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第九十四章:檄

なお本人はかなり冷静に、

「若い新兵は勢いと感情で動く」

という前提で煽っています。


あと、例の三連コール。


作者的には、

「声が小さい!!」

を一回挟むだけで急に軍隊感が増すの、ちょっとズルいと思っています(笑)

五千の兵が、平原に整列した。


壮観だった。

それだけは、認めざるを得ない。


見渡す限りの隊列が風景を埋め尽くし、無数の軍旗が風に揺れている。革の鎧と金属の武器が擦れる音が、地鳴りのように低く響いていた。


ヴァンは指揮用の台座に立ち、五千の顔を見下ろして——少し、困った。


(これ、俺の声が届くわけがないだろ)


マイクも拡声器もない。

一番前にすら届くか怪しい。ましてや後ろの兵には、風に消されるだけだ。


その時、控えめな足音が近づいてきた。

見れば、いかにも場違いな、おどおどした一介の平兵卒だった。


ヴァンと目が合った瞬間、兵士はビクッと立ち止まった。


やがて、兵士が恐る恐る口を開いた。


「……あの、自分、末端の通信兵でして。長官の代わりに、声を全軍に届ける役を仰せつかっておりまして」

「声を?」

「はい。自分、『拡声』の魔法が使えますので……」


ヴァンは、思わず額に手を当てて天を仰いだ。


(拡声魔法……? そんな便利なのがあるのか。いや、無線もない戦場だ。大軍に号令を飛ばす術くらい、あって当然か)


「そういう大事なことは、最初に言ってくれ」

「も、申し訳ありませんッ!」

「いや、助かった。ありがとう。じゃあ俺の隣に立て」

「は、はい!」


ヴァンは台座の縁まで一歩、前に出た。

ヒラ兵士が隣に並び、深く息を吸い込んで魔力を練り上げる。

空気が震え、見えない波紋が平原に広がった。


「敵は二倍だ」


静かに、しかし平原の隅々にまで届く圧倒的な音量で、ヴァンは言った。


「一万。しかも恐らく、お前たちより遥かに場数を踏んだ、血と泥にまみれた古兵たちだ」


兵士の海が、ざわめいた。

新兵たちの顔に、隠しきれない動揺が走る。


「お前たちの多くは思っているだろう。勝てるわけがない、と。適当に戦って、全滅する前に降伏すればいい。そう考えている奴もいるはずだ……正直に言えば、俺も最初はそう思っていた」


ざわめきが、少し落ち着いた。

なるほど、と納得する顔が並んでいた。

軍隊の士気を鼓舞するための、よくある前置き。新兵たちは、これをそういう定型句だと思い込んでいた。


ヴァンは一息置いた。


「だがな」


声の温度が、一気に氷点下まで下がった。


「俺は、嫌だ」


ダァァァンッ!!


