Vtuberのあの人
「桜凪さん、もしかしてVtuberだったの!?」
身バレにもなりかねない個人情報の尋問というモラルのかけらのない質問をしてしまったが、もう遅い。後の祭りとはまさにこのことだろうか。
それに対して。
「あら…よく分かったわね。そうよ、私がVTuberのcherry-yuna。もしかして、普段から私の配信をよく見てくれているのかしら?」
あんぐりと口を開けながらただ驚くことしかできない私を横目に、淡々と口を開け動かす桜凪さん。
「え、えええ……そんな、あっさり認めるものなの…」
おい! VTuber界隈の最重要機密のはずの中の人の身元を、出会って初日の、しかも偽恋人に対して、そんな軽々と開示していいものなのか!?
もっとこう、あるでしょう!
『な、何のことかしら……? 私はただの、普通の女子高生よ!』って、必死に誤魔化したり、私の口を塞ぐために人質を取ったりする、緊迫したフェーズがさ!!
おい、桜凪さんの危機察知能力、仕事をサボるんじゃない。
「仮にも、今日から私たちは恋人なわけだから。お互いに隠し事はなしにしておこうと思ってね。身元を隠したまま付き合うなんて、不誠実でしょう?」
「ぁ………」
ゲーミングチェアの肘掛けに優雅に腕を乗せ足を組みながら、平然と言い放つ桜凪さん。
その純粋でまっすぐな目で自覚する。この人は、桜凪さんは。
「ごめんね、わた———」
「———あ、私のベッドに適当に腰掛けてちょうだい。立ち話も疲れるでしょう?…ってなんか言いかけてた?」
「あ!!ううん!!?全然、大丈夫!ありがとうございます座らせていただきます」
何事もなかったかのように吐きかけた言葉を多少の気持ち悪さと共に飲み込む。
お言葉に甘えて高級そうなベッドの端に腰を下ろす。
花のような少し甘い香りがした彼女のベッドは、ぼふっ、という雲の上にでも着地したかのような柔らかい音とともに私の体がゆっくりと深く沈み込んでいった。
ふっかふか。このまま横になったら、秒速で深い眠りに落ちていく自信がある。
ふと、目を瞑ってみる。
思い浮かぶのは今日見た景色、人の顔、そして―――。
桜凪さん…。
そう。目の前で着替え始めた女の子―――えちょ、着替えはじめてる!?
というか、おっぱいでっか!!
「桜凪さん、ストップ!!たんま!!」
「え、なに…」
「私いるよ!!」
「別にそんなこと、いちいち気にしないわよ…」
そうしてじとーっと呆れたような目で見られる。
わ、わたしだって!???
一ミリぽっちも意識してないし!!!
ちょっとだけ膨らんだ、煩悩と言う名の、えっちな妄想をかき消すように再び今日を振り返る。
今日会ったことだけでも私の脳内キャパはとっくに限界をむかえていた。
一体、高校デビューに失敗したあわれな女が告白現場を目撃してしまったことで偽の恋人に選ばれるなんて誰が想像できたのか。
それにしても不思議な人だ。
私たちの恋人関係はお互いの私利私欲を満たすために結ばれた歪で打算的な互恵関係であるはずなのに、桜凪さんは私に対して一切の妥協をせず真摯に向き合い、本気で交際を始めようとしている。
もし、彼女がただ自分の身を守るための切り札として私という恋人を利用するだけなら、プライベートな事情を曝け出す必要もないし、ましてや自分の最大の秘密であるVTuberの正体を明かす必要なんて、一ミリもないはずなのに。
「桜凪さんって……意外と、すごく真面目だよね」
「急に、何かしら? というかどうしてそう思うの?」
着替え終わり、白のTシャツに黒のハーフパンツという極めてシンプルな格好になった桜凪さんがこちらに視線を向ける。
「だって、ただの偽物の関係ならお互いのプライベートに踏み込む必要なんてないし、適当に周りの目を誤魔化すためだけの恋人ごっこをしていればいいはずなのに……。桜凪さんは、私のことをちゃんと知ろうとしてくれるし、逆に自分の大切な秘密も、私に教えてくれたから……」
