴァンは素早く戦況を俯瞰した。
正面の残り一体の亜人はブルーノの圧力で動きが封じられている。問題は、退路を塞いだ二体の遠距離術師だ。
「アイリ、後ろの二匹を封じろ! 術を唱えさせるな!」
「わかった」
声が残る前に、アイリの姿が壁を蹴って宙に消えた。
路地の入り口側から、すぐに短剣のぶつかる音、亜人の怒鳴り声が響いてくる。
アイリが三次元機動で二人を翻弄し、詠唱を妨害し続けているのがわかった。
正面に残った一体が、なおも壁を蹴って飛びかかろうとした瞬間、ブルーノが低く半歩踏み込んだ。体ごとぶつかる鈍い衝撃音。地面に叩きつけられた亜人が、ぴくりとも動かなくなる。
ブルーノとディーターの阿吽の呼吸であっさりと制圧され、地面に叩きつけられた。
勝負あった。そう思った瞬間だった。
「――伏せろッ!!」
ヴァンの思考より先に、本能が警鐘を鳴らした。
「え?」
ディーターが反応するより早く、ヴァンは彼の襟首を掴んで強引に地面に引き倒した。
アイリも瞬時に身を低くする。
直後。
ドォォォォォォォンッ!!
路地の入り口側が、爆風で埋め尽くされた。
精密な狙撃ではない。
路地全体を吹き飛ばすような、無差別な広範囲爆撃魔法。
「ぐっ……!」
衝撃波が石畳を揺らし、砂塵が視界を奪う。
ヴァンは咳き込みながら、砂煙の向こうを睨みつけた。
(……味方ごと、やったのか?)
爆発の中心には、まだ息があったかもしれない亜人の死体が転がっていた。
だが、煙の向こうから現れた者たちは、その死体をゴミのように踏みつけて入ってきた。
二人組。
人間だ。
だが、その皮膚の下で青白く光る魔導回路の出力は、これまでの亜人たちとは比べものにならなかった。
【第二十九章・終】
うまく場面の切り替えや視点の動きが書けていればいいのですが、
もし読みづらいところなどあれば、ぜひ教えていただけると助かります。
もし物語を気に入っていただけたら、
フォローや★評価などで応援していただけるととても励みになります。
いつもご愛読くださり、誠にありがとうございます。




