第4話 十年越しの再会……?
「……よし!」
私は、冒険者ギルドの前で拳を握った。
メアリー・レオンハート。
《緋色のメアリー》。
十年前、私とお母さんを助けてくれた、憧れの騎士。
ようやく名前を知ることができたのに、王都での聞き込みは思うように進まなかった。
若い人たちは、その名前を知らない。
十年前のことを知っていそうな人たちは、なぜか話したがらない。
中には、探すのをやめろとまで言う人もいた。
「……でも」
私は首を振った。
あの人が、どんな人だったとしても。
私とお母さんを助けてくれたことは変わらない。
それに。
まだ、お礼だって言えていない。
「今度こそ、ちゃんと話を聞こう!」
そう決めて、私はギルドの扉を開いた。
◆
「いらっしゃいませ」
受付から、聞き覚えのある声がした。
銀色の髪をした女性。
昨日、騎士団の詰所の場所を教えてくれた人だ。
「あっ! 昨日はありがとうございました!」
「……ああ、昨日の…」
女性は私を見ると、少しだけ目を細めた。
「騎士団の詰所には行けましたか?」
「はい!」
「それはよかったです。それで、本日は冒険者登録でしょうか?」
「いえ! 人を探しているんです!」
「……そうですか」
なぜだろう。
少しだけ、残念そうな顔をされた気がする。
「実は、探している人の名前が分かったんです!」
「それは何よりですね」
「メアリー・レオンハートさんです!」
「……メアリー・レオンハート、ですか?」
「はい! 《緋色のメアリー》と呼ばれていた騎士なんです!」
女性は少し考え込んだ。
「……申し訳ありません。そのお名前の騎士については、存じ上げません」
「……そうですか」
思わず肩を落とす。
やっぱり、ここでも駄目なのだろうか。
「ただ……」
「え?」
女性は、少し申し訳なさそうに続けた。
「メアリーという名前の冒険者でしたら、一人知っています」
「メアリー……?」
「はい。ただ、姓までは確認できませんし、騎士だったという話も聞いたことがありません」
「…………」
同じ名前。
それだけでは、探している人かどうか分からない。
でも。
「その人は、どんな人なんですか?」
「……そうですね」
女性は、少し答えに迷った。
「赤い髪の女性です」
「――っ!」
思わず受付に身を乗り出した。
「赤い髪!?」
「は、はい」
「長いですか!?」
「え、ええ。長いですが……」
「その人です!」
「いえ、まだそうと決まったわけでは……」
「会わせてください!」
女性は困ったように眉を下げ、言いづらそうに口を開いた。
「……今、どこにいるかはお教えできます。ただ、人違いかもしれませんよ?」
「はい!」
私は大きく頷いた。
女性は、しばらく私の顔を見つめていた。
それから、ふと遠い目をした。
「……もし、その方があなたの探している人だったとしても」
「はい?」
「……いえ、なんでもありません……」
「…………?」
どういうことだろう。
「あの、そのメアリーという人は、今どこにいるんですか?」
「今でしたら、酒場にいらっしゃると思いますよ」
「酒場!?」
「はい。先ほど、お酒を飲んでいるところを見かけましたので」
「ありがとうございます!」
私は勢いよく頭を下げた。
「えっ、あの、ちょっと――」
最後まで聞かずに走り出す。
今度こそ。
今度こそ、会えるかもしれない!
◆
酒場に飛び込んだ私は、すぐに辺りを見回した。
冒険者たちの話し声。
食器の触れ合う音。
あちこちから聞こえてくる笑い声。
その中から、私は必死に赤い髪の女性を探した。
赤い髪。
長い髪。
十年前、私とお母さんを助けてくれた騎士。
「……どこ?」
人の間を縫うように進みながら、何度も周囲を見回す。
そして。
酒場の奥。
一人の女性が、テーブルで酒を飲んでいた。
長い赤い髪。
その横顔を見た瞬間。
心臓が、大きく跳ねた。
「……いた」
……似ている。
十年前、私たちを助けてくれた、あの人に。
「見つけた!」
私は思わず駆け寄った。
「あの!」
「……ん?」
女性が顔を上げる。
「メアリーさん、ですか?」
「…………」
女性は私の顔を見た。
そして。
すっと視線を逸らした。
「……違う」
「え?」
「人違いだ」
即答だった。
「…………」
……あれ?