爆発音が平原に響き渡った。

ヴァンが、傍らに立て掛けられていた金属製の塔盾を、全力で殴りつけた音だった。

『拡声』の魔法に乗ったその打撃音は、まるで至近距離で大砲が撃たれたかのように五千の兵士の鼓膜を殴りつけた。


兵士たちの顔が、一瞬で引きつる。


「目を覚ませ!」


ヴァンは怒鳴った。


「帝都の連中も! 上層部も、敵の古兵どもも! 全員が俺たちを見下している! 『どうせ実戦経験ゼロの新兵の寄せ集めだ』『使い捨ての駒だ』と笑っている!」


隣のヒラ兵士が、あまりの迫力に目を丸くして震えていた。

前列の幹部たちも、完全に呆けた顔でヴァンを見上げている。


「あいつらは、俺たちに負けることを期待している! 理不尽な盤面で、大人しく泥を啜って死ぬことを望んでいる!」


ヴァンは右手を握り込み、その拳を天に向かって突き上げた。


「だが俺は腹が立って仕方がない! お前らはどうだ!? 黙黙って見下されたまま、名前も知られずに泥の中に沈む気か!?」


声が平原を切り裂いた。


「勝ちたい!」


ヴァンは吠えた。


「あの傲慢な古兵どもに、ここで一発、思い切り痛撃をぶち込んでやりたい! 俺たちは捨て駒じゃない、帝国軍人だと証明してやりたい!」


「聞くぞ——お前たちも、勝ちたいか!」


声が平原を走った。

応答が来た。


「お、おう……!」


ばらばらと、まだ遠慮と戸惑いが混じった声。


「声が小さい! 負け犬のまま死ぬ気か!」


もう一度。今度は、怒りと熱が伝染し始めていた。


「おおおおっ!」


「聞こえんと言っている!!」


三度目。

地殻が割れるような、五千人の怒号が平原を揺らした。


「おおおおおおおおおおおおッッ!!」


「よし」


ヴァンは突き上げていた拳を、ゆっくりと下ろした。


「俺の指揮に従え。必ず勝たせてやる」


平原が、割れんばかりの歓声に沸き返った。


「誰も俺たちを見ていない。誰も俺たちに期待などしていない」


ヴァンは最後に、静かに、しかし決定的な言葉を落とした。


「ならばここで見せてやれ。老兵どもに教えてやる。——今日の軍功は、俺たち新兵のものだ、と!」


再び振り上げられたヴァンの拳に、五千の咆哮が完全に重なった。


士気は、満ちた。

いや、満ちすぎたかもしれない。


ヴァンは内心で冷や汗をかきながら、表面上は威厳を保って告げた。


「解散。各自休息を取り、明朝に備えろ。各大隊の幹部は残れ」


兵士たちが熱狂のまま散っていく中、幹部たち五人がぞろぞろと集まってきた。

ヴァンが来るまでの間、彼らの間でヒソヒソと声が漏れていた。


「す、凄まじい演説だった……」

「まさか、本気であの古兵一万に勝つつもりなのか……?」

「でも、あのヴァン・ラーク閣下だぞ? 『戦争論』の著者が言うなら、万が一もあるかもしれない」

「ああ。正直、あの演説が聞けただけでもここに来た甲斐があった。鳥肌が止まらない」


ヴァンが近づくと、五人は弾かれたように直立不動の姿勢をとった。


「最初の命令だ」

「は!」

「編制を根本から組み直す。騎兵は現状維持。だが、重装歩兵と魔導兵は一度全ての隊を解体して再編成しろ。その中から、実力と機動力上位の者だけを抜き出して、俺の直轄となる一個の『突撃分隊』を作れ」


幹部たちの動きが、揃ってピタリと止まった。

クレメンスが、困惑したように口を開いた。


「……閣下。それは、どういう戦術的意図で——」

「勝つためだ。理由は後で分かる。すぐにやれ」

「は、はい!」


まだ無数に質問したそうだったが、ヴァンの冷たい眼差しに押され、全員が駆け出していった。




出ていく幹部たちの後ろから、ひそひそ声が聞こえた。


「今の編制解体……もしかして、これが『戦争論』でいう『摩擦』を減らすための措置なのか?」

「いや、違うだろ。『三位一体』の機動力を高めるための——」

「さすがは閣下だ、教範にはない深い意図が……」


ヴァンは、聞こえなかったふりをした。


(ただ単に、足の速い別動隊を作って敵の裏を掻きたいだけなんだが……まあ、勝手に深読みして士気が上がるならそれでいい)


ヴァンは振り返り、距離を置いてこの茶番……いや、演説を観察していた審判組の軍官の元へ歩み寄った。


「一つ聞いていいか」

「何でしょう」

「今の編制組み替えは、ルール違反か?」


審判組の軍官は少し手元の資料を確認し、答えた。


「——問題ありません。現地指揮官の裁量です」


「そうか。ならもう一つ」


「敵の指揮官は誰だ」


審判組の者は、沈黙した。

ヴァンは一歩踏み込み、理詰めで迫った。


「開示情報として教えろ。遭遇戦とはいえ、敵軍がどこの誰の部隊かも分からずに平原でぶつかるなんて、あり得ないだろう。戦場では軍旗を立てる。主将の顔くらい、前に出れば嫌でも分かるはずだ」

「……」

「ルール上、これを伏せる正当な理由はないはずだ」


審判組の者は、小さく息を吐き、手元のバインダーを閉じた。


「……分かりました。演習の初期開示情報としてお伝えします」


軍官は、前置きをしてからその名を口にした。


「敵軍の指揮を執るのは——コンラート・アイゼンハルト教育総監であります」


ヴァンは、数秒の間、石のように動かなかった。


コンラート・アイゼンハルト。


帝国軍事学院の教授で、教育総監。

《帝国制式戦法教程》の総編にして、旧貴族派の理論的権威。

帝国の主流である『正面突破・力こそ正義』を体現する男。


そして——あの無能なポンコツ教官、ルートヴィヒ・アイゼンハルトの父親だ。




【第九十四章・終】

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