かわいいね。
「お、お泊まりぃぃぃぃっ!?」
私の、本日何度目かも分からない悲鳴が、防音設備が完備された桜凪さんの部屋に虚しく響き渡った。
「ええ、そうよ。何かおかしなことかしら? 恋人同士が、放課後にどちらかの実家に泊まって、いちゃい…親密な時間を過ごすのは当たり前だと思うのだけれど??」
わざわざイチャイチャって言おうとしたぞこの人。
「いや、おかしい! 圧倒的におかしいし、ステップの飛ばし方バグってるよ…普通は、手を繋いで帰って数回のデートを重ねて、そこから段階を踏んで……!」
「それら全てショートカットするに限るわ」
「効率化をそこに求めるんじゃないよ!」
本当にこの人の恋愛観(というか、恋人ごっこの設定…?)は、どこから仕入れてきたものなのだろうか。
だが、桜凪さんの、冷たくも確固たる決意に満ちた瞳を見つめていると、
「あ、これ、何を言っても無駄なやつだ」
と、私の直感が告げていた。
初日で恋人になって、即日お泊まりとは。私の人生、急激にジェットコースターの角度が垂直に切り替わった気がする。きゃあああああああ!!
「というか、桜凪さんのほうこそ、本当に大丈夫なの!? 突然、その、よく分からないクラスメイトの、しかも女の子を泊めるなんて、ご両親の許可とか、さ……」
「言ったでしょう。両親は海外を飛び回っていて、この家には滅多に帰ってこないわ。今夜も、私一人よ」
「さようで……」
というわけで、何の準備(主に心の準備と、替えの下着の準備)もないまま私は半強制的に、桜凪由奈の豪邸で一夜を共にすることに。
他のチェリーズにバレた暁には、私はおそらく公衆の面前で十字架にさらされ火炙りの刑になるのだろう。
恐ろしい。
ちなみにスマホで私の母に「今日、友達の桜凪さんの家に泊まっていくね」と、震える指でLINEを送ったところ、
『あかね、お母さんはイマジナリーフレンドを作って現実逃避するような子に育てた覚えはありません。早く帰ってきなさい』
という、あまりにも直球で辛辣な返信が返ってきた。不憫なあかねちゃん。
わ、私にだって、現実の友達くらい……!
……あ、いなかったわ。今いるのは、利害関係の一致のみで結ばれた、偽りの恋人だけだった。
本当に私の人生、泣けてくるほどにカナシイネ。
時刻は、夜の7時を回ったところ。
豪邸の中をウロウロしているうちに、私の貧弱なお腹が、ぐぅ〜、と品のない音を立てて鳴り響いた。
「食材を買いに、スーパーへ行きましょうか。冷蔵庫の野菜を切らしていたのを忘れていたわ」
「え? あ、うん、行く!」
てっきりあのバカみたいに広くて綺麗なキッチンで、週に数回やってくるお手伝いさんが作り置きしてくれた、豪華なフランス料理のフルコース的なものを温めて食べるのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「ご飯は、いつも桜凪さんが作っているの?」
「そうよ。うち、料理人は雇っていないから。それに自分で作った方が、自分の好みの味付けに調整できるでしょう?」
「たしかに……」
「うちに来てくれるのは、敷地を掃除してくれる使用人の人たちだけよ」
というわけで桜凪さんが夜ご飯を作ってくれることになり、その材料を買いに外に。
制服姿のまま、私たちは薄暗くなった街灯の下を、並んで歩き始めた。
4月の夜風は、日中の暖かさが嘘のように冷たく、私の薄いセーターの生地を通り抜けて体を小さく震えさせる。
「そういえばまだ貴女にちゃんと言っていなかったわね」
「え? 何を?」
「なんで、数あるクラスメイトの中から、私が貴女に『恋人関係』を求めたのか、その最大の理由よ」
「あっ……確かに。私はてっきりあの中庭の告白現場に偶然居合わせたのが私で、私をカムフラージュの盾にするのが桜凪さんにとって一番手っ取り早くて都合が良かったからだと思ってたんだけど……違うの?」
あの、男子生徒からの執拗な告白。
それを断るための防御盾として、私が即興で選ばれた。
それが私の脳内で導き出した、最も論理的な結論だったのだが。
「半分は正解で、半分は不正解よ」
「半分正解か~。ちなみに、残りの半分はなんなの?」
「それはまだ言えないわ。今言ったところで、どうせ貴女には理解できないでしょうし」
そう言って桜凪さんはフイッとそっぽを向いてしまった。
どうやら、私に教える気はさらさらないらしい。もったいぶるなぁ、私の恋人。
「けれど、確実に言えるのは……その半分の理由としては私はあの人から逃げるための防波堤として、貴女を選んだ。それは事実よ」
「あの人って……さっき桜凪さんに、中庭で告白してきた、あの男バスのイケメン先輩?」
「男じゃないわ。女よ」
「は……?」
女……?
