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第三十章:血の刻印

ハンターは、獲物を追い詰めたと思った瞬間、自らが罠の中心にいることに気づく。

戦いに勝ち、生き残ったと思ったのも束の間、路地に広がる血は、新たな恐怖の幕開けを告げている。


もし「うわ、そう来たか」と思ってもらえたら嬉しいです。

それでは第三十話、よろしくお願いします。

「『不夜城(ふやじょう)』の戦闘傭兵か」


ブルーノが呻くように言った。


ヴァンも眉を顰めた。

東方の島国と帝国の狭間に浮かぶ混沌の闇街、魔導ネオンが昼夜を問わず輝き続ける無法地帯。そこから出てきた人間は、金と暴力以外の何物も信じない。


ヴァンは彼らの動きを見て、即座に違和感を覚えた。


(連携がない)


先ほどの亜人たちへの配慮がないのは当然としても、この二人同士の間にも、チームワークというものが感じられない。

一人は魔法を乱射し、もう一人は強化した拳で突っ込んでくる。

ただ個々の暴力性能が高いだけの、野良犬の群れ。


「死ねやオラァッ!」


近接型の傭兵が、ブルーノに突っ込んだ。

重い拳打。

ブルーノが軍刀で受けるが、衝撃で足が数センチ下がる。


「ヒャハハ! 隠れても無駄だぜ!」


後方からは、もう一人の魔導師が氷の礫をマシンガンのように乱射してくる。


ディーターが悲鳴を上げた。

「うわっ、こいつらデタラメだ! ブルーノさんが塞いでるのに、お構いなしに撃ってきやがる!」


「くっ……防ぎきれん!」


ブルーノが苦悶の声を漏らす。

物理攻撃を受け止めながら、魔法防御も展開するのは限界がある。

しかも相手は、味方への誤射など気にも留めない飽和攻撃だ。

このままでは、ジリ貧になる。


ヴァンは戦況図を脳内で書き換えた。


(ブルーノは物理に強いが、魔法防御は専門外。ディーターは剣速は速いが、パワー負けする)


そして敵を見る。

近接バカと、魔法乱射バカ。

互いに連携せず、ただ目の前の敵を潰そうとしているだけ。


(近接特化、パワー全振り。ああいう類の戦士は、『背中』を見せられると止まれない。速攻と暴力しか信じていない人間は、獲物が逃げた瞬間、必ず本能で追う)

ヴァンは叫んだ。


「ブルーノ! 目の前の拳野郎を捨てろ! 右の魔導師を潰せ!」

「なっ、背中を見せろと!?」

「ディーターがカバーする! 信じて走れ!」

「――ッ、承知!」


拳を受け流すと、大胆にも背を向け、猛然とダッシュした。


「逃げんのかテメェ!」


案の定だった。 近接傭兵の目が、獲物を前にした獣のように輝く。連携もなく、指示もなく、ただ本能のまま飛びかかる。


(欲張った。そこだ)