「でも、メアリーさんっていう赤い髪の冒険者がここにいるって……」
「赤い髪の女なんて他にもいるだろ」
女性は、酒の入った杯を口元へ運んだ。
「ほら、あっち行け。私は今、酒を楽しんでるんだ」
「えっ、でも……」
「せっかく気持ちよく飲んでるんだ。邪魔するな」
そう言って、女性は再び酒を飲み始めた。
「…………」
私は、その横顔を見つめた。
あの赤い髪、あの瞳。
十年間、忘れたことなんてなかった。
でも。
本人が違うと言っている。
「……あの!」
「なんだよ……まだ何かあるのか?」
「十年前、《大スタンピード》で、あなたは私とお母さんを、助けてくれたんです!」
ぴたり。
女性の手が止まり、杯を置いた。
「……人違いだ」
さっきまでとは違う、低い声だった。
「……そう、ですか」
胸が痛んだ。
やっぱり、違う人なのだろうか。
でも。
どうしても、諦めきれない。
「……あの時」
私は、震える声で続けた。
「あなたは、怖いって言ってました」
「…………」
「それでも、私たちを守ってくれたんです」
女性の表情が、わずかに変わった。
「……お母さんを助けてくれるって、約束してくれました」
沈黙。
やがて。
「……母親は」
小さな声が聞こえた。
「え?」
「……母親は、どうなった」
私は息を呑んだ。
その言葉だけで、分かった。
「……元気です!」
女性が、ゆっくりと私を見る。
「……そうか」
その顔に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
「……よかった」
私は息を呑んだ。
やっぱり。
やっぱり、この人は――
「……いや」
「え?」
女性は、ふいっと顔を背けた。
「やっぱり人違いだ」
「……え?」
「私はただの飲んだくれだよ。騎士でも英雄でもない」
「でも、今……」
「たまたまだよ、たまたま。お前の母親が元気だって聞いて、いやぁ、よかったよかった!と思っただけだ」
「…………」
女性は、もう一度酒の入った杯を手に取った。
「ほら、帰った帰った。探してる英雄様は、別のところにいるんじゃないか?」
「……そう、ですか」
胸の奥が、きゅっと痛んだ。
間違いないと思った。
十年間、ずっと覚えていた顔だった。
それなのに、本人が違うと言っている。
「……すみませんでした」
私は、小さく頭を下げた。
「お酒の邪魔をしてしまって……」
「……ああ」
女性は、こちらを見なかった。
私は踵を返した。
やっと会えたと思ったのに。
やっぱり……違ったのかな。
そう思い、泣きそうになりながら出口へ向かおうとした。
その時だった。
「おい、メアリー!!」
「…………え?」
酒場の奥から、怒鳴り声が響いた。
振り返る。
そこには、大柄な男性が腕を組んで立っていた。
どうやら、この酒場の店長らしい。
「メアリー! お前、またツケを増やす気だろ!」
「……げっ」
赤い髪の女性が、露骨に顔をしかめた。
「お、おい店長。今ちょっと取り込み中で……」
「知るか! 先月のツケもまだ払ってねえだろうが!」
「だから、今月まとめて払うって!」
「先月もそう言ってたぞ!」
「いちいち細かいこと気にするなよ! ハゲるぞ!」
「金の話だ! 気にするわ!! それにハゲてねえよ!」
酒場のあちこちから笑い声が上がった。
私は、その場に立ち尽くしていた。
……今。
何て?
「……メアリー?」
赤い髪の女性の肩が、ぴくりと跳ねた。
店長が、こちらを見た。
「ん? 嬢ちゃん、こいつの知り合いか?」
「えっ、あの……」
私は女性を指さした。
「この人……メアリーさんっていうんですか?」
「そうだが?」
「…………」
店長は不思議そうに首を傾げた。
「メアリー。こいつがどうかしたのか?」
「…………」
女性は、ゆっくりと顔を伏せた。
「……店長」
「あ?」
「……今、それ言う?」
「何がだ?」
「……いや、もういい」
女性は深いため息をついた。
私は、ゆっくりと近づいた。
「……メアリーさん?」
「…………」
「メアリーさん、ですよね?」
「……同じ名前の別人って可能性もあるだろ」
「さっき、人違いだって……」
「だから人違いなんだよ!」
「でも、お母さんのことを……」
「…………」
女性は黙り込んだ。
私は、その顔をじっと見つめた。
十年前。
あの時、私たちを助けてくれた人。
赤い髪。
あの瞳。
そして、母親の無事を聞いた時の、あの笑顔。
「……やっぱり」
女性が、嫌な予感でもしたように顔を上げた。
「……おい、待て」
「見つけました!」
「待てって!」
「メアリーさん!」
「だから待てと言ってるだろ!」
私は、思わず笑顔になった。
ようやく。
ようやく、会えた。
私の英雄に。
「十年間、ずっと会いたかったんです!」
「…………」
「私、あなたに憧れて騎士になりました!」
「……は?」
メアリーさんの顔から、表情が消えた。
「……騎士?」
「はい!」
「……私に憧れて?」
「はい!」
「…………」
メアリーさんは、しばらく私を見つめていた。
そして。
「……店長」
「何だ?」
「……酒、もう一杯」
「まずツケを払え!!」