あの、高身長でがっしりしていて、制服のズボンを男前に履きこなしていた、あの先輩が……女性!?
確かに、彼女が去り際に私の横を通り抜けた時、驚くほどフローラルで、甘くて良い香りがしたような気がするけれど。
いや、待て、私。去り際の他人の匂いを嗅いで記憶しているなんて、普通にキモいな。不審者レベルである。
「昔から、ボーイッシュな見た目をしていてね。周囲の女子からは、王子様みたいに慕われているわ。彼女の名前は、一ノ瀬有栖。3年生の女子バスケ部員よ。そして……」
「そして……?」
「クラスの一ノ瀬七海の実の、姉よ」
「一ノ瀬さんのお姉ちゃん、だとぉぉぉぉぉっ!?」
本日何度目かわからない、私の脳みそ暴走が始まった。
あの、クラスの誰もが憧れる、純白の天使・一ノ瀬七海の、実の姉。
そして、その姉が、クラスのもう一人の美少女・桜凪由奈に、中庭で熱烈な告白をしていた。
……おい、この学校の人間関係、複雑すぎる。登場人物たちの繋がりが、太陽並みに眩しすぎて、私のような日陰者の目には毒すぎる。うっ。
「彼女の家は、うちと近所でね。昔から家族ぐるみで仲が良かったのよ。まあ、今はその有栖姉さんとの関係が、少しばかり……ぎこちなくて、気まずいのだけれど」
昔からの、幼馴染としての付き合い。
それは、ある意味で家族のような、切っても切れない深い絆だったのだろう。
だからこそ、そんな身近な存在から一人の女性として告白された桜凪さんは戸惑い、そして逃げ出すために私という第三者を必要としたのだ。
ようやく、パズルのピースがはまってきた感覚がした。
「なるほどね……。それで、偶然居合わせた私に白羽の矢が立った、と」
「だって…まさか本当に有栖姉さんから、あんな真剣なトーンで告白されるとは思わなかったのだもの。完全に想定外の非常事態だったのだから、多少の強引な手段は致し方ないわ」
「はぁ……」
ため息を吐きながら歩いているうちに、静かな住宅街を抜け、昔な感じの雰囲気が残る商店街へと出た。
豪邸からわずか数分で、夜遅くまで営業している大型スーパーに到着するとは…どうやら立地条件も抜群らしい。
「そういえば今夜の夕ご飯は何を作る予定なの?」
「貴方が今一番食べたいと思うものなら、何でも作ってあげるわよ。私の料理の腕前を舐めないでほしいわね」
ふっと胸を張り、自信満々に微笑む桜凪さん。
何その頼もしい姿。その圧倒的な自信、少しでいいから私に分けてほしいものだ。
「じゃ、じゃあ……肉じゃがとか、できますか……?」
「肉じゃが? 貴方、肉じゃがが好きなの?」
「あっ、はい。お母さんの作る肉じゃががめちゃくちゃ好きで。なんとなく、思い浮かんだだけなんですけど」
ただの、適当な思いつきだった。
まあお泊まりという異常事態に、少しだけホームシックになっているのかもしれないけど。
「私も好きよ、肉じゃが。味付けは、濃いめが好み? それとも、素材の味を活かした薄めかしら?」
「……濃いめが好きです…」
作ってもらう立場であるため、その申し訳なさから少し肩身の狭い思いをしている私とは裏腹に、桜凪さんは饒舌になる。
「ふふっ、私と一緒だわ。 和風の煮物は、少し濃いめの甘辛い味付けに限るわよね〜」
それまで無表情だった桜凪さんの表情が、一瞬でパッと明るくなり、まるで少女のような上機嫌な笑顔を浮かべた。
夕方の薄暗い街灯の下で、嬉しそうに微笑む彼女の横顔を、私は盗み見るように覗き込む。
……やっぱり、悔しいけれど。
本当に心臓が止まるほどに、綺麗だなぁ…。
「料理、ほんとに好きなんだね」
「え?」