無防備に晒された脇腹へ、横から滑り込んだディーターの軍刀が突き刺さった。


「よそ見してる余裕なんて、ありますかよ!」

「グギッ!?」


「ディーター、粘るな! 流して躱せ!」

「はいっ!」


傭兵が歯を食いしばってブルーノへの追撃を諦め、傷を負った状態で後退した。

ブルーノはその隙に遠距離傭兵に詰め寄り、術の詠唱を妨害し続ける。

だが、近接傭兵はすぐに、目の前に単独で立つディーターの対応の粗さを見て取った。


近接傭兵が、手負いの獣のようにディーターへ襲いかかる。荒削りだが致死の暴力。ディーターの剣捌きが乱れ、体勢が崩れかけた。


「まずい、ブルーノさんッ!」


「下がらなくていい、ディーター!」


ヴァンが鋭く叫んだ。


「ブルーノ、退きながら右へ! ディーターの背後へ回れ!」


「——承知ッ!」


ブルーノが地を蹴り、ディーターを庇うように立ち位置を入れ替える。

その瞬間、二人の傭兵の標的が完全にブルーノ一人へと集中した。


「死ねぇぇッ!」


後衛の魔導師が、ブルーノの巨体を狙って特大の氷の棘を放つ。

だが——ブルーノはそれを受けず、ギリギリで半身を逸らした。


「あ?」


後衛の術はブルーノの横をすり抜け、彼を追って一直線に突っ込んできた『味方の近接傭兵』の背中に深々と突き刺さった。


「がぁぁッ!? テメェ、どこ撃ってやがる!!」


「前をチョロチョロ動くから見えなかったんだよッ!」


傭兵同士の罵声が交差する。

連携が、完全に崩壊した瞬間だった。


互いに罵り合っている。

……今だ。


「行け」


ヴァンが言った。


「二人でいい。一人は生かせ」


ブルーノとディーターが前に出た。


「……終わりだ」


ヴァンは短く告げた。

路地に静寂が戻る。


壁際に、アイリがずるずると背を預けて座り込んでいた。

腕を膝の上に投げ出し、強化の光はすでに消えている。


「怪我は」


「ない。……魔力が、ない」


それだけだった。先ほどの無差別爆発の中、二体の遠距離亜人を巻き込んで始末しつつ、身体能力だけで爆風を躱しきった代償だった。


ブルーノが縄を手に、傭兵の一人を引きずってヴァンの前に無造作に放り投げた。


「生きています」


「もう一人は」


「ディーターが」


背後で縄を締める音がした。

ヴァンは足元の亜人の死体に視線を落とした。


全員、事切れている。

だが——ブルーノの剣が届く前に、自ら喉を掻き切った者もいた。


「……自決か」


「四体ともだ」


アイリが壁際から低く言った。


「縛られる前に、全部自分で首を掻き切りやがった」


「見覚えはあるか」


「ある」


黄金色の瞳が、細く険しく光った。


「ノストラのスパイだ。首筋の刺青と、ドブみたいな匂い……間違いない」


足元には、無惨な死体の山。

亜人が四体。傭兵が二人。

亜人は全員死亡。


「ブルーノ、ディーター。怪我はないか」


「かすり傷です」

ディーターが額の汗を拭いながら、苦笑いを浮かべた

ヴァンは頷き、ブルーノの顔を一瞥した。


「......あのタイミングでのスイッチ、肝が冷えましたよ」


「お前たちの連携ならできると踏んだ。ナイスカバーだ」


ヴァンは労いの言葉をかけつつ、まだ息のある傭兵に歩み寄った。

ディーターが手早く縄で縛り上げる。


「さて……」


ヴァンはしゃがみ込み、傭兵の胸倉を掴んだ。

血と泥にまみれた顔が、ヴァンを睨みつける。


「黒幕の名を吐け。そうすれば楽に死なせてやる」

「……へっ、知らねえよ」


傭兵は血の泡を吹きながら、ニヤリと笑った。


「俺たちゃ使い捨てだ。依頼主の顔なんて……」


「マルクスか?」

「さあな」


笑ったままだった。

その態度に、ヴァンは違和感を覚えた。

ただの強がりではない。何か、決定的な『絶望』を待っているような――。


(……待て)


視線が、傭兵の足元へ落ちた。

石畳に広がった血溜まりが、動いていた。

低い方へではなく——この男へ向かって。


(やはり)


死体の血も。亜人たちの血も。すべてが、この男を中心に集まっている。

傭兵の背中、外衣の合わせ目から、血の色の光が滲んでいた。


「ブルーノ、軍刀をよこせッ!!」


喉が裂けるほどの声だった。


ヴァンは考えるより先に、泥だらけの石畳を蹴って駆け出していた。

ブルーノが咄嗟に自らの長剣を抜き、柄からヴァンの手へと放り投げる。

空中で柄を掴んだヴァンは、そのままの勢いで踏み込み、渾身の力を込めて刃を振り下ろした。


——ズガァンッ!!


血の光を放ち始めた傭兵の首が、背中の不気味な刻印ごと、一撃で胴体から切断されて宙を舞った。

狂ったように脈打っていた血の光が、ふっと霧散する。


ブルーノが荒い息を吐いた。


ヴァンは既に振り向いていた。


でも、路地に広がった血溜まりが、なおも別の方向へと流れていた。

ディーターのほうだ。


縛られた傭兵が、石畳に伏せたまま動いていないように見えて、体中の蛇の刻印が、吸い込んだ血と共に激しく赤く輝いていた。


血が、ますます速く彼の体へと流れ込んでいく。


「ヴァイス! 今すぐ殺せ!」


ヴァンが絶叫した。


ディーターは一瞬の躊躇もなく腰の刀を抜き、うつ伏せの傭兵の背中——心臓めがけて真上から振り下ろした。


——ギィンッ!!


甲高く、絶望的な音が路地に響いた。

肉を断つ音ではない。分厚い鋼鉄の塊を全力で叩いたような反発音。


ディーターの放った軍刀は、刃の半ばから無惨に砕け散り、破片が空を舞った。


「え……? 斬れ、ない……?」


ディーターの声が、恐怖でひっくり返った。傭兵の背中の皮膚が、血を吸って赤黒い岩の装甲のように変異しているのだ。


そして、波が来た。

街路全体が、地鳴りのように揺れた。

道全体を覆っていた魔力結界が、内側から爆発するように砕け散った。

衝撃波がディーターをまっすぐ吹き飛ばし、奥の石壁に叩きつけた。

レンガの破片が雹のように降り注ぎ、土煙が路地全体を覆い尽くした。

破砕音、崩れ落ちる壁の音が、重なって響く。


土煙の中で、何かがゆっくりとこちらを向いた。

石畳が、一歩ごとに沈んでいた。




【第三十章・終】


最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

勝ったと思った瞬間に訪れた、まさかの大逆転。


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