私の言葉を聞いた桜凪さんは、少しだけ驚いたように目を見開き、それから、ふっと視線を落として、小さく呟いた。
「私は…そうね、やり遂げたいタイプなのかもしれないわ」
「やり遂げたいタイプ?」
「半端なことをしたくないのよ。勉強をするときに『なんで?』を残したくないのと同じで、人を知るならその人間の行動心理まで分かりたい、理解したいと思う。それが私、桜凪由奈なの」
「かっこいい…」
素直に感心する。
同時に私はこの人に出会えてよかったと思えてしまった。
「父親に似たのかしらね。ま、この話は終わりよ」
そう言って、彼女は少し早口になり無理やり話を打ち切った。
今まで抱いていた冷徹でミステリアスな氷の美少女という印象の裏には、驚くほど頑固で不器用なほどに真っ直ぐな一人の女の子の素顔が隠されているのかもしれない。
そして、今更ながら。
私の目の前にいるのが、あの毎晩画面の向こうで私を救ってくれたcherry-yuna本人なのだという事実が、遅まきながら私の全身を駆け巡った。
実はこう見えても、私は彼女のチャンネル登録者数がまだ1万人の、底辺から這い上がりかけていた時代からの、超古参リスナー(親藩のチェリーズ)なのだ!
「ね、ねえ! 私、本当に、桜凪さんの配信、毎日欠かさず見てるんだよ! アーカイブも全部3回ずつ再生してるし、メンバーシップも最上位プランに入ってる!」
「そう。それは、ありがとう」
「え、反応薄っ!!?」
この人、仮に街中でファンに囲まれても、「あ、サイン? いいわよ、そこの紙に書きましょうか」とか言って、顔色一つ変えずに事務的に処理しそうな冷徹さがある。
「で、でもね!私はあなたにとっては1リスナーかもしれないけど、 桜凪さんのゲーム配信、本当にエイムが神がかってるし、リスナーからのクソリプに対するキレッキレなトークも、テンポが良くて最高に面白いくて……だから、その、私には大好きな配信者さんなんだよ!!」
「ふふっ……ありがとう。でも、リアルで直接褒められると、なんだか、すごくむず痒いわね……」
そう言って桜凪さんはポツリと言葉をこぼし、ふいっと顔を伏せた。
その声は淡々と喋っていた先ほどよりも少し歯切れが悪いような、抑揚のある声で。
お人形さんのように真っ白だった彼女の頬が、心なしか、夕日の赤さとは違う、熱を帯びたピンク色に染まっているような気がする。
「……まさか、さっきの冷たい態度は、ただの照れ隠し!?」
実は、画面の向こうのファンにリアルで遭遇できて、内心めちゃくちゃ嬉しくて舞い上がっていたりして!推しのツンデレかわいすぎか!!!
よし、調子に乗って、ちょっとからかってやろう。
「ちょっとぉ〜、桜凪さんったら、さっきから顔が真っ赤じゃありませんかぁ〜? まさか、本物のチェリーズを前にして、内心ウッキウキで心臓がバクバク言っちゃってたりするんじゃないですかぁー? このこのぉ〜♪」
「あ?」
「しゅびばせんでじだ」
ひっ。
桜凪さんが、獲物の首を噛みちぎる直前の、野生のライオンのような凄まじい眼光で私を睨みつけてきた。
おっかねぇ……。本物のVTuberの、ガチの威嚇オーラ、半端ない。
やはり、私のようなカースト最下層のド陰キャが、100万人の頂点に立つ絶対王者に調子に乗るなど、100年早かったのかもしれない。
出直してまいります。
「それにしても貴女、そんなにのんきに私のポスターを眺めていて大丈夫なのかしら?」
「え? 何がですか……?」
「ほら。貴女今日から私の恋人でしょう? 今日は金曜日だし。ということは当然、今夜は私の家に泊まることになると思うのだけれど……おうちの人に、連絡は入れたかしら?」
「……………………は?」
お泊まり……!?