「だって、今、すごく楽しそうな顔をしてるから」
「そう……かしら?」
自分では無自覚だった、とでも言いたげに、桜凪さんは両手で自分の頬をぽりぽりとかきながら、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
スーパーの自動ドアをくぐり、店内に入る。
桜凪さんは、手慣れた様子で、入り口から買い物カゴを手に取ると、迷いのない足取りで野菜コーナーへと向かった。
「じゃがいもは、煮崩れしにくいメークインがいいわね」
「にんじんは、この色の濃い方が新鮮よ」
「緑の彩りとして、いんげんも一袋……」
手際よく、色鮮やかな野菜たちが、次々と買い物カゴの中へ吸い込まれていく。
そして精肉コーナーで、少しお高めの国産牛の薄切り肉を手に入れると、そのまま一直線にレジへと向かった。
「お会計、2108円になります〜」
レジ係の店員さんの声に、私は慌てて自分の制服のポケットを探り、財布を取り出した。
「あ、桜凪さん! ここは、私が払うよ! 突然泊めてもらう上にご飯まで作ってもらうんだし、材料費くらいは私が出さないと……!」
「いいえ、必要ないわ。私も一緒に食べるのだから、ここは私も支払うのが筋よ」
「いや、でも! 流石にそれは申し訳なさすぎるっていうか……」
レジの前で、一歩も譲らない桜凪さん。
私が「全額私が出す!」桜凪さんが「いや、割り勘にしましょう!」と、千円札を手にレジの前で不毛な押し問答を繰り広げていると、すぐ後ろに並んでいた仲睦まじそうな老夫婦の微笑ましそうな会話が耳に飛び込んできた。
『おじいさん、見て、あの子たち』
『おや、制服姿の可愛い女の子2人組だねぇ。お互いに財布を出し合って、同棲でもしているのかね?』
『まあ、高校生くらいに見えるけれど……友達同士で、一緒に暮らしているのかしら?かわいらしいねぇ』
『いやいや、もしかしたら、今時の仲良しなカップルさんだったりしてねぇ、ほっほっほ』
「……っ〜〜〜〜!」
その会話が聞こえた瞬間、桜凪さんの動きが、ピタリと止まった。
彼女の、陶器のように白かった顔面が、瞬時にトマトのように真っ赤に染まり、耳たぶまで完全に朱に染まっているのが見て取れた。
……かわいい。
この人、VTuberとして100万人の前で平然と喋って、中庭であんな強引な告白の断り方をしたくせに、リアルでのこういう他愛のない誤解に対しては驚くほどに初心で、可愛い反応をするんだ。
「と、とりあえず、ここは私が一括で支払うね! 割り勘の計算は、後で家に着いてからゆっくりやればいいから!」
「そ、そう……そうね、任せるわ……うぅ…」
桜凪さんは自分の前髪を指先でくるくると弄ってうなりながら、完全にそっぽを向いて小さな声で頷いた。
私は財布から、2千円札と銭入れから小銭をじゃらじゃらときっちりと取り出し、店員さんに手渡す。
そそくさとレシートを受け取ると、真っ赤になった桜凪さんの手を引き、逃げるようにしてスーパーを後にした。きっと繋いでいた手がやけに湿っぽかったのは気のせいだろう。
〇〇
スーパーを出ると4月のひんやりした春風が頬を撫でる。片方の手で肉じゃがの材料が入ったレジ袋を掲げ、もう片方の手で恋人と手を繋ぐ私たちは、周りからはどう見られているのだろう。
仲の良い姉妹?仲のいい友だちがやる親友関係の確かめ合い?それとも女子高のノリで聞くようなおふざけ的なものとして見られているのだろうか。
まあほんとは高校デビューに失敗した哀れな女と登録者100万の超人気きらきらVtuber美少女が、利害関係で結ばれた偽の恋人なわけなのだが。一体だれが想像できるのか。
「ねぇ、桜凪さん」
非力界隈の私からすればちょっぴり重たい買い物袋を持ち直し、隣で無表情のまま手を繋いでいる桜凪さんの様子を伺うようにして話しかける。
「さっきのレジの後ろにいた老夫婦、何て言っていたか、聞こえてた?」
私たちが会計を処理している間に彼女の耳に確実に届いていたはずの、あの「同棲」「カップル」という単語。もちろん私にも聞こえていて、わざわざ蒸し返す必要なんてなかったのだが、彼女の普段見られない初心な反応が面白くて、つい意地悪く尋ねてしまった。こういうところですよ、あかねちゃん。
「……別に、大したことじゃないわ。友達同士の同棲か、あるいは、カップルに見える、って、ただの世間話よ」
「ふ、ふぅん…」
桜凪さんは平然を装った冷淡なトーンで答える。
だが、横の街灯の光に照らされた彼女の耳元は、心なしか薄い紅色に染まっているように見えた。
この人、いつもは氷のお姫さんみたいに冷たい表情をしているのに時折こんなふうに顔を赤らめる。
なんだがそれが微笑ましくって、つい自然と頬がゆるんでしまう。
「あ、今、私のこと見て笑ったわね」
すかさず冬風みたいな冷たい声が、私の脳天を突き刺す。
「ご、ごめんなさい! 別に、桜凪さんのことをからかったわけじゃなくて……! ただ、なんか意外だなって思っただけで……」
「……別に、怒ってなんていないわよ」
桜凪さんは再びぷいっとと顔を背けると、自分のサクラの髪飾りを指先でいじり始めた。
そんな他愛のないやり取りをしているうちに、私たちは再びあの広くて不気味なほどの静寂をかもしだす桜凪家の豪邸の前へと戻ってきた。
相変わらず無駄に厳重な門をくぐり抜け、重厚な玄関扉を開く。
しかし扉を開けた瞬間、私たちはシンクロしたように玄関に呆然と立ち尽くした。
なぜなら。
「「え??」」
まっくらなはずの広い廊下。靴の一足もないはずの玄関。静かなはずのリビング。
それが今は電気のついた明るい廊下、綺麗に並べられたおしゃれな女物のスニーカーやローファーが3足、話し声や笑い声がかすかに漏れているリビングへと変貌している。
「桜凪さん、私たちがいない間にお客さんでも呼んでたの…?」
「いいえ、誰も呼んでいないわ。というか、私の家の鍵をもっている人間なんてこの世界に数人…あ」
嫌な結論に辿り着いたとでも言わんばかりの彼女。
「…まさか…!」
なにこれ異変だ引き返そう。
そう思った瞬間。
「由奈、おかえり~って……」
ふわふわとした甲高い声が広い廊下に響く。
一ノ瀬七海。
リビングの引き戸から驚いたように目を大きくして顔を覗かせる女の子には見覚えしかなかった。
お久しぶりです
100pt間近で読者の皆様に一人ずつラーメンをお腹いっぱい奢りたい作者です(めちゃくちゃ感謝してますほんとにありがとうございますの意)
描き始めた当初は「え、あかねうるさすぎない!!?」と作者でも困惑してましたw
それがデフォ化した今となっても、「あかね、うるせぇ笑」と心の中のあかねちゃんと対話しています。
あかねちゃんは私の心の内面を映し出した鏡のような子でですね、あかねちゃんを描くことは、この作品を通して自分とは何かを考えることだなーって(哲学)
まだ7話!これから桜凪さんとあかねちゃんの物語は始まったばかりですが、「高校デビューに失敗した私、なぜかクラスの3大美少女に懐かれる」こと「こでなつ」をどうかこれからもよろしくお願いします!!
(星⭐︎くれたら嬉しいな♪
←心の声漏れてますよ、作者さん!!!
気づいて!早く気づいて!!